『光る君へ』で好演の瀧内公美、教育実習中の出会いで芸能界へ「一度この世界に入ったら、絶対に “やめたくない” 」

瀧内公美

 

「ガラス張りのお店を外から覗いたときに、お客さんが美味しそうに食べている姿に惹かれて入ったのが最初です」

 

 国道246号から脇道を入ると、多くのお客さんでにぎわう「青山 蓬萊」がある。瀧内公美が7年ほど前から昼に夜にと通っている特別な店だ。

 

「よくお世話になったデザイナーさんが店主の仲田雄介さんと親しいというご縁もあって。『お誕生日会する?』『ご飯食べる?』というときに “いつものメンバー” で利用しています」

 

 大好きな担々麺をはじめ、みんなで好きな料理を注文し、少しずつ味を楽しむそう。

 

「なかでも上海ヤキソバは衝撃の美味しさでした。これまで上海ヤキソバをセレクトすることがなかったんですが、みんなにすすめられて食べたら、シンプルな味つけなのに、辛みも相まってコクがあり絶品でした。

 

 ちょっとリセットしたいときにも一人で寄ります。いつも仲田さんは『いらっしゃいませ、プリンセス』と迎えてくれて(笑)。こちらに来て、元気をもらっています」

 

 

 隣で冗談を言う仲田さんと笑い合いながら、瀧内は出身地である富山県で過ごした少女時代を懐かしそうに話してくれた。

 

「母がすごく映画好きで、子供のころから映画を観る習慣があって。スクリーンの中の女優さんへの憧れがありました。今、帰省すると、自然豊かでのんびりした空気感にはホッとしますが、高校生の私にとって、どこへ行くにも車で移動、買い物はショッピングモールしかない環境は退屈でしかなくて。ドキッとするような楽しい出会いを求めていました」

 

 そんな毎日のなか、映画は特別なものだった。特に『プラダを着た悪魔』(2006年)で主人公を演じたアン・ハサウェイに魅了された。

 

「当時は『プラダ』というブランドも知らなかったんですが、主人公がハイブランドを着こなして、自分の人生を変えていく姿がキラキラして見えて。とにかく『かっこいい!』って。『東京に出たい』と、より強く思うようになりました」

 

 瀧内は子供が好きだったこともあり、東京にある女子大の教育学部へ進学。映画界に憧れを抱きながらも、教員免許取得を目指していた。

 

 大学4年生になり、教育実習に自転車で通っていたある日、 “運命” と出会う。

 

「通っていた道でたまたま映画の撮影をしていたんです。おもしろそうと思って見ていたら、その作品は私が中学生のときにハマっていた漫画が原作でした。『その世界を見たい』と思い、『エキストラは募集していますか?』と聞いて応募しました。参加したら現場が本当に楽しくて、帰り道はワクワクしていました」

 

 すぐさま書店で雑誌を購入し、最初のページに載っていた芸能事務所に応募した。

 

 事務所に入り、オーディションを受ける日々は、瀧内にとって、すべてが楽しくキラキラして見えた。

 

「何かに挑戦することにはワクワクするタイプで、オーディションに落ちても、あまりうじうじしない。次に受けるオーディションがあるだけ幸せだと思っていました」

 

 22歳でキャリアをスタートさせた瀧内は、オーディションを受ける際に決めていたことがあった。

 

「制服は着ません、と最初からお願いしました。芸能界は子役からのキャリアスタートが多く、20代、30代とその年齢に合った役を演じていく。25歳ぐらいで制服を着られなくなった方々が淘汰されていくのを見てきました。

 

 私はスタートが遅かったので、子役でデビューした方たちと競い合うより、30代にこういう仕事をしていたいと、自分がどんなキャリアを積んだらいいかを、デビュー時から考えていました」

 

 当然、受けられるオーディションの数は減った。居酒屋やホテルのバンケット、ティッシュ配りなどアルバイトを3、4つ掛け持ちしながら数少ないオーディションを受け続けた。体力的にハードな毎日だったが、彼女にとって辛いのはそこではなかった。

