杏さんが『日曜日の初耳学』に登場!3人の子育て術を語る「読書は、昼間手が空いたときには本で、夜は子どもを寝かしつけながら画面を暗くした端末で」

歴女としても知られる杏さん(左)と作家の浅田次郎さん(右)(撮影:大河内禎)
2024年6月2日放送のTBSバラエティ番組『日曜日の初耳学』の「インタビュアー林修」に俳優の杏さんが登場。現在、東京とパリの2拠点生活で俳優業と子育てを両立させ、2024年6月7日公開の映画『かくしごと』では主演を務める杏さん。子を守る母親の強烈な愛と嘘の物語で、母親役を熱演。林先生との対談で、俳優としての役作りから3人の子育て術や交友関係を語ります。今回は、歴史好きの杏さんが、作家・浅田次郎さんと対談した『婦人公論』2020年9月8日号の対談記事を再配信します。


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長年、歴史小説を愛読している杏さんは作家の浅田次郎さんの大ファン。9年ぶりの再会に、杏さんの子育てから、苦しい時の乗り切り方、そして浅田さんの新作まで、話が弾みました。後編は歴史の中の「流行り病」の話から――(構成=南山武志 撮影=大河内禎)

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【写真】子どもができてからよけいに本の世界を求めるように

前編よりつづく

流行り病はいつの時代も

 『流人道中記』は幕末のお話で、だからこそ武士道や家制度について正面から異議を唱える、玄蕃のような人物の出現する余地があったのでしょう。そういうふうに、いろんなものの価値観が大きく変わりつつあるという点では、今のこの時代は、幕末に似ているんじゃないかと感じるんです。

浅田 まったくその通りですね。

 「武士とは何か」と同じように、ものの本質とか、何が大事なのかということを、自分の頭で考えて行動する社会にならないといけないのだけど、現実はどうなんだろう、って。

浅田 その考えるべき中身も、本当は相手のことに思いを馳せるのが社会の正しいあり方であるはずなのに、なにか「自分のため」ばっかりになっているよね。日本人が大事にしてきたはずの「仁の精神」が廃れて、アメリカの悪いところばかり真似してるような気がして仕方がない。

 そういう意味でも、このタイミングで、幕末を舞台にした作品を読めたのはよかったです。小説ではないのですが、この間、興味を引かれて『日本人の病気と食の歴史』(奥田昌子著)という本を読んだんですね。長い歴史をひもとけば、コロナのような疫病の流行は何度もあったし、落ち着いたとしてもいつかまたやってくる。人類が生き続ける限り、避けられない宿命のようなもので、だからといって安心はできない。

浅田 僕が68年生きてきて、今回のような流行り病は、経験がないのです。でもそれは、たまたまラッキーだったというだけのことなんですよ。長い目で見たら、いつの時代も多くの人に命の危険が迫るような病気の連続だった。

 江戸時代には、飢饉も珍しくなかったですし。

浅田 「飢疫」という言葉があるくらいで、両者がワンセットで襲ってくることも多かったのです。

 そう伺うと、私たちはとりたてて異常な時代に生きているわけではないとわかります。

「新選組を書こうと思い立ったときに、『中山道を通して歩かなきゃ』と考えたことがあるのです。」(浅田さん)

志士のように街道を歩きたい

浅田 玄蕃と乙次郎の旅は、津軽半島最北端で終わるんだけど、仙台から盛岡、さらに青森に入っていくにつれ、どんどん奥まっていく。そういう、曰く言い難い「奥の細道」感を味わうには、いい旅かもしれない。

 奥州街道は、実際に歩かれたのですか?

浅田 車で辿りました(笑)。でも、自分でそういう小説を書いてみるとあらためてわかるんだけど、昔の人は、目的地まで何十日、数ヵ月かけて平気で歩いたんだよね。

『流人道中記』上・下 浅田次郎、中央公論新社

 私は以前、テレビ番組の企画で、東海道を何度か歩いたことがあります。自分で企画書を書いたんですよ。ただ、撮影スケジュールや予算の関係で、どうしても行程が分割になってしまって。本当は、どこの街道でもいいから、歩き通してみたいんです。1回やったら、たとえば幕末の志士が何往復もしたときの思いとか、急いでもなかなか着かないやきもきした気持ちだとかが、実感できるんじゃないかという気がして。

浅田 僕も新選組を書こうと思い立ったときに、「中山道を通して歩かなきゃ」と考えたことがあるのです。浪士隊を募って京に上るときに、彼らは初めて中山道を行くわけですね。そして、道中で芹沢鴨をはじめとする血気盛んなメンバーが騒動を起こす。あのルートを歩いてみないことには、新選組はわからないんじゃないか、と。

 なるほど。

浅田 でも、実際には行けませんでした。当時の人は、1日に40~50km歩く健脚だったわけでしょう。僕らが真似したら、倍以上の日にちを覚悟しないと。それに、「新幹線なら2時間半で行ける」っていうアタマがあるからねえ。これが、けっこう冒険の妨げになる。(笑)。杏さんの挑戦からブームが起こったら面白そうだ。

「時代考証をしっかりやったうえで、『これが江戸時代の本当の美です』っていう映像を残したいのです。」(杏さん)

「江戸時代」はどこまで再現できる?

