西田敏行の、野蛮で恐ろしくても奥底に純な心を宿す演技が抜群だ!――春日太一の木曜邦画劇場

1984年(134分)/東映/動画配信サービスにて配信中

 西田敏行が亡くなった。

 西田といえば、テレビドラマ『池中玄太80キロ』や映画「釣りバカ日誌」シリーズに代表されるような、ホノボノした人情味あふれる作品を思い浮かべる方も多いだろう。ただ筆者としては、その正反対の役柄を演じた時の西田が好きだった。

 たとえば映画『敦煌』の傭兵隊長や大河ドラマ『武田信玄』の山本勘助など、基本的には寡黙に自身の役割に従事しながら、時おりゾクッとするような凄みを見せる――。そんな役柄を演じる西田に、たまらなく惹かれていた。

 今回取り上げる『天国の駅』も、そうだ。

 本作は、栃木県の塩原温泉にある旅館で実際に起きた殺人事件を題材にしている。といっても、その殺人犯役が吉永小百合なので、陰惨な内容にはなっていない。

「愛を強く求めながらも、酷い男たちに裏切られ続けた哀しい女性」という解釈で描かれており、それを吉永が終始、お馴染みの「悲劇のヒロイン芝居」で大熱演している。そのため、全編を吉永映画らしい甘ったるい印象が覆っていることは否めない。

 ただ、そんな主役の難点を中和するかのように脇役陣が充実しているのである。そのため、見応えは十分だ。

 下半身マヒによるコンプレックスで嫉妬心と被害妄想の塊となり、主人公を苛む最初の夫役の中村嘉葎雄。爽やかな好青年に思わせて、身勝手なサイコパス気味の行動により全ての元凶となる警官役の三浦友和。一連の事件を執拗に追う、柔和な表情の裏に鋭さを放つ刑事役の丹波哲郎。紳士ぶって主人公を支援しつつ、その実は所有物として扱う旅館経営者役の津川雅彦。その妻役で、ヒステリックに主人公を打ちのめす白石加代子。主人公を取り巻く誰もが、濃厚に粒立っていた。

 そして、圧巻は西田敏行だ。彼が演じるのは旅館の雑用係・田川。知的障がいのため言動がままならず、周囲に蔑まれている。そして、ひたすら主人公を一途に想い、寄り添い続ける役柄である。

 身なりや顔は薄汚れており、パッと見は野蛮で恐ろしい。だが、その奥底に純な心を感じさせる演技が抜群で、主人公にとって「愛」を受けることのできた、ただ一人の役として説得力を与えていた。

 純情を経営者に利用され、経営者の妻の殺害を決意する場面。経営者に嫁入りする主人公を遠くから見つめる場面。そして主人公を背負って雪の中を逃げる場面。いずれも寡黙さの向こうに強烈な想いが湛えられていることが伝わり、その表情は「愛情」を飛び越えて「信仰」とすら思わせる迫力があった。

(春日 太一/週刊文春 2024年11月21日号)

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