 

「仕事がないことが本当に辛かった。富山ではできない仕事をしているから東京にいるのに、なんで仕事がないんだろうって。仕事がないときの焦りや悔しさで、眠れない夜を過ごしました」

 

 やっと役を得ても、演技の壁にぶつかった。

 

「私は経験値が人を育ててくれると思うんです。経験値が少ないから、壁にぶち当たったときにとれる選択肢が出てこない。いい作品に出会っても、うまく演じられない。それを改善するためには、量を積んで質を上げていくしかないんだと」

 

 こんな時期に出会った白石和彌監督の『日本で一番悪い奴ら』(2016年)では、 “演技での気づき” を学んだ。

 

「作品に参加しているときは、ジェットコースターに乗せられているみたいな勢いのある現場で無我夢中で演じていました。作品へのアプローチもわかっていなくて、完成した作品を観たときに『私だけリズムが違う』と感じました。そのときから、それぞれの作品にある“リズム感”をつかんで演じるようにしています」

 

 フルヌードをいとわない体当たりの演技で挑んだ『火口のふたり』(2019年)では、キネマ旬報ベスト・テンの主演女優賞を受賞。瀧内の演技は業界で評判を呼び、一気に出演作の依頼が増えた。現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』では、柄本佑演じる藤原道長のもう一人の妻・源明子を演じている。

 

「私は “単館系” と呼ばれる上映館数が比較的少ないミニシアターで上映される作品に参加することが多いのですが、大河ドラマは全国で放送されているので、両親や親戚も喜んでいました。お声掛けいただくことも増えて、大河ドラマの認知度の高さを感じます。脚本家の大石静さんが、私の初登場のシーンでは『無表情である』など細かい指示をくださったので、明子のイメージは造形しやすかったです。今は優しく微笑むことが増えましたよね」

 

 9月からは尾上松也と夫婦を演じる舞台『夫婦パラダイス〜街の灯はそこに〜』がひかえている。

 

「大阪に流れ着いた “訳ありカップル” を松也さんと演じます。私はちゃきちゃきの元三味線芸者の役。『光る君へ』で演じている明子とは真逆の役なので、今から楽しみです」

 

 そして、役者の仕事のおもしろさは物事を探究することだと続けた。

 

「役を演じるうえで専門家の方にお話を伺うのですが、自分が知らないことを知るのはおもしろいし、知れば知るほど奥深い。一度この世界に入ったら、役にふれたいな、お芝居をしたいなって気持ちになります。 “やめられない” より “やめたくない” という気持ちかもしれないです」

 

 そう話す瀧内の表情からは、富山の少女が憧れていた “ワクワク” があふれていた。

 

たきうちくみ
1989年10月21日生まれ 富山県出身 2012年から女優活動を開始、映画『グレイトフルデッド』(2014年)で初主演。『日本で一番悪い奴ら』(2016年)で注目され、『彼女の人生は間違いじゃない』(2017年)に主演。『火口のふたり』(2019年)でキネマ旬報ベスト・テンの主演女優賞、ヨコハマ映画祭最優秀新人賞受賞。『由宇子の天秤』(2021年)、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年、カンテレ)、『リバーサルオーケストラ』(2023年、日テレ)など話題作に出演。現在は大河ドラマ『光る君へ』(NHK)に出演中。舞台『夫婦パラダイス〜街の灯はそこに〜』(9月6日〜19日・紀伊國屋ホール、以降、愛知、大阪公演あり。7月よりチケット販売開始)に出演予定

 

【青山 蓬萊】
住所/東京都渋谷区神宮前5-49-1
営業時間/11:30〜15:00、18:00〜22:00(L.O.21:00)
定休日/日曜

 

写真・木村哲夫
スタイリスト・大石幸平
ヘアメイク・風間啓子

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