草笛光子×真矢ミキ 年齢との向き合い方を語る「90歳になると、もっともっと楽になっていくものなんでしょうか」「楽もへったくれもないわよ」

作家・佐藤愛子さんを演じる草笛光子さん(右)と、その娘・響子さんを演じる真矢ミキさん(左)(撮影:天日恵美子)
草笛光子さんが、作家・佐藤愛子さんの10年前を演じる――。
長く愛されるエッセイ集『九十歳。何がめでたい』が映画化、6月21日に公開されます。
佐藤さんのご自宅を見事に再現したセットで繰り広げられる女三世代のやりとりは、見どころのひとつ。
《母》を温かく見守る真矢ミキさんの眼差しが、映画でも、この対談でも感じられます
(構成:篠藤ゆり 撮影:天日恵美子)

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【写真】「本音を言うと、今回の現場はまだ続けたかったくらい」と話していた草笛さんと真矢さん

前編よりつづく

草笛さんに懐かしさを感じる理由

真矢 私、今年1月に還暦を迎えたんです。そうしたら、年齢にあらがう感覚がすっと消えて、すごく楽になりました。90歳になると、もっともっと楽になっていくものなんでしょうか。

草笛 楽もへったくれもないわよ。毎日、心の中で「大変ですねえ」と自分に言っている。だいたい、90歳という年齢を生きるのははじめてだもの。『九十歳。何がめでたい』も、佐藤さんと私以外、誰も90歳の気持ちなんて知らないで撮る映画なんだから、大変よ。

真矢 そうですよね。

草笛 まあ、何をやっても許されるのが90歳かな(笑)。そういう意味では楽かもしれないわね。私も80代の頃は、「90になったらどうしよう」と思っていました。昨年、とうとう90になって、「90歳ですね」と人から言われるとちょっとイヤだなと思ったりもしました。

真矢 やっぱりイヤですか。

草笛 だって、この先まだ仕事はできるかしら、とかさ。

真矢 草笛さんは、十分すぎるほどお元気だから。

草笛 それは親が丈夫に産んでくれたおかげね。感謝しないと。母は17の時、私を産んだの。子どもが子どもを産んだと言われるくらい、若かった。それでお姑さんにうんと怒られながら私たちきょうだいを育てたのよ。だから私、母にはワガママが言えなかった。

断筆した佐藤愛子(草笛さん)のもとに、原稿を依頼したい編集者が贈り物を手に訪れる。その様子を見守る娘の響子(真矢さん)とのやりとりも楽しい/(c)2024映画「九十歳。何がめでたい」製作委員会 (c)佐藤愛子/小学館84

真矢 そういえば草笛さん、横浜出身ですよね。

草笛 「ハマのミツコ」よ。(笑)

真矢 6年ほど前に亡くなった私の母も、ハマっ子でした。横浜の元町あたりで育った、いわゆるお嬢様学校を出たような人で。ちょっと気質が草笛さんと似ているのと、生きていれば92ぐらいなので、よけいに草笛さんに「お母さん」を感じたのかもしれません。

草笛 そうだったのね。戦後、本牧のあたりは広大な敷地が接収されて米軍用の住宅になったでしょう。フェンスの向こうで外国人の子どもが遊んでいるけど、私たちはそこには入れない。それが悔しかったことも覚えてますね。

真矢 海外の文化が入ってくる場所ですし、横浜の人には港町特有のオープンさがありますよね。私の母はおっとりした人でしたけど、「私、やったげる!」みたいな世話好きなところもあって。

草笛 親切が、さらっとしてるのよね。

真矢 芸事が好きだった母は、いつか娘が生まれたらSKDか宝塚を受けさせたいわ、なんて語る女学生だったらしいです。元町の話もよくしてくれました。洒落てるのよって。

草笛 元町は私の遊び場でした。

真矢 それじゃあ、きっとどこかで母とすれ違っていますね! 草笛さんに感じる懐かしさの正体が、ようやくわかったような気がします。

自分を奮い立たせるような情熱を

草笛 クランクアップした時はよく走り抜けたな、と思いましたけど、本音を言うと、今回の現場はまだ続けたかったくらい。

真矢 もっと佐藤愛子さんとして生きたかった?

草笛 そうね、自由自在にやらせてもらいましたから。

真矢 たまに前田(哲)監督から「草笛さん、さっきも言いましたよね。それはやめてください」とか注意されると、「私のこと嫌いなのかね、あの人は」って私に小声で耳打ちしたり。(笑)

草笛 気持ちのいい組って、そういうものよね。私は楽しくやるのが好き。なんでも楽しくやろうとすると、楽しさがどこからか噴き出てくるから。あなたからも、楽しさが噴き出てたわよ。

真矢 確かにあの現場は、「もう一度行きたい合宿」みたいな雰囲気のよさがありました。また、あの中に浸りたい! って感じで。ただ私、草笛さんと共演させていただいたことで、自分は果たして90歳まで役者を続けられるかどうか、想像してみる機会にもなったんです。

草笛 どうだった?

真矢 まったく白地図というか……真っ白でした。その年齢で、「私」が存在しているかどうかわからないし。

草笛 生きているかってこと?

真矢 もちろん、それもあります。でも生きていたとしても、「役者を続けたい私」が生きているかがわからない。それって、役者としての情熱があって、まだ開けてみたい扉があるかどうかじゃないかと思うんです。草笛さん、先ほど「90になった時、この先もまだ仕事ができるかしら、と思った」とおっしゃったじゃないですか。

草笛 やっぱり、続けたいもの。

真矢 それだけじゃないです。さっき写真を撮る時も、「これじゃあ、普通じゃない。普通なんて面白くないわよ。どうする?」なんて何度もおっしゃったでしょう。

草笛 「大人っぽく振り返ろう」とかね。

真矢 一瞬一瞬を楽しんで、ひとつひとつの仕事を大切にされているなあって。これまで、私は自分が役者としてどうあればいいのか、試行錯誤した時期もけっこうあったんです。でもいまの草笛さんを見ていて思うことは、大事なのは自分を奮い立たせるような情熱なんだなって。私がその情熱を草笛さんの年齢まで持ち続けられるか、いまはわからないです。

草笛 私、情熱なんてあったかしら。(笑)

真矢 あります。情熱を燃やして生きてらっしゃる。

草笛 情熱って、なんか休まらない感じがあるじゃない。自分ではごく自然にやってるつもり。だってもうこの年齢になれば、いろいろ大変なことが増えちゃって、自然体でいるよりしょうがないから。だからいまのあなたに言えることは、「私、年齢を放っぽりました」ってことよ。

真矢 なるほど。……それで思い出したんですけど、佐藤愛子さんの担当編集者役を演じた唐沢寿明さんがね、撮影中の草笛さんを見ながら「女性を感じるなあ」っておっしゃったんですよ。

草笛 えっ(笑)。なに、もう1回言って。(笑)

真矢 「現役の女だなあ」って。しみじみ。それは草笛さんが常に自然体だから、生まれるものなのかもしれないですね。改めて「90歳、おめでとうございます」と言いたいです。

草笛 そんなこと言われたって……。90歳。何がめでたい!(笑)

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