「現実がフィクションを超えてしまっている」池松壮亮が考える今“映画に最も必要なこと”

「出会ってから今まで、彼はある意味でまったく変わっていない。映画や仕事に対する、異様なほどの純情さはまるで変わらない」

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 映画監督・石井裕也は、盟友である俳優・池松壮亮をこう評する。

 数々の作品でタッグを組む池松は、「10年間、多くの作品を通じて石井さんの探究を見せていただいてきました。若い頃、〈黒澤明が『羅生門』(50年)を発表したのは40歳、映画監督は40歳からですよ〉と笑いながら話していましたが、気づけば石井さんも40代。勝手ながら、石井さんの40代を想像していたときに、この原作に出会ってほしいなと思いました」。

 

「石井さんしかいないと思いました。」

 二人の最新作は、平野啓一郎の同名小説を映画化した『本心』。池松が石井に打診したことで企画が動き出した。「石井さんしかいないと思いました。なによりも、この物語を石井さんと探究してみたいと思いました」

 私生活でも親交の深い池松と石井は、関係が長く続く理由を「家が近いことも大きいかな」と口を揃える。石井は「気軽に飲みに行っては興味や問題意識などを話し合っていた」と言い、池松も「ビジネス的なものが一切介在しない関係が続いていることは特別なことだなと思います。学生時代から石井作品に純粋な興味があったので」と笑顔を浮かべる。

“母”が題材の映画を撮ってきた石井

『本心』で池松が演じるのは、今よりもテクノロジーが進化した社会で、依頼人の分身「リアル・アバター」として活動して生計を立てる青年・朔也。最新のAI技術で死者を仮想空間に蘇らせる「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」の存在を知るや、1年前にこの世を去った母(田中裕子)の死に対峙するため、母のVFを作成しようと決意する。

 原作に描かれた朔也が、池松の目には「石井さん自身と、石井さんが描いてきた人々に重なって見えた」という。「常に中立的な立場をとりながら、脅かされてもひたむきに生きる姿が石井さんの描く人物像にフィットしました。石井さんは7歳でお母様を亡くされていて、僕が初めて参加した『ぼくたちの家族』を含め、折にふれて“母”が題材の映画を撮ってきた。40代の石井さんに、“母なるもの”を撮ってほしいという気持ちもあったかもしれません」

小説に現実があっという間に追いついてきた

 テクノロジーが人々を支える劇中の社会は、現在の私たちが暮らす世界と遠くない。一見、利便性が高い社会で、格差や貧困による分断が深まっている様子も同じだ。平野の原作の要点を、石井は「非暴力的な振る舞いのなかで人間の存在がないがしろにされてゆくという、可視化されづらい現実を描いた小説」と捉えた。

 原作が連載されたのは、2019年9月から20年7月までの1年間。「それから現実があっという間に追いついてきた」と池松は振り返る。

「去年(23年)はChatGPTの登場で“AI元年”と言われましたが、ちょうど撮影準備をしていたときに、中国のネットユーザーが亡くなったおばあちゃんのAIアバターを作ったと報じられ、Appleもゴーグル型の端末を発表しました。そうした中、この映画を早く世に送り出さなければと焦る気持ちもありました」

「身体」があることによる葛藤

 かたや、石井は「近未来が舞台だからこそ、“愛”や“孤独”というテーマがむしろ生々しく見えてくるのが原作の面白さ。映画として捉えるなら、『身体』というタイトルでもいいように思いました」と解釈を明かす。

 池松が演じる朔也は、依頼人の注文で「リアル・アバター」として汗を流しながら街を走り回り、自らの体臭を意識する。また、幼なじみの岸谷(水上恒司)や、母の親友だった三好(三吉彩花)との物理的・精神的な距離に葛藤する。朔也に「身体」を与えた池松は、内面をこう分析した。

「朔也は自分自身が曖昧かつ不確かで、まるで自分が存在していないような、時には消えたいような思いがある。それでも彼には今まだ肉体、実存があり、周囲の人や世界に触れることができる。朔也を演じるうえでは、自分の肉体によって感情を生み出し、そこから溢れてくるものでスクリーンを満たしたいと考えていました」

「今の日本には、大きな映画の不在を感じます」

 昨年8月に所属事務所を独立して1年。この秋には『本心』のほか2本の出演作、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』と『ぼくのお日さま』も公開される。ジャンルを問わない作品選びだが、意外にも「自分の興味や関心はむしろ狭いと思っている」と言う。「自分の中だけから出てくる表現はもう終わって、今は社会との繋がりの中での映画の多様性に目を向けているんだと思います」

 現在のもっぱらの関心事は“娯楽映画”だ。「今の日本には商業映画や優れた作家映画がありますが、娯楽映画がないと思っています。そこに大きな映画の不在を感じます」と言う。

「なんというか、映画をもう少し“映画”に戻していくべきではないかと思っています。未だ戦争が続き、映画より凄まじい現実が隣り合わせにある今、現実がフィクションを超えてしまっていて、リアリティというものに限界を感じます。近年例えば『ジョーカー』(19年)や『バービー』(23年)といった作品が生まれていますが、そうした、大人が観られる真の娯楽映画が日本に必要だと思っています。これは自分の課題の一つとして、いつか結果を出したいなと考えています」

神ノ川智早=写真
FUJIU JIMI=ヘアメイク

いしい・ゆうや 1983年、山梨県生まれ。大阪芸術大学の卒業制作『剥き出しにっぽん』が高く評価される。10年の『川の底からこんにちは』で商業映画デビューし、史上最年少でブルーリボン賞監督賞を受賞。14年の『ぼくたちの家族』以降、多数の作品で池松壮亮を起用している。他に『月』『愛にイナズマ』(共に23年)など。

いけまつ・そうすけ 1990年、福岡県生まれ。子役として活動を始め、2003年、ハリウッド映画の『ラスト サムライ』で映画に初出演する。14年の『愛の渦』『紙の月』などの演技で日本アカデミー賞新人俳優賞など多数受賞。21年の石井裕也監督作『アジアの天使』でニューヨーク・アジアン映画祭のライジングスター・アジア賞を受賞。

INTRODUCTION
格差が拡大し、メタバースが日常化した近未来の日本。亡くした人をヴァーチャルに甦らせる事ができるようになったとき、人はどのように愛や命の意味を捉えるようになるのか─。平野啓一郎による『本心』(文春文庫/コルク)を、『茜色に焼かれる』(21年)、『愛にイナズマ』(23年)の石井裕也監督が、『シン・仮面ライダー』(23年)でも話題を呼んだ池松壮亮を主演に迎え、豪華キャストにより映画化。

 

STORY
工場で働く青年・朔也(池松壮亮)は、母(田中裕子)を助けようとした時の事故で1年もの間昏睡状態に。目覚めると、母は自ら“自由死”を望んで亡くなっていた。進行するロボット化のあおりで仕事を無くした朔也は、幼なじみの岸谷(水上恒司)の紹介で依頼主の代わりに行動する「リアル・アバター」の仕事を始める。そんななか、仮想空間上に任意の“人間”を作る「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」を知り、「母はどうして死を望んだのか?」を知るために、開発者の野崎(妻夫木聡)に「母を作ってほしい」と依頼する。

 

STAFF & CAST

監督・脚本:石井裕也/原作:平野啓一郎『本心』(文春文庫/コルク)/出演:池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛、妻夫木聡、田中裕子/2024年/日本/122分/配給・製作幹事:ハピネットファントム・スタジオ/©2024 映画『本心』製作委員会

(稲垣 貴俊/週刊文春CINEMA)

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