財閥・韓国泰光グループを支配する疑惑のデパート、李豪鎮の素顔

朴槿恵政権時代の国政不正介入事件に関連して有罪判決を受け、ソウル拘置所に収監されたサムスン電子の李在鎔会長。2021年8月に、韓国国内やグローバルな経済状況を考慮した大統領府によって仮釈放された。泰光グループの李豪鎮前会長はそうした特別扱いを受けることはなさそうだ(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

 10月11日の早朝午前5時、韓国・忠清北道忠州市の忠州拘置所の正門前は静かな熱気に包まれていた。

 記者らが待ち構えているところに姿を現したのは、180センチ級の長身に、胸に届くほど髪を伸ばした一人の男。取材陣は写真に収めようと一斉にカメラを向けたが、出迎えに来ていた6~7人の関係者が素早く男を囲み、黒い傘をさして撮影を阻んだ。

 服役者には到底似つかわしくない長髪に、ものものしいガード。人目を忍ぶ往年のロックスターなのか。いや、この人物こそ、今回の主人公である韓国財閥・泰光(テグァン)グループのオーナー、李豪鎮(イ・ホジン)前会長(59)だ。

 泰光グループとは、「泰光産業」を中核に系列19社を擁し、財産規模50兆ウォン(約4兆8000億円)、売上高12.5兆ウォン(約1兆2000億円)を誇る中堅財閥だ。事業分野も繊維、石油化学、金融、放送メディア、インフラ、レジャー、アート、教育・・・と多岐にわたる。

 近年順位を下げたものの、韓国政府の発表する企業序列で49位につける、れっきとした企業グループだ。先の東京五輪でも活躍した女子バレーのキム・ヨンギョン選手のファンなら、彼女が日本のJTマーヴェラスに移籍する前まで所属し、昨シーズンもプレーしたチーム「興国(フングク)生命ピンクスパイダーズ」の名は聞いたことがあるだろう。この興国生命も、泰光グループの系列企業の一つだ。ただ、日本では、その業態の性格もあり、「知られざる韓国財閥」と言えるかもしれない。

 泰光グループは現在、トップの会長ポストが空席という非常事態が続いている。受難の始まりは2010年、李前会長の数千億ウォンに及ぶ不正蓄財に対し、検察の捜査が本格化したことだった。

世界のベストプレイヤーと称される、東京五輪でも活躍した女子バレーのキム・ヨンギョン選手。最近まで彼女が所属していた興国生命ピンクスパイダーズも泰光財閥のグループ会社だ(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

泰光グループの「失われた10年」

 その翌年、李前会長は421億ウォン(約40億7000万円)の横領や9億ウォン(約8700万円)の脱税などの罪で立件された。そして2012年、李前会長は2004年から務めてきた会長職に加え、系列企業の取締役も全て辞任した。

 それから10年近い年月が経ち、3年を塀の中で過ごした李前会長がついに刑期を終えて娑婆に出てきたのだ。だが、少なくとも向こう5年は、会長への復帰は叶わない。「特定経済犯罪加重処罰法」の規定により、一定期間自社への「就職」が禁止されているからだ。

 先に同じ規定が適用されたサムスン・グループトップの李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長の場合、コロナ禍という情勢の中、サムスンの韓国経済への影響力が考慮され、赦免・復権を果たしているが、泰光グループの李前会長にはそうした特別扱いを期待できる状況にない。

 もっとも、同グループにおいて、創業家2世で筆頭株主である李前会長の影響力は、以前と何も変わるところがない。

 会長辞任当初こそ、グループの経営体制にある程度の変化が起きると見る向きもあった。しかし時間が経つにつれ、李前会長が今後も取締役会をも超越した存在として君臨し続けるとの認識が広がっていった。有罪判決や服役程度ではビクともしないほど、権力基盤は盤石なのだ。

 一方で、よもや李前会長の存在の大きさを見せつけるためではあるまいが、会長が空席の期間、グループの事業は大きく失速した。特に新規事業への積極投資といった推進力の必要な動きが鳴りを潜めた。

 そのことを念頭に、一部の経済紙は最近、出所した李前会長の本格的な復帰こそが、泰光グループの「失われた10年」を取り戻すカギだと報じ始めた。「オーナーの帰還」ともったいぶった見出しをつけたメディアもあった。財閥グループの舵取りにはやはり「王」の采配が必要なのか。李前会長自身、今は反転攻勢に向けて静かに爪を研いでいる様子だ。

 この李前会長とは、一体どんな人物なのか。フォーブス誌によれば、本人の財産規模は14億ドル(約1600億円)、韓国の資産家ランキングで第30位、全世界でも2524位につけている。庶民の目からすれば、これ以上無理に財産を増やす必要性はなさそうに思える規模だ。

 だが奇妙なことに、企業経営から手を引いたはずの「失われた10年」にも、彼自身の資産は増え続けた。韓国MBCの報道によれば、2021年までの10年間で、個人資産は3倍以上に膨れ上がった。

 やり手の経営者とされてきた一方、不正蓄財を始めとする「疑惑のデパート」的なイメージが固定化しつつある李前会長の実像に迫るべく、これまで世間を騒がせた代表的な事件をたどってみたい。

【参考記事】
韓国警察庁長官の竹島上陸の背景にある「小中華思想」の呪縛(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67826)
「中華」に対する屈従と日本に対する病的な「反日」の共通点(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67827)

