「曲を聴いてみんな嗚咽」チバユウスケさん死去「どこよりも曲をかけてきた」バー店長が語る「熱狂の理由」

亡くなったチバユウスケさん(写真提供/Bollocks 撮影/菊池茂夫)

 

 11月26日、食道がんにより55歳の若さで死去した、元THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(以下「ミッシェル」)で、The Birthdayのボーカル・チバユウスケさん。

 

 その早すぎる死に、アーティスト仲間やファンからの悲しみの声が途切れなく聞こえてくる。チバユウスケという男の、何がそこまでファンを熱狂させてきたのだろうか。「世界中、どこの音楽バーよりもチバユウスケの曲をかけてきたという自負があります」と語る、東京・鶯谷のロックバー「叫び」の店長・田中俊行さんに思いの丈を聞いた。

 

 

「チバユウスケという人の、何にファンが熱狂させられたかをひとことでいうなら、ロックの信念が一貫して揺るがなかった人だから、に尽きると思います。ファッションも、手にするギターも、すべてがチバユウスケの世界観を確立していた。ミッシェルをリアルタイムで聴いていたアラフォー世代には、僕も含めて、チバさんのすべてにあこがれたロック好きが相当多いはずです。

 

 うちの店で、ミッシェルやチバさんの曲をリクエストするお客様はアラフォー世代に集中していますけど、1996年にデビュー、2003年に解散したミッシェルというバンドのすごみは、ミッシェルより世代が上の人、ザ・ルースターズやTHE MODS、ストリート・スライダーズ、ブルーハーツとかに熱くなった世代の人たちも、移行できたバンドという点。上の世代のファンもいるし、アラフォー以下の若い人たちからしたら、チバさんはあこがれの伝説の人、みたいな扱いで。だから、20代から40代まで満遍なくファンがいる印象ですね」

 

 田中さんの店では12月5日、チバさんが歌う曲だけをかける営業をおこなったという。

 

「お客さんみんなで泣いて、僕もめちゃくちゃ泣いて。ミッシェルの歌詞とかThe Birthdayの歌詞とか、口に出した瞬間に泣いちゃって、『なんでだよ……!』とか言いながら、みんな本気で嗚咽してました。

 

 誤解をおそれずに言うと、バンドとしてのミッシェルが終わったことは、僕らファンのなかでは腑に落ちてるんですよ。ミッシェルというバンドが終わって、ギターだったアベ(フトシ)さんも亡くなられてしまって、その悲しみというのは消化し切れていた。でも、The Birthdayは生きてるバンドだったから……。『爪痕』というThe Birthdayの曲があるんですけど、チバさんの消えない爪痕が僕らには完全に残っていて、歌詞の内容とリンクして、みんな、めちゃくちゃ泣いてましたね」

 

 酒とタバコを愛したことでも知られ、プライベートでは、東京・高円寺の酒場での目撃談も多かったチバさん。X(旧Twitter)で検索すると、高円寺の酒場で出会ったチバさんに酒をおごってもらった、酔っ払ったチバさんに頭をクシャクシャにされた、おでこにサインを書かれた、などの逸話がゴロゴロ出てくる。一見、コワモテな外見とは裏腹に、その人柄は誰からも愛されていた。

 

「僕の知り合いも、チバさんと飲んだときに、チバさんが『いや、僕はこう思うんですよね』みたいな話をしたらしく、『え、チバさんって、自分のこと“僕”って言うんですか?』って言ったら、照れながら『お前、バカだな(笑)』って、小突かれたそうです。初期のミッシェルのころは、眼光鋭く眉間にしわを寄せて、とっつきにくそうでしたけど、晩年のチバさんは、よく笑ってた印象ですよね」(田中さん)

 

 チバさんの死因となった食道がんと、飲酒や喫煙を愛したライフスタイルとの因果関係はわからないが、春からの闘病も虚しく、チバさんは旅立ってしまった。

 

「もちろんチバさんが亡くなってしまったことは、とんでもなく悲しいし、寂しいです。ただ、大酒飲みで、ヘビースモーカーだったライフスタイル含め、ずっと自分の命を燃やし尽くしてるような人でしたからね……。どのタイミングで亡くなったとしても、間違いなく生き切ったって言える人生を送ったんじゃないかなって思うんですよね」(田中さん)

 

 ロックスターとしての生き様を最後まで貫いたチバさん。その作品と功績は、チバイズムを受け継いだ者のなかで永遠に語り継がれていくはずだ。

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