井上あずみ「40周年記念コンサート開演直前に脳出血で倒れて。緊急手術から1年が経ち、家族と一緒にリハビリ中。病気の前より夫婦仲は深まって」
『となりのトトロ』のテーマ曲や『天空の城ラピュタ』の主題歌で知られる歌手の井上あずみさん。「歌手生活40周年」に向けて婦人公論.jpでインタビューを行ったのは昨年7月だった。自身の40年の歌手生活を振り返った彼女は「私、本当に運がなかったんです。いいところまではいくんですよ。でも最後の最後にうまくいかない。自分の芸能生活を振り返るとその繰り返しでした」と発言している。わずか1ヵ月後、そんな発言を体現するかのようなできごとが起こるとはだれも予想もしていなかっただろう。
昨年8月26日。まさに歌手生活40周年のコンサート当日。リハーサル最後の曲である『天空の城ラピュタ』の主題歌「君をのせて」を歌い終わったとたん倒れた井上さん。脳出血だった。
あれから1年。井上さんは今、再びステージに立つことを目指してスタートラインに立った。
マリンブルーのワンピースに身を包み、夫であり所属事務所の代表でもある今尾公祐氏の押す車いすで登場した井上さん。まだ左半身に麻痺が残るものの、インタビューのひとつひとつに笑顔を絶やさず、真摯に答える姿は以前と変わっていない。
【写真】退院後初ステージ、女3代5人で!井上あずみさんと2人の姉・母・娘の今尾侑夕さん
11月には「アニソン文化祭」と銘打ったコンサートが企画されており、そこで総合司会を務める予定。いよいよ復帰に向けて始動する井上さん、そして常に寄り添う夫の今尾さんに話を聞いた。
脳出血で倒れた日のこと
井上 あの日(昨年8月)のことはほとんど覚えていないんです。トークのとき娘(今尾侑夕・歌手)から「ろれつが回ってないよ」と言われたのですが「え?そう?」と自分ではわかっていなかった。ただ、なんとなく高い声を思い切り出せなかった。思い切り出すと脳の中でなにかが「ピキッ!」といってしまいそうな気がしたんです。それで高音はファルセットで歌ったのを覚えています。
私はいつもコンサートの前はめちゃめちゃ緊張するんですよ。前日はほとんど眠れない。それでこれまでも、本番前に過呼吸になったりしてたんです。
今尾 結婚式のときにも緊張しすぎて過呼吸になってたよね(笑)。すぐに緊張するタイプなんです。でも特に今回のコンサートは、たくさんの方にご協力いただいて、2年近くかけて、お金もかけて、準備していた。リハーサルも順調に進んでいて、あとは幕を開けるだけ、というところまでたどりついていただけに、ショックは大きいですね。
僕はちょうどロビーにいて、モニターで見ていたんですが、リハーサル最後の曲である「君をのせて」の1番はこれまでで一番上手に歌えてると思った。ところが、間奏をはさんで2番に入るところで音程がはずれたんです。「あれ?」と少しだけ違和感を感じたけれど、周りのスタッフはリハーサルですでにあずみがこみあげてきて、泣きそうになっていると思ったみたいなんです。「あずみさん、早いね」なんて言ってたし…。僕も楽観的でした。
ところが「倒れた!」という知らせを受け取って駆けつけてみると、顔の左半分がだんだん下がってきて、左手はまったく動いていない。すぐに「ただごとじゃない!」と思い、救急車を呼ぼうとしました。しかし真夏の夕方で、熱中症やらまだコロナの影響やらもあり、なかなか電話がつながらない。その場に居合わせたスタッフみんなが必死で「119」をプッシュしてくれましたね。
あずみは「頭が痛い!」とか「侑夕、代わりに歌って!」などと言ってるけど、だんだん意識が混濁していきました。
祈りが届いた緊急手術
倒れてから40分後に病院に到着。右脳に7cmもの血だまりが見られ、すぐに緊急手術が行われた。そして意図的に昏睡状態においたため3日間はまったく意識がなかったという。
今尾 手術中はとにかく命だけは助かってくれ、と願ってましたね。麻痺が残るとか、このあとどうなる、なんて完全に二の次。とはいえコンサートの中止に際しての連絡や、近々のスケジュールの変更など、ずっと電話をかけ続けていました。本当にあとは幕が開くだけ、というタイミングでしたから、会場にはたくさんお客さんも集まってくれていた。スタッフ全員、あんなに大変だったことはなかったかもしれません。
井上 私としては、二次会までが私のコンサートだと思っているので、打ち上げの会場も借りて、衣装もちゃんと決めてたし、トークも考えていた。絶対に成功させたいという気持ちはとても強かったんです。本当にたくさんの方にご迷惑をかけちゃいました。
今尾 手術が無事に終わり、意図的に3日間昏睡状態に置かれたあとICUにしばらくいて、その後一般の病棟に移ってから少しずつ意識も戻ってきましたが、当初は夢とうつつの間をいったりきたりしていたようでした。沖縄にいると思っていることもあったりね。
井上 いろんな夢を見ました。「おにいちゃん」と呼んでいる肝細胞がんで亡くなったヘビーメタルバンド「ラウドネス」のドラマー樋口宗孝さんが、白い龍になって「こっちに来るな」と合図を送ってきたり…。
「この子は歌を歌うために生まれたてきたので、絶対に治してください!」って誰かが叫んでいる夢も見ました。
今尾 それは現実に手術前にあずみの親友が実際にがそう叫んでいたのが聴こえてたんだよ。(笑)
ずっと血圧が高かった
今回の脳出血に見舞われるまでに前兆らしきものはなかったのだろうか?
