長塚京三「『課長の背中を見るのが好きなんです』のCMで《理想の上司》としてブレイク。軽井沢の別荘で学生時代に読んだ本を音読する時間が今は幸せ」
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【写真】公開中の映画『お終活 再春!人生ラプソディ』では洋画家の役を…
「理想の上司」のイメージが
第2の転機となるのは意外なことに、サントリーオールドのCM(95年)でブレイクしたことだという。その後、JR東海のCM「そうだ京都、行こう。」の味のあるナレーションでも親しまれた。
――あのサントリーオールドのCM。夕暮れの街をスーツ姿の僕と、部下の若い女性とが連れ立って歩いていて、「私、課長の背中を見るのが好きなんです」と言われて、そのあと嬉しそうにピョンと跳ねる後ろ姿。あれが評判を呼びましてね。シチュエーションを変えてシリーズ化され、毎年放送されました。
これで「理想の上司」のイメージが固まったみたいで、CMを監督した市川準さんとはその後も映画を撮りましたし、また、篠田正浩監督がCMを見て、『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』(97年)の主役を「長塚で行こう」って話になったと聞きましたからね。
これは戦死した長男の遺骨を故郷の墓に納めるための家族旅行の話で、僕の奥さん役は岩下志麻さんでした。
長塚さんはこの映画で日本アカデミー賞の優秀主演男優賞を受賞する。でも、その活躍は映像だけではなく、舞台にも及んでいる。たとえば私が一本だけ観た『オレアナ』(94年)とか。
――ああ、あれはかなり気に入ってる作品です。アメリカのデヴィッド・マメットが92年に書いた戯曲で、セクハラという言葉が世に出始めたころの話。
大学の先生が女生徒の肩を抱いて慰めてやったのをセクハラだと訴えられるという芝居で、最初は若村麻由美さん、再演(99年)は永作博美さんと共演しました。
でも僕は、どちらかと言えば大勢が出る群像劇より、一人芝居とか二人芝居とかが好きですね。一人芝居は、息子の圭史の書いた作品を演じたりしたこともありました。
では映画『UMAMI』(2022年)について。日本側からは長塚さんの他に、柄本明、小泉今日子などが出演している。
――フランスの名優ジェラール・ドパルデューが、以前に権威あるコンクールで負けたライバルのシェフ(僕です)を捜すために来日する話で、僕のところに彼を連れてくるサラリーマンの役が柄本さん。フランス人シェフが、人生を左右した旨味に再び挑むという話です。
この撮影の時のスタッフが『パリの中国人』のことを知っていたので驚きました。当時彼らは生まれてたかどうかくらい昔の映画なのに知っていて、フランスではエンタメ作品として当たった映画だったようです。
コロナで生活がガラッと変わって
そして長塚さん最新の出演映画は、5月31日に公開となる『お終活 再春! 人生ラプソディ』。パリ暮らしの匂いのする洋画家の役で、高畑淳子、橋爪功、大村崑と共演。
人生百年時代と言われる今、生前整理だけでなく、残りの人生を楽しむことも「終活」という前向きな作品。長塚さんの「終活」は果たして……?
――僕は昔からね、流れ流れて、流されて(笑)、どうもそういうことにはちゃんと向き合っていないところがあるんです。でも実は、日々の生活そのものが終活とも言えるんですよね。
ちょうどコロナでいろいろなことがキャンセルになったなかでこの映画に出て、改めて勉強になりましたよ。人が一人亡くなると、お金も含めてこういうふうに物事が動くんだ、とか……。
そうだ。第3の転機はコロナですね。軽井沢の別荘で静かに過ごす時間がかなり多くなりました。ここだと時間の流れ方が違うんですよ。仕事に追われていると食事もただ栄養を摂るだけのようになりがちですが、ここだと夕方からテラスでゆっくり楽しむことができる。生活はガラッと変わりました。
読書は何十年も前に読んだものの再読が主です。学生時代に読んだ、表紙が色褪せた本を取り出したり、それこそフランス語の本を読んだり。
録音しながら音読することもあって、俳優としての修業半分、楽しみ半分ですけどね。自分の大好きな空気感の中で本を読みたかった。それができている今が一番幸せかもしれない。
これだけユニークな体験を重ねてきた長塚さん。この先、やってみたいことは?
――実を言えば映画のシナリオを一本書きたいんですよ。これが実際に映画になるかどうかは別として、そのための勉強はしてみたい。しかし僕が考えるようなことは、すでに撮られちゃっているかもしれないけど。
まあ、シナリオを書きたいというのは、今の僕の気持ちの収め方として言ってるだけかもしれないんだけどね。
いえいえ、きっと独特で、意外な長塚ワールドが繰り広げられるに違いありません。静かに期待しています。
05/31 12:30
婦人公論.jp