容姿イジりは笑えない?お笑い界で生き残るために必要なこと

漫才作家の本多正識さん=大阪市中央区で2023年8月9日、梅田麻衣子撮影

漫才作家の本多正識さん=大阪市中央区で2023年8月9日、梅田麻衣子撮影

 近ごろ、お笑い界では容姿に関するネタや下ネタなど、かつては当たり前だった「昭和の笑い」が「不適切ではないか」と物議を醸すことがある。バラエティー番組をはじめ、漫才やコントの「ネタ」であったとしても、コンプライアンス(法令順守)やハラスメントを意識せざるを得なくなっている。そんな現在の状況を、舞台やテレビで笑いを生み出してきた作り手たちはどのように受け止めているのだろうか。【谷口豪】

「角刈り=ダサい」はOK?

 昨年、吉本興業の養成所NSC大阪校(大阪市中央区)の授業を取材した時のこと。「角刈り=ダサい」という設定のネタを披露した漫才コンビ「カリスマシーン」(現在は解散)の二人は浮かない顔だった。「バカバカしくやれば問題ないと思った。でもやっているうちに、怒る人もいるのではと不安になった」という。

 ツッコミの下井拓己さん(27)は「今、芸人を目指す人でコンプライアンスを意識しない人はいません。ささいなことにも気を配らないといけない。正直、きついです」。ボケの上村拓也さん(23)も「ダメと言われたら従うしかないが、思い切ったネタをやりたい。テレビを見ていても規制が多く、『頭が固すぎる』と思う時もある」と口にした。

容姿ネタは一発アウト

 「ここ数年で、笑いの価値観は大きく変化した。容姿イジりも以前はOKだったけど、今はダメ。若手も大御所も日々考えていると思います」

 そう話すのは、漫才作家の本多正識(まさのり)さん。「オール阪神・巨人」などの台本を執筆するほか、NSCの講師として「ナインティナイン」や「かまいたち」など1万人以上の芸人を指導してきた。著書に「1秒で答えをつくる力~お笑い芸人が学ぶ『切り返し』のプロになる48の技術」(ダイヤモンド社)などがある。

 本多さんは容姿ネタや下ネタをプロレスにたとえる。「かつては『凶器』を使っても、『ここまでならOK』という暗黙の了解があった。今は『凶器』を出した瞬間、反則負けになる」

苦情の可視化でより慎重に

 1970~80年代、下ネタを前面に押し出したラジオ番組で一躍人気を集めた落語家の笑福亭鶴光さん(76)が今年3月、パーソナリティーを務めるラジオ番組で「公共の電波で流すには著しく不適切」な内容があったとして、ラジオ局が謝罪する騒ぎとなった。また放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会は1月の会合で、若手漫才師が出場するコンテスト番組で、頭髪の薄い人をからかう言葉を連発したことについて、視聴者から批判的な意見が寄せられ、議論したことを公表している。

 本多さんは「過去にもテレビ・ラジオ局への苦情はあったが、せいぜいはがきを送るか電話をかける程度だった」と話す。今は、SNS(ネット交流サービス)で誰でも簡単に声を上げられるようになり、苦情や批判が可視化されるようになった。「SNSで何がどう広まるのか分からない。だからこそ慎重にならざるを得なくなっているのでは」と指摘する。

ピンチをチャンスに変えて

 それでも「笑いの可能性は決して狭まっていない」と主張する。「コンプラ(イアンス)やルッキズム(外見至上主義)に引っかかるネタはほんの一部で、それ以外に自由に使える素材は無限にある。お笑いが難しい時代ではなく、新たな鉱脈を見つけるチャンスが広がったと考えた方がよい」と考える。

 本多さんはかつて、下ネタなどの刺激的な笑いをテレビ局側から求められるあまり、精神的に追い詰められる芸人を見てきたという。「とがった笑いは、どんどん刺激を強くしないとウケなくなる。でも限界は見えているから、最後は崖から飛び降りないといけない。大事なのは社会の空気をどこまで読めるか」と指摘。そのうえでこう続けた。「読み誤ると、一瞬でつぶされると思います」

娯楽の多様化も影響?

 きわどいネタが避けられる昨今の状況について、「鶴瓶・上岡パペポTV」など人気バラエティー番組を数多く手がけてきた放送作家、疋田哲夫さん(76)は別の見方を示す。「娯楽が多様化した現代では、さほど刺激のあるものがテレビに求められなくなったのではないか」

 テレビ全盛期は「こんな番組が見たい」という社会の期待を感じ、思い切った番組作りに挑戦できたという。自身も深夜番組「EXテレビ」で上岡龍太郎さんらが死に装束でひつぎに入り、死について語り合う「棺おけトーク」など、数々の実験的な企画を仕掛けた。「今はタレント先行で、内容は二の次になっている」と指摘する。

臆せず、おもしろいと信じる笑いを

 かつては、ディレクター、プロデューサーや放送作家ら制作陣と出演者は対等に意見をぶつけ合っていたという。疋田さんも、出演者の機嫌を取ろうとするスタッフに対して、上岡さんが「何でへりくだってるねん!」と怒る姿を何度も見た。

 対等な関係だからこそ建設的な意見が交わせるし、スタッフも的確な指示を出すことができる。だが内容よりも人気タレントに頼る傾向が強まり、アイデア勝負の企画が生まれにくくなったという。

 疋田さんが大事にしているのは、上岡さんの「笑いに必要なのは風刺」という教えだ。「人を傷つけるような過度なイジりはダメだが、権力に立ち向かう『笑い』は現在も通用するし、権力を笑い飛ばすような芸人をもっと見たい」と期待する。そのうえで「保守的にならず、『面白いと思うものを信じて作ればええやん』というのが本音。責任を取る覚悟を持って、思い切りやればええんちゃうかな」とお笑い界を担う後輩たちにエールを送った。

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