武内陶子「定年まであと2年、早期退職制度でNHKを飛び出した。ここからが、私の人生の第2章!今は背中に羽が生えたような気分」

「これからやっていけるのか不安がないわけではありませんが、〈ここからが、私の人生の第2章!〉と、ワクワクする気持ちのほうが勝っている感じです」(撮影:宮崎貢司)
2023年9月末、33年間アナウンサーとして勤めたNHKを早期退職制度で辞めた武内陶子さん。思いもよらず、新たなスタートを切った心境は――(構成=内山靖子 撮影=宮崎貢司)

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【写真】目下、夫の相談に乗っているところとほほ笑む武内さん

最後まで勤め上げる気だった

NHKを退職し、フリーになって約4ヵ月。今は、まるで背中に羽が生えたような感覚で、気分が軽くなりました。意識しているつもりはなかったのですが、やはりそれだけ「NHK」という看板が重かったのでしょう。言葉遣いひとつとっても、公共放送という立場上、「きちんとしなきゃ」というプレッシャーを常に感じていたのだと思います。

特にアナウンサーは番組作りの最終アンカー。視聴者のみなさんに直接見ていただく立場なので、ひとことでも私が失言をしたら、その番組を作っている大勢のスタッフや、NHKという組織全体にもダメージを与えてしまう。それが、フリーになった今はすべて自己責任。

慣れないクイズ番組に出演し、1問も答えられずにあたふたしても(笑)、悪いのは私で、誰にも迷惑がかからない。なんでも自分の意思で決められて、自由に失敗できるのはなんて楽しいことだろうって。

もちろんこれからやっていけるのか不安がないわけではありませんが、「ここからが、私の人生の第2章!」と、ワクワクする気持ちのほうが勝っている感じです。

そもそも、定年まであと2年というときに、なぜNHKを辞めたのか――。正直な話、退職する半年前まで、自分が定年前に辞めるなんて1ミリも思っていませんでした。

社会人として、私の土台を作ってくれた大切な《故郷》ですし、2018年に同期の有働由美子さんが辞めたときも、「後は任せて!NHKは私が守るから」と、最後まで勤め上げる気満々だったんです。

ところが、60歳の定年が近づくにつれ、同期のみんながザワザワし始めた。関連会社で働くという人もいれば、ディレクターの仕事を続けるためにほかの制作会社に移籍するなどさまざまな選択をする人が増えてきて。

そこで初めて、人生100年時代なのだから、私もこの先、自分が何をしたいのか考えなきゃいけない。頼もしい後輩たちも育ってきたので、自分の道をもう少し自由に歩いたり、今までできなかったことをやってみてもいいんじゃないかと思うようになってきて……。

ちょうどタイミングよく早期退職制度が導入されたこともあり、体力的にも精神的にも「飛び立つなら今しかない!」という声が心の奥から聞こえてきたのです。

そんなふうに考えるようになったのは、19年から担当しているNHKラジオ第1放送の番組『ごごカフェ』の影響も大きかったと思います。それまでずっとテレビの仕事をメインで担当してきたので、「ラジオに異動」と言われたときは一抹の寂しさを感じたことも確かです。

地上波の番組に出ていないと、「アナウンサー、辞めたのですか?」と聞かれたり、「ラジオに行っちゃうのは残念ですね」と言われたりしたこともありました。でもそんなマイナスの感情は脇に置き、「これまでとは違う新しい世界を作ろう!」と、プラスの方向に舵を切っていきました。せっかく新たな場を与えられたのだから、前向きな姿勢で翼を広げていこうって。

おかげさまで、フリーになった今も『ごごカフェ』の仕事は続けさせていただいて本当に楽しい。アナウンサーとして原稿を読むのではなく、パーソナリティとして、体験したことや自分自身の意見を伝えられますし、リスナーのみなさんも私という個性を受け止めてくださっている。しかも、毎回約3時間半、好きなだけ喋れるんですよ。

当初は「私1人で3時間半は無理!」とひるんでいたのですが、いざスタートしてみると、後から後から話したいことが湧いてくる。このラジオの経験が、もっと広い世界に飛び出して、自分自身の言葉で何かを伝える仕事がしたいと思うようになったきっかけでもありました。

昼間は私の時間。毎日がとても充実して

NHKを辞めると告げたとき、慌てたのは夫です。彼は文化人類の学者で東京工業大学副学長も務めているのですが、もともと24年の3月で定年退職することが決まっていました。

でもその前に、私が突然「フリーになる」と宣言したものだから、自分も定年後の身の振り方を真剣に考えねばと焦ったようで。ひと足早く古巣を離れた私が、目下、夫の相談に乗っているところです。(笑)

とはいえ、夫は以前から「君は、もう少し制約がない場所で仕事をしたほうがいいんじゃない?」と言っていましたし、組織の中で壁にぶつかって、「もうダメだ」と思ったときも、「無理せずに辞めたらいいじゃない」とも言ってくれていた。

ですから今回、私がフリーに転身することに関しても、「うん、もっと広いところに行ったほうがいいよ」と、気持ちよく背中を押してくれました。

美大を目指して勉強している長女や、中学1年生になった双子の娘たちにも、「ママ、NHKを辞めて、飛んでいい?」と尋ねたところ、「いいよ~」と、あっけらかん(笑)。まあ、娘たちも勉強や部活で忙しい年頃ですからね。

毎朝5時起きで作ったお弁当を渡したら、6時半にはそれぞれの学校に出かけてしまう。帰宅するのは夜7時頃なので、お母さんはお母さんの好きな道をどうぞ!ということなのでしょう。

フリーになってからの仕事は、ラジオのある月火水の週3日だけ。もちろんラジオ以外のお仕事でスケジュールが埋まることもありますが、基本、昼間は私の時間。自分の好きに使えるなんて、サラリーマン時代にはありえなかった初めての経験です。

当初は、平日の昼間に家でボーッとしていると「今日の私は稼ぎがない。何かしなきゃ!」とソワソワしてしまうこともありました。でも、これまでできなかった家の中の整理をしたり、久しぶりに友人とランチをしたり、近頃は時間を有効に使えるようになりました。自分の好きな本をゆっくり読めるのも嬉しいですね。

以前は、仕事以外の本を読む余裕なんてまったくありませんでしたから。おまけに、そうした楽しい時間から得た情報や新たな知識を、自分のフィルターを通してみなさんに伝えることができる。そんな現在の生活はとても充実している、と感じています。

<後編につづく

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