緊急事態宣言 沖縄を除き20日で解除

女子アナ日下千帆の「美女は友達」福島復興に奔走する女性起業家

趣味でドラムを続ける石山さん(右)と日下アナ

 

 女性のキャリアは多種多様。『美女は友達』は、人生を謳歌する女性たちのキャリアインタビューです。

 

 

 2011年3月11日14時46分。今でもあの瞬間をはっきりと思い出すことができます。都心にいても、建物が倒壊するのではと思うほどの、強く長い揺れを感じたあの地震から10年が過ぎました。

 

 震源に近い地域の方々の恐怖は、想像を超えるものだったでしょう。地震に続く津波、原発事故。次々と現地の様子が映し出されるニュースに衝撃を受けながら、心の奥底では、この国は必ず復興できるはずという強い信念も持ち合わせていたのではないでしょうか。

 

 今回ご紹介する美女は、生まれ育った福島で現在も被災地復興のために活動を続ける、クリフ代表取締役の石山純恵さんです。

 

 

 石山さんは、ビジネス系専門学校に入学するため、18才で上京したのですが、学校が1年で倒産。20歳で福島に戻り、地元企業に入社します。

 

 ところが、1年ほど勤務した頃、デパートの抽選でパリ・アテネツアーに当選し、会社をやめてヨーロッパ観光に行ってしまうのです。

 

 その後は、ギリシャと日本を行き来しながら、観光業や個人輸入業を始め、32才でフランス系カナダ人の男性と結婚。2人で英会話スクールや英語の保育園を開講し、大盛況だったそうです。

 

 すべて順調のように見えましたが、優秀すぎる奥様の働きぶりに、旦那様から「家庭が欲しい」と言われてしまい、46才で離婚。

 

「息子たちからは、『マミーはビジネスとマネーはグッドだけど、働きすぎ』とたしなめられてしまいました。会社を元夫に渡したものの、年齢的に転職が難しく、結局、翻訳業務を主体とした会社を2008年に立ち上げました」

 

 そして、2011年、東日本大震災の発生により、石山さんに大きな転機が訪れたのでした。

 

「当日は、福島大学の非常勤講師の採用面接を受けていました。立っていられないほどの揺れで、その場にしゃがみ込みました。揺れが収まってから車で帰ろうとしたところ、道路はあちこちで陥没し、信号機は作動せず、家々は全壊。線路が寸断されて電車も止まり、結局、車を置き去りにして、4時間歩いて帰宅しました。

 

 会社のあったビルは出入り禁止になり、社員とも1日連絡がつかず、祈ることしかできませんでした。宮城県の津波被害地域にいた父と連絡がついたのは4日後。母の家は全壊でした。

 

 それから毎日、原発のニュースが流れました。息子たちを守りたい、その一心で、避難すべきか避難するならどこに行くべきか…そんな葛藤のなか、いま自分ができることは何だろうと考えていました」

 

 当時、福島市の行政改革アドバイザーを務めていた石山さんは、結局、福島に残る決意をしました。地元新聞で「子育てコラム」を執筆していた関係で、不安や悩みを抱えるお母さんたちからの相談も多く、福島県産品の安全を調査するプロジェクトを開始。

 

 一方、福島に対する海外の関心の高さから、本業の多言語翻訳ビジネスも大忙しとなりました。その業績が評価され、2013年、日本商工会議所・女性起業家大賞「最優秀賞」の受賞を皮切りに、ふくしまベンチャーアワード2013「金賞」など、多数のアワードを受賞。

 

 それをきっかけに、トランプ大統領の娘であるイヴァンカさんも参加された「国際女性会議WAW!」(2017年)など、数々の国際イベントに出席し、福島の今を伝えています。

 

世界女性サミットにて

 

「実は、離婚後、学歴や資格のない自分は世の中から必要とされていないのではないかと思い、自信を失っていました。社名のクリフも、常に崖っぷちから頑張ろうという意味でつけたのです」

 

 崖っぷちどころか、見事に頂上への道を進んでいるのではないでしょうか。

 

 今後は、元気な女性を育てたい、内外両面を磨いて自信を持てるような女性起業塾を開きたいという石山さん。これからも復興し続ける福島の様子を世界へ発信していくことでしょう。

 

●日下千帆(くさかちほ)

 1968年、東京都生まれ。1991年、テレビ朝日に入社。アナウンサーとして『ANNニュース』『OH!エルくらぶ』『邦子がタッチ』など報道からバラエティまで全ジャンルの番組を担当。1997年退社し、フリーアナウンサーのほか、企業・大学の研修講師として活躍。東京タクシーセンターで外国人旅客英語接遇研修を担当するほか、supercareer.jpで個人向け講座も

ジャンルで探す