 浅田先生は、時代を遡れるとしたら、いつの時代のどこに行ってみたいですか?

浅田 これはもう、迷うことなく幕末の江戸です。

 京都ではなくて。

浅田 京もいいんだけど、江戸の白壁と黒い屋根の町並みに優るものはないんじゃないか、と思うのです。このごろ、幕末の古写真を収録した本が次々と出版されてるでしょう。ああいうのを見ると、パリやローマも霞むくらいの美しい町だったとわかる。

 古い日本の写真集は、私も大好きで、つい買ってしまいます。

浅田 東京人は派手好みとも言われるけれど、実は“ブラック&ホワイト”なんですよ。華美なのはむしろ関西で、これは豊臣秀吉と徳川家康の趣味の違いだというのが、僕の考えです。

 私には、街道歩きのほかにもうひとつ夢があって、一度でいいから、時代考証を完璧にした江戸の風情を、映像で撮ってみたいのです。2分でも、3分でもいいから。メイクや明かりなども、当時のものを再現したら……? きっと白粉もお歯黒も、行灯の光で見たら、すごく映えるんじゃないかと思うんですよ。

浅田 やっぱり新選組を題材にした『輪違屋糸里』を書くときに、現在も営業している京の置屋の輪違屋さんを取材したことがあります。

 あ、私も行きました。

浅田 舞妓さんの白塗りも、電灯の下で眺めるものじゃないというのが、よくわかるよね。金風にロウソクの明かりという設いに立ったら、まるで別人。所作といいお化粧といい、「ああ、こうやって見るものなんだな」と、心奪われた。

 そういった時代考証をしっかりやったうえで、「これが江戸時代の本当の美です」っていう映像を残したいのです。

浅田 それは、僕が真っ先に見てみたいな。その映画は、ある程度当時のことに造詣が深くて、なおかつ相当強い意思を持った人でないとできないでしょう。杏さんは、適任だと思う。ライフワークにして、やり遂げてほしいなあ。

 はい! いつか、ぜひやってみたいです。

子どもと一緒の大切さをみしめて

浅田 それにしても、ほんとにいろんな本を読んでますね。3人の子育てをしながらだと、時間を確保するのも難しいんじゃない。

 『流人道中記』は、電子書籍も買って、昼間手が空いたときには本で、夜は子どもを寝かしつけながら画面を暗くした端末で、と交互に読み進めたんですよ。

浅田 正真正銘の本好きだね。

 子どもができてから、どうしても時間は取られるし、外出の機会も減って世界が狭くなるし、よけいに本の世界を求める気持ちが強くなったように思います。中でも歴史小説は、今の時代を俯瞰して見られたり、現代の自分にはできないことができたり。この魅力からは逃れられそうにありません。

浅田 それだけ本好きなのだから、お子さんたちにもしょっちゅう読み聞かせしたりしてるんでしょう。

 大きな本棚に子どもの本も並べているのですが、子どもたちは自分から取りに行って広げています。やっぱり、小さな頃から、本が目の前にどさっとある環境がいいのかな、と思って。

浅田 僕は、本が1冊も置いてないような家で育ったんだ。

 そうなんですか。それも驚き。

浅田 家族全員、本を読む習慣がなかった。だから、逆にないものねだりで、のめり込んだわけです。貸本屋さんというのがあってね、1日で返さなくてはいけないから一生懸命読みました。意外に、家に本のないほうが読書家になるっていうのも、あるんだよ。お宅は、もう手遅れだろうけど。(笑)

 ふふふ。そうですね。

浅田 この間は、お子さんたちとずっと家で過ごしていたわけですね。

 はい。でも、今度のコロナ禍では、もちろん私たち大人も大変だったのだけど、一番かわいそうなのは子どもたち。普通の学びや友達と接する機会が、一気に奪われてしまって。

浅田 学校に行っていれば、まがりなりにも、学びの公平性が保たれるんだけど。ただねえ、きっと多くの子どもたちは、親と一緒に過ごせる喜びも、感じていたはずなんですよ。

 ああ。いつも仕事、仕事で忙しそうな親が家にいる、って。

浅田 そうです。僕は親との縁が薄くて、それが自分の至らなさに影響している、というコンプレックスを持っているのです。今回のことを機に、子どもと一緒にいる時間の大切さ、貴重さに、世の親御さんたちにはもう一度気づいてほしいと思うんですよ。

 コロナ禍で、先生ご自身が気づかれたことはありますか?

浅田 とにかく、「自分には、読んで書くことしかない」というのが、はっきりわかりました。打ち合わせだとか、会食だとか、ずいぶん余分なことに時間を使っていたんだなあ、と(笑)。杏さんのお仕事も、そろそろ本格的に?

 秋から再開するお仕事が多いのですが、まだまだ先がしっかり見通せない状態が続きそうです。

浅田 本当に、早く落ち着いてもらいたいものです。

 そういえば、父も兄も先生の作品に出させていただいているんですよね。

浅田 そうそう。杏さんだけがまだだね。

 いつか、演じさせてください。それを3つ目の夢にしたいです。

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