高橋大輔「シングル引退で一度は離れたアイススケート。32歳で現役復帰、アイスダンス転向。競技生活は引退しても氷上でのパフォーマンスは生涯現役で」
* * * * * * *
次のステージへの移行のような感覚
競技生活を引退してからちょうど1年。本当にあっという間でした。アイスショーにたくさん呼んでいただきましたし、テレビ番組への出演で初めて体験する仕事もあり、充実していましたね。
競技からは卒業しましたが、滑ることをやめたわけではありません。体が動くうちは、氷の上でパフォーマンスを続けたい。だから、僕の中では、引退ではなく、次のステージへの移行のような感覚です。
その新しい舞台の一つとして、6月に、アイスショー『氷艶 hyoen2024-十字星のキセキ-』に出演します。「氷艶」は、日本文化とフィギュアスケートを融合したストーリー仕立ての氷上総合エンターテインメント。17年の第1弾では歌舞伎俳優の方とのコラボレーションで源義経を、19年の宮本亞門さん演出の第2弾では、光源氏を演じました。
今回は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をモチーフに、前回に引き続き宮本亞門さんが演出します(※)。共演するのはミュージカル俳優の方々。僕自身も歌を歌うパートがあるとか(苦笑)。プレッシャーを感じますが、広がるご縁にワクワクしています。
実は、僕のスケート人生の節目節目に「氷艶」とのご縁がありました。最初にシングルを引退した後には『氷艶 hyoen2017-破沙羅(ばさら)-』に出演。1度目の引退の時は、スケートしかできない自分が嫌でたまらず、スケートから離れたい気持ちがいっぱいで。
留学したり、キャスターをさせてもらったりと、もがいている最中でした。ところがある時、「スケートしかできなくてもいいや」と急に受け入れられて。確かにメインのフィールドを持っていても多方面で活躍できる方はいます。でも僕にはその才能はないな、と。
まずは自分のスケートをもう一度取り戻そう。そして、それを軸に世界を広げていって、1人のエンターテイナーとして生きていきたい。もし広げられなくても、その時に考えればいいじゃないか。そう覚悟が決まりました。これが翌年、32歳での現役復帰につながったと思います。
アイスダンスという武器を持って挑む
第2弾に出演した2019年は、アイスダンスへの転向の直前。『氷艶 hyoen2019-月光(あ)かりの如く-』には、のちにパートナーとなる村元哉中(むらもとかな)ちゃんも出演していました。
以前から哉中ちゃんには誘いを受けていたので、リハーサルで新潟へ合宿に行った時、2人でアイスダンスのトライアウトをしました。誰もいない早朝に。これが1人で滑るのとはまったく異なる感覚で、面白かった。
当時の僕は、アイスショーなどで女性と組んで滑ることはあったのですが、照れもあってどうにも苦手で。でも今後エンターテイナーとして極めていくなら、絶対に必要な技術だとは思っていました。
一方で、シングルで勝負したいという気持ちもあり……。でも、スケートを追究する方向性が哉中ちゃんとは一致していて。だから、「挑戦してみるか。やってみないとわからないし」と思えました。
アイスダンスに打ち込んだ3シーズンは僕にとって大きな経験になったと思います。同じスケートでも、シングルとアイスダンスでは、滑りがまったく違う。靴一つとっても違いますし、カーブを描く際も、1人と2人では体の使い方が異なります。
距離を詰めながら、お互いが邪魔にならないようにスケーティングしなければならない。見ているのとやってみるのでは大違い。最初は、僕もかなり戸惑いました。一からのスタートだったと言っても過言ではありません。
そうしてアイスダンスの技術を習得したことが、僕の武器というか、特徴というか、自分を支えるものになっているといい。積み重ねてきた経験が、今後の舞台でどこまで生かせるのか。果たしてエンターテインメントの世界で通用するのか。僕自身も楽しみです。
プロデュースする側に自分が回ってみて
今年2月には、『滑走屋』というアイスショーをプロデュースする機会もいただきました。競技スケートの面白味は、ピリピリとした雰囲気の中で、スケーターは練習してきたものを披露し採点され、お客様はドキドキハラハラしながら観戦することにあります。
一方で、アイスショーが見せるべきは《世界観》。試合に失敗はつきものですが、アイスショーに失敗は禁物です。だから、難易度を落としても、常に安定したいいパフォーマンスを見せていく必要がある。お客様にご覧いただくスケートのスタンスが全然異なります。
僕はミュージカルや舞台を観ることが大好き。世界に入り込み、すっぽり包まれるあの感覚は何物にも代えがたい。アイスショーでは、出演メンバーをどうつないでいくか、どんな流れを作れば観客を引き込んでいくことができるのかに思いを巡らせます。自分ならこういうものを観たいという感覚が頼りですね。
プロデュースする側に自分が回ってみて、新たに見えてくることもありました。プロデューサーの仕事は多岐にわたります。メンバーのスケジューリングから始まって、ホテルや食事の手配、PRの仕掛け方など、同時進行でさまざまな決断をしなければなりません。
みんなそれぞれがいいものを作りたいと思っているのだけれど、どうしても立場的に意見が対立してしまうことがある。その押し引きのバトルに折り合いをつけていくのも僕の役割でした。こういう仕事は絶対に苦手だと思っていましたが、意外にも嫌じゃなかったようです。
何かを生み出すためにぶつかり合うことは大変だったけれど、そのぶんやりがいもありました。大変と言いながら楽しそうですか? 確かに僕にとって「大変」というのは、ポジティブな言葉かもしれませんね。
フィギュアにはまだまだ可能性がある
これから先のことについて、あえて決めないようにしています。「挑戦し続ける人」みたいに言ってくださる方もいますが、全然ストイックじゃないですよ。飽きっぽいところがあるし、同じことの繰り返しは苦手。何もしなくていいなら、ずっとボーッとしているタイプ(笑)。
だから、いろんな仕事のオファーをいただくのは、本当にありがたいです。今は、知らないことはなんでもやってみたい。自分自身がどう変わるのかを知るために。
フィギュアスケートの未来のために僕にできることは何なのか。フィギュアにはまだまだ可能性があると思います。一方で、アイスショーの人気を維持するのは難しい。氷の維持費もかかるので、チケット代はどうしても高くなるし、ミュージカルなどほかのエンターテインメントというライバルも。
『滑走屋』では、僕が国内の試合を見に行って、疾走感のある力強い滑りができるスケーターを選びました。今の競技のルールでは、ジャンプが苦手だと国際大会で成績が残せず、アイスショーの声もなかなか掛からない。でも、いいものを持っている選手はたくさんいます。
そんな選手がスケートで生きていけるような「カンパニー」を作りたい。目標というより夢みたいな話ですけど、叶ったら最高だな。簡単な道のりじゃないことはわかっていますが。
パフォーマーとして「生涯現役」と口にしていますが、スケーターとしてのタイムリミットがあることはわかっています。だからこそ、バリバリのテクニックを見せるのではなく、滑りと表現力でお客様に「魅せる」。そんな方向性を探っていきたい。
とりあえず、5つ年上の荒川静香さんが滑っていらっしゃる限り、僕も滑り続け、スケートの未来のためにできることをしていくつもりです。そして、そんな毎日を「わー、大変だ」なんて言いながら、楽しんでいけたらいいですね。
06/07 12:30
婦人公論.jp