稲垣吾郎が現行犯逮捕され、事件を経て“変わった”ワケ「稲垣さんに一番驚かされたことは、SMAP解散後の身の振り方」

「もうダメかと思った」SMAP人気絶頂期に起きた“逮捕事件”…稲垣吾郎が復帰後初のスマスマ生放送で見せた“意外な行動”〉から続く

 2024年3月に放送作家を引退したのを機に、「小説SMAP」をうたった『もう明日が待っている』を刊行。SMAPの素顔を余すところなく描き出したのが鈴木おさむさんである。

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 テレビの世界を離れて半年あまり。いまこそ語れる「SMAP論」を、存分に披露していただこう。今回は稲垣吾郎の、味わい深い人となりについて語る。(全2回の2回目/前編から続く)

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逮捕を経て稲垣吾郎は「変わった」

 道路交通法違反と公務執行妨害の疑いでの現行犯逮捕から5ヶ月の活動自粛を経て、復帰を果たした一連の出来事。それが稲垣吾郎さんというタレントを、いえ人間性全体を変えたと僕の目には映りました。

稲垣吾郎 ©時事通信社

 何がそれほど変わったのか。穏やかで人当たりがよく、場を和ませる才に長けていたのはもともとですが、人への感謝をいっそう素直に表すようになりました。

 番組収録のときも、スタッフからするとより話しかけやすく、相談しやすい相手になりました。演者としても、皆がイジりやすいよう自分に隙をつくることができるようになり、どんなツッコミも受け入れられるようになりました。

 以前からコントの名手ではありましたが、笑いに対しても妥協なく追求するようになっていきます。汚れ役をふられてもまったく臆せず、積極的に取り組みます。あらゆることにおいて、全力で臨もうという姿勢が明確に見てとれたのです。

 そんな彼の姿に、僕は感銘を受けました。それで2006年、自分の書いたエッセイ『ブスの瞳に恋してる』を原作にした同名のフジテレビ系ドラマで、稲垣吾郎さんに主演のオファーをしました。相手役は「森三中」の村上知子さんだったので、きっと息が合うだろうとも踏んでいました。というのも稲垣さんは、女性芸人との相性が抜群なのです。優しくて、相手に気をつかわせず、話も穏やかに聞いてくれるから、接した相手は稲垣さんのことが大好きになります。

 結果、稲垣・村上コンビは、みごとイメージ通りに役柄を演じ切ってくれました。

 あの事件を経験したことによって、稲垣吾郎さんは人の痛みや苦しみを鋭く感知し、分け隔てなく人に感謝する、懐の深い人間になったのだと思います。そうしてSMAP内でも、確固たる立ち位置を見出したように思えます。パズルの最後のピースがピシッとはまって、SMAPというグループが完全体になったようにも感じられました。

稲垣がさらなる変化を遂げたのは…

 稲垣吾郎さんがさらなる変化を遂げたのは、2011年にTBS系の読書バラエティ番組『ゴロウ・デラックス』を始めてからです。

 話題の本の作家が毎週ゲスト出演し、ホストの稲垣さんとトークを繰り広げるというもの。毎週指定された本を読んで、しかも作者と話せるほどに内容を理解しておくというのは、なかなかハードな仕事です。よほどの読書好きでなければ務まりません。

 稲垣さんは根っからの本好きというわけではなかったんじゃないかと思います。それでも番組と真摯に向き合ってくれて、毎回しっかりと読み込んできました。

 本を読んでその内容について話す機会があると、人はつい自分の気づいたことや感想を言いたくなるものですが、稲垣さんは番組でそんなそぶりを見せませんでした。作家にとことん話を聞き、言葉を引き出す姿勢を崩さなかった。「聞き上手」という稲垣さんの特性が存分に発揮される場となりました。

 番組は好評を得て、制作側としてもどんどんハイレベルな要求をするようになっていきました。本を選ぶとき、時事性や意義があれば分厚くて難解な本でも遠慮なく取り上げましたし、大御所作家にもどしどし出演のアプローチをしました。

 稲垣さんに対する作家からのウケは良好で、「『ゴロウ・デラックス』だったら出演オーケー」という声も多数あがりました。それで小説家や漫画家まで、ありとあらゆる作家が出演してくれることとなりました。

 稲垣吾郎さん本人にとっても、この番組での体験は大きい糧となりました。いま稲垣さんは50歳となり、大人の役者として味わい深い演技を見せています。ラジオ番組も続けており、内容豊かで評判です。『ゴロウ・デラックス』で読書体験を積み重ねたことが、その後の活動にいい影響を及ぼしているのだろうと思います。

「新しい地図」に稲垣が合流して驚かされた

 1990年代から稲垣吾郎さんとお付き合いを続けてきて、いちばん驚かされたことといえば、SMAPが解散したあとの身の振り方です。

 解散後、草彅剛さんと香取慎吾さんが、マネージャーだった飯島三智さんとともに行動し、「新しい地図」の名のもとに進むことになるのは、まだ想定内でした。ふたりは「しんつよ」との愛称で呼ばれるほど親密で、コンビのようなところがありましたから。

 そこに稲垣さんも合流するというのは、すこし意外でした。新しい地図としてイチから活動を始めるというのは、当時の芸能界において、相当の茨の道になるのはわかりきっていました。それなのに、稲垣さんは決断した。これはかつての逮捕事件の経験があったからじゃないかと思います。あのときは飯島さんが奔走し、なんとか復帰の道をつくり上げてくれた。その感謝を忘れていないからこその、解散後の決断だったのではないかと考えています。

 稲垣さんが合流して、草彅さんと香取さんもさぞ心強かったでしょう。2人でやるか3人で活動するかでは、かなり印象も違います。3人だとグループ感が出て、大きなうねりを起こせそうな雰囲気が醸し出されることとなりました。

 新しい地図は2017年、AbemaTVで「72時間ホンネテレビ」を敢行します。各芸能事務所が出方を読み合ったり、インターネット対テレビ界のような構図もあったりして、なかなかゲスト出演者が決まりませんでした。それでもなんとか番組は成立し、長時間の放送が実現しました。

再び稲垣が人目をはばからず泣いて…

 最後のシーンで、新しい地図の3人は、そろって涙を流します。ここでも稲垣さんが人目をはばからず泣いていたのは、すこし意外であり、また感動的でした。淡々としているように見えることもある稲垣さんですが、解散したあとは当然ながら大きな葛藤を胸に抱えていたのです。

 強くて熱い思いを持って、新しい道へ踏み出したことが、あのときの涙から伝わってきました。

 美形のタレントは年齢を重ねていくにつれ、単に「美しさ推し」だけで進むわけにもいかず、路線変更を迫られてしんどそうな人も見かけます。が、稲垣吾郎の場合は、まったくそんなことがありません。無理なく変化していき、結果として大人の色気が増し、年々かっこよくなっています。50歳になってから、ますます肩の力が抜けて、「かっこよくあることにがんばり過ぎていない、かっこよさ」がにじみ出ています。

 これからも多方面の活動で、人としてのかっこよさを見せつけ続けてほしいものです。

(山内 宏泰)

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