深刻な肝がんで保釈されたはずが・・・

 李前会長は2011年1月、巨額の横領・背任の被告として収監された。その後の1審と2審で懲役4年6カ月の実刑判決が下ったが、大法院(最高裁)で破棄判決が出るなど裁判は長期化した。

 一方、李前会長は、最初の収監から63日後に拘置執行停止処分が下るなど、最終判決が確定するまでの計8年5カ月間のうち、7年9カ月もの間を実際には収監されることなく過ごした。健康上の理由、もっと言えば深刻な肝臓がんで保釈されていたのだ。

 そうした中、2018年11月にスキャンダルが炸裂した。李前会長が保釈期間に毎日のように酒を飲み歩いているというのだ。元側近の証言などをもとに、マスコミ各社は連日、保釈の正当性への疑問を大々的に報じた。

 前会長が飲食店の店先で談笑しながらタバコを吸う写真、頻繁に通うという複数の飲食店の関係者の証言など、裏付けは十分すぎるほどだった。居場所を自宅と病院に限定し、療養に専念しているはずの病人が、実際には自由を謳歌していたのだ。

 本人が飲食店でトッポッキ(トッポギ)を食べている映像も公開された。韓国屈指の富豪が、きわめて庶民的な界隈であるソウル新堂洞(シンダンドン)の雑然とした店内で一般客に混じって無心に食べている姿は、ある意味親しみすら感じさせるものだ。

 だが、そのテーブルにはビールも映っていた。そう、人々を憤慨させたのは、この常習的な飲酒の実態だ。常に店に行って飲み、夜8時半から午前4時まで、2次会、3次会とはしご酒、車から降りられないほど酔うこともざらだったというから、とてもではないが重篤な病人のやることではない。タバコも毎日2箱。さらにゴルフや映画鑑賞なども楽しんでいたという証言も出た。

 保釈期間中のやりたい放題が知られるや、世論は悪化した。そもそも一般人なら、本当に病状が深刻であっても、拘束下で治療を受ける程度がせいぜいだ。この事件をきっかけに、財閥総帥に対する特別扱いを揶揄した「皇帝保釈」という新造語も生まれた。

 その結果、2018年12月、保釈は取り消され、李前会長は収監された。しかし収監された後も、それまでの経緯をめぐる批判や追及の声は、一向に収まらなかった。

 保釈の根拠となる健康状態の証明として、当然ながら医師の診断書が提出されている。果たして病状は本当に深刻だったのか。

「皇帝保釈」が可能になった理由

 2011年当時、李前会長は肝臓がんのステージ3、つまり助かるかどうか危ぶまれるほどの深刻な段階にあると説明されていた。保釈後は早期の移植手術を名目に渡米もしているが、この時は実際には移植は行われず、その後も移植を受けたという話は聞こえてこない。

 李前会長の元秘書はMBCの取材に対し、「月1回は健康診断でCT・MRI検査を受けていたが、医師が状態は良いと言っていた」と語っている。さらに、元秘書からは「主治医とも飲酒していた」との証言も飛び出した。この医師は「(李前会長が)国会に出席できる状態ではない」との診断書も提出している。

 飲酒疑惑に対し、李前会長の治療を受け持っている韓国屈指の名門病院・ソウル峨山(アサン)病院は、「李前会長に自殺の恐れがあると感じた主治医が、医師としての責任感からいても立ってもいられず食事を共にしただけで、飲酒はしていない」と弁明した。

 保釈の決定自体は、裁判官の裁量だ。東亜日報の取材に対し、検察関係者は、自分たちは保釈に反対したが、裁判所が強行したと主張した。一方の裁判所は、検察は実際には保釈の中止にさほど積極的ではなかったとの趣旨の説明をしている。典型的な、責任のなすりつけ合いだ。

 いずれにせよ双方とも止めることなく、李前会長の便宜を図る形で、異例の保釈は認められた。

 なぜそんなことが可能になったのか。李前会長はこれまで、潤沢な資金力に物を言わせた政官界への広範囲なロビー疑惑がつきまとってきた人物だ。このロビー活動が、「皇帝保釈」に影響していると見る向きは多い。さらに、100人を超える李前会長の大弁護団の中に元大法院(最高裁)判事が2人も含まれていたことなどにも、疑いの目が向けられている。

 この件に関しては、その後、意外な人物の名前も浮上した。左派で反財閥のイメージが強い、あの曹国(チョ・グク)元法務部長官だ。2011年当時、ソウル大学法学部教授だった曹国氏が、李前会長の保釈を求める嘆願書を提出していたことが明るみに出たのだ。

 曹国長官(当時)は2019年、国会で野党議員から「財閥総帥への便宜を要求するとは、日頃自身が行っている財閥批判を考えると言行不一致ではないか」と問いただされた。

 実は、曹国元長官は米国の大学UCバークレーへの留学時代、泰光グループの財団(李前会長の実父が設立)から15万ドル(現在のレートで約1700万円)もの奨学金を受け取っている。この国会質問に対し曹国氏は、奨学金をくれた人物の息子のために嘆願書を書くのは「人としての道理」と説明した。

 このやり取りを見るにつけ、筆者はカネの威力というものを実感せずにはいられなかった。あからさまなロビー活動ではない、奨学金のような善意の形であっても、見込みある人間にカネを配っておけば、それはやがてコネとなり自分の利益につながる。韓国上流社会の現実を映し出していると言ったら、言い過ぎだろうか。

【後編】  「知られざる異形の韓国財閥、泰光グループの恐るべき『家族経営』」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67859)に続く

ジャンルで探す