渋谷すばる、関ジャニ内で音楽性めぐり衝突したメンバー・仲裁したメンバー

2018年元旦の初詣では姿を見せていた渋谷

私、渋谷すばるからお伝えさせていただきたいことがございます。ジャニーズ事務所をやめさせていただく決断をしました

 4月15日に関ジャニ∞が都内で会見を行い、人気メンバーの渋谷すばるがグループ脱退と年内をもって事務所を退社することを発表した。同席した横山裕は大粒の涙を流していたが、メンバーだけでなく、ファンにも衝撃が走った。

「ここ2、3年はコンサートに臨む彼の姿に変化があったんです。今までは“歌に集中したいから”ってファンサービスがなかったんですが、最近ではこれでもかってくらいに頑張っていて。今思えば無理してたのかなって……」(関ジャニ∞のファン)

 4月13日に『FRIDAY』が渋谷のグループ脱退を報じていたが、1年半ほど前から不協和音は生じていたようで、

「ジュリー藤島副社長が、初めて1から育成したのが関ジャニ∞。彼女が定期的に食事会を開き、激励していたといいます。しかし、ここ1~2年は渋谷さんの姿がなかったそう。このころから“アーティスト活動に重きを置きたい”と渋谷さんが言い出したのです」(レコード会社関係者)

 渋谷はグループのリードボーカル。Jr.時代からジャニーズ内でも随一の歌唱力を誇り、関ジャニ∞の活動と並行して、バンド活動を行っていた時期もあった。

「ジャニーズでも熱心にアーティスト活動を重ねているKinki Kidsの堂本剛さんを尊敬していて、ギターを始めたてのころに、“教えてください”と懇願したこともあったそうです」(スポーツ紙記者)

 '15年にソロシングル、'16年にはカバーアルバムを発売。'15年、'16年にはそれぞれ、ソロのコンサートツアーを行っている。

グループでのコンサートでは、喉を休めたいという思いからMCにはあまり参加しないなど、徹底してパフォーマンスにこだわっていました。

 事務所はソロコンサートを行うことで思いを消化させる意図があったようですが、逆にアーティストとしての意識を深め“関ジャニ∞でも表現できる方法はないか”と考えるきっかけになってしまいました」(同・スポーツ紙記者)

増えるメンバーとの衝突

 '15年に発売したシングル『前向きスクリーム!』のカップリングには、代表曲『ズッコケ男道』をバンドスタイルで再録したものを収録。バンドは渋谷のグループ活動のモチベーションにもなっていたがだが、こだわればこだわるほど、メンバーとの衝突は増えてしまったという。

「横山さんや村上信五さんは“俺らはアイドル。ファンが喜んでくれることをするべき”と、お笑い路線もバンド演奏もどちらも貫くスタンス。

 しかし渋谷さんは演奏の質や表現にこだわりました。ほかのメンバーが“ついていけない……”という声を上げるなか、仲裁を行っていたのは錦戸亮さんだったといいます」(前出・レコード会社関係者)

 実は今回の報道の前から、渋谷のソロ転向に対する意欲を知っていた人物がいる。事務所の重鎮、近藤真彦だ。

「'09年に『J ROCK DREAM Matchy 09』というロック色の強いコンサートを行ったんです。ジュニア内のバンドなどが出演するなか、渋谷さんもFi∨eというユニットとともに、『FLAT FIVE FLOWERS』というバンドを組んで参加しました。

 近藤さんが“うまいじゃん。ひとりでやるの?”と聞くと、“それはもう考えているんですけど……”と。このころから、アイドルとアーティスト活動で揺れ始めていたんです」(前出・スポーツ紙記者)

 当時、Fi∨eはタイや韓国、台湾などでもコンサートを成功させており、

'11年には渋谷さんを交えて海外デビューをさせるという話も浮上したといいます。そのころからくすぶらせていたアーティスト活動への思いが捨てきれなかったのでしょう。メンバーからの強い慰留もありましたが、渋谷さんのことを止めることはできませんでした」(前出・レコード会社関係者)

 7月から行われるコンサートツアーにも渋谷は参加しない。今まで応援してくれたファンに、渋谷の口から直接、脱退について語る機会は設けられないのだろうか……。

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