福原遥「引っ越し先は言えないの」転校を繰り返した「まいんちゃん時代」の“知られざる苦悩”の理由
「『A子ちゃんが女優さんやるなら、私もやる!』って言いだしたんです(笑)」(A子さん)
“女優さん”どころの騒ぎではない。いまや“国民的女優”として絶大な人気を誇るのは、福原遥だ。
「子役時代には『まいんちゃん』として、NHKの子ども向け番組『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』で主役を務め、人気者になりました。以来『ピチレモン』の専属モデルや声優業を経て、女優に転身。2022年にNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』のヒロインに抜擢され、一気に格が上がりましたね。しかも2025年には、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』に花魁(おいらん)役として出演します。直近では、7月期放送のドラマ『マル秘の密子さん』(日本テレビ系)でも主演。まさにトップ女優です」(芸能記者)
その“師匠”が、冒頭のA子さんというわけだ。埼玉県出身の福原は、保育園から小学校低学年まで、両親と弟の4人暮らし。家賃5~6万円の県営団地で暮らしていた。そこで一緒に遊んでいたのが、2歳年上のA子さんだ。
「団地のなかにある小さな遊具に登ったり、鬼ごっこをしたりしてよく遊びました。どんなことでも私の真似をしたかったみたいで、一緒に学研教室にも通いましたよ。私が地元の小さな劇団に入ったら、彼女もやりたいと。そこから芸能活動が始まったみたいです。弟の面倒をよく見る、いいお姉ちゃんという雰囲気でした。でも、小学校低学年のころに転校してしまいましたね」(A子さん)
以後、福原はスポットライトを浴びる人生を送ることになる――。子役時代の芸能活動を知る関係者はこう語る。
「最初に親御さんに連れられて入所したときから、ほかの子どもたちとは違ってましたね。物おじしない性格も手伝って、課題をすぐにこなすなど、メキメキと実力を発揮していきました。小さいころはダンスが好きで、音楽の方面に進むのかと思いましたが、本人の希望でモデル、そして女優へと歩みを進めたそうです」
だがその裏で、知られざる苦悩を抱えていた。
「両親が離婚した影響もあり、県内のアパートや親戚の家などを転々としていたんですよ。多感な時期に芸能の仕事も並行してやらなければいけないのだから、たいへんだったでしょう」(同前)
“流浪”の原因は別にもある。「まいんちゃん」として人気が出るにつれ、悪質な“ストーカーファン”が出てきたのだ。中学生時代の同級生の保護者はこう語る。
「たしか遥ちゃんは、中学1年生のときに別の中学校から編入してきたんですよ。それで、うちの娘と友達になってくれたんです。でも結局、中学3年生のころにまた引っ越してしまいました。学校や自宅などの個人情報が外部に漏れてしまった影響だそう。悪質な追っかけファンがいたのだと思います。長女はすごく悲しがっていました。お別れの際も、身の安全のために『引っ越し先は言えないの……』と言っていたそうです」(保護者)
だが、目まぐるしく変わる環境のなかでも、勉強や友人との交流など、人並みの青春を謳歌していたようだ。
「中学生にしては、大人びた雰囲気で落ち着いていましたね。学校の勉強に追いつくためか、娘と一緒に塾に通っていました。家に遊びに来てくれたこともありますよ。よく覚えているのは、当時3歳だったうちの次女に初めて会ったときのことです。3歳のコからすれば、遥ちゃんは毎日テレビで見ている“画面の向こう側”の人。ビックリして固まっちゃったら、遥ちゃんは優しく『初めまして。おいで、遊ぼ』と、手を差し伸べて抱っこしてくれたんですよ。テレビの姿と変わらない優しいコです。お母さんも素敵な方で、遥ちゃんの芸能活動を応援していました」(同前)
福原は、どんなときも応援してくれた、母と祖母への感謝の気持ちが強いという。
「6月にファンクラブイベントを開催したのですが、そこに祖母と母がそろって観に来てくれた、と喜んでいましたね。朝ドラと大河ドラマ出演は、子どものころからの目標です。『お婆ちゃんが元気なうちに見せられそうでよかった』と言っていました。孝行娘ですよね」(芸能関係者)
ひと昔前の親孝行といえば、孫を見せることだが……。
「それはまだまだ先ですね(笑)。遊ぶ暇もないほど忙しいので、異性との出会いもありません」(同前)
よかった。まだまだ、みんなの遥ちゃん!
06/26 21:00
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