井上 頭が痛いとか重いといった症状としての前兆らしきものは何もなかったのですが、今にして思えば、思い当たることはあります。というのは、私はずっと血圧が高かったんです。家系なんですね。それで毎日、血圧を下げる薬を飲んでいるのですが、この薬、飲むと少し頭がぼーっとするんです。それで大事なコンサートのときは勝手に飲むのをやめちゃってたんです。この日も飲んでいなかった。それがいけなかったですよね。しかも、前日はほとんど寝ていないし…。
今尾 今回のコンサートのために、あずみの母や妹を含めて親族があずみの故郷の金沢から前日に来てくれていたのですが、前夜にみんなで食事に行ったときに、あれだけお酒が好きなあずみが一滴も口をつけなかった。母からも「ちょっとぐらい飲んじゃえばいいのに!」なんて言われていたのにね。
井上 飲んでいれば寝られたかもしれないけど、一滴も飲んでないから寝られないまま朝を迎えてしまって、それもよくなかったんですよね。
血圧が高い方は、処方されたお薬はちゃんと飲みましょうと言いたいです。
厳しいリハビリ
リハビリ病院に移ってからはひたすらリハビリの日々。コロナの影響で外出も許可されず、家族の面会も時間制限があるなどの制約が多かったが、ようやく今年の2月に退院。半年ぶりに自宅に戻った。
井上 退院してみたら、家族が厳しすぎて病院がなつかしい! 病院のほうがゆっくりできたんです。(笑)
今尾 うちは、僕も娘もびしびし厳しくリハビリ指導しています。病院では、トイレの前まで看護師さんが車椅子で連れていってくれたけど、家では歩いてもらう!(笑) もちろん退院に際しては、いろいろなところに手すりをつけるなど、準備しておいたので、なんとかできるはずなんです。
井上 実は、早く治りたくて、病院ではリハビリをもっとやりたいと思っていたんだけど、病院ってスケジュールが決まってますよね。自分で腹筋運動をしていたら「やめてください!」って止められちゃう。病院としてはなにかあったら責任もあるし…。だから退院したら、がんばろうとは思っていたのですが、二人があまりにも厳しい…(笑)。ずっと動かしていなかった筋肉を動かすのはとっても痛いんです。
でも私は歌を歌うのが好きなんだなあと、つくづく感じました。侑夕のボイストレーニングも厳しいけど楽しい。ずっと歌っていたいんです。今、デイサービスにも通っているのですが、ピアノに合わせて私が歌うとみんなが喜んでくれるのが、とてもうれしいです。
今尾 実は昨年の秋に初めて歌を歌っているのを聞いたとき、愕然としたんです。音はとれないし、リズムも悪い。これはやばいなあと思いました。それであずみ自身の歌を流して、それに合わせて歌うところから始めたんですが、よくここまで回復してきたと感心します。
今は、加圧トレーニング、水泳、エクソソームなどなど、いいと言われることはすべてチャレンジしています!
これからも二人三脚で
自分は運が悪いと公言していた井上あずみさん。しかし、夫運はとてもよかったのではないだろうか。お二人は、病気を通して夫婦のきずなは確実に深まったと声を揃える。
井上 もう今尾くんには感謝しかないです。いつもありがとうって思ってます。もともとお料理も上手かったけれど、今はすべてのことをなんでもやってもらって、なおかつ仕事や私の世話もこなしてる。
結婚って、好き好きって言ってるだけじゃすまないんですよね。病気をしてからは、私の最低のところ、汚いところも全部世話をしてもらってますから。結婚していてよかった、今尾くんでよかった!と心から思っています。
今尾 僕たちは病気の前より格段に仲良くなってますね。だってね、還暦間近で、毎日一緒にお風呂に入る夫婦なんていないでしょ?(笑) 今までも一緒にいることは多かったけれど、とにかく四六時中一緒ですから。感謝は、歌で返してくれと言いたい!(笑)
今年11月16日(土)、川崎市洗足学園前田ホールで「アニソン文化祭2024」が開催される。出演は、堀江美都子さん、松本梨香さん、ドリーミング、谷本貴義さん。井上あずみさんの復帰を願うアニソン界の仲間たちが集結して、昭和、平成、令和3代で楽しめるアニソンが披露されるという。ここで井上あずみさんは総合司会を務める。実質の復帰コンサートに向けて、家族の協力のもと、ますますリハビリに励む井上あずみさん。同じ病気を経験した方々にとっても、前を向いて努力を続ける彼女の姿は励みになることは間違いない。
09/01 12:30
婦人公論.jp