最初はびっくり、中国人の近すぎる「人との距離感」

中国・上海の繁華街

(山田 珠世:中国・上海在住コラムニスト)

 中国人は日本人と比べ、人と人との距離感が驚くほど近い。

 筆者が上海市の地下鉄の駅やスーパーなど公共の場で列に並んでいると、かなり近い距離に人がいることがよくある。気づけば後ろの人が、体が触れるほどの位置に立っているのだ(間を空けて並んでいると、誰かに割り込まれてしまうという事情もある)。

 退勤時間を過ぎて間もない時間の会社のエレベーターは、日本の満員電車と同じ。すでにスペースがないほど人が乗っているにもかかわらず、階ごとにさらに複数の人が乗り込んできて、ぎゅうぎゅう詰めになる。日本人なら、相手に触れないように体を縮めるとか、距離が近くなりそうだと体を縮めるなどするだろうが、中国では体を縮めた分のスペースにがんがん人が入り込んでくる。

 地下鉄やバスで、隣に座る人との距離も近い。少しでもスペースが空いていると、必ず誰かに「詰めてくれ」と言われ、体がくっつき合う形で座ることになる。

ボディタッチも当たり前

 日本で暮らしていると、人との距離感について気にすることはあまりないだろう。ところが中国では、家から一歩外に出ると、いろいろな場所で人との近すぎる距離感を感じることになる。

 知らない人でも、知り合いでも、同僚や友だちでも同様だ。隣に他人が立っている(座っている)ときの距離、話しかけられるときの距離、すべての距離感が日本のそれより近い。

 中国では、仲がいい相手だとボディタッチも当たり前だ。大人の女性2人が腕を組んで歩いている姿もよく見かける。

 筆者は、さすがに女性の友人と手をつなぐことはないが、腕を組んで道を歩くことはときどきある。信号を渡る際にちょっとだけ、といった具合ではあるが、相手の肩に手を置いたり、腕を取ったりもする。自分から積極的にボディタッチをするときは、今でも少しこそばゆい感じがするものの、慣れてくると何となく心地よさを感じるから不思議だ。

「日本人の友人関係は淡泊」?

 近いのは物理的な距離感だけではない。中国人はプライバシーにもぐいぐい迫ってくる。タクシーに乗ると、運転手に出身地や年齢、家族構成などを聞かれるのは普通だし、それほど親しくない知り合いから「月収いくら?」と面と向かって聞かれることもよくある。

 親しい友人たちと食事をしていると、所有している住宅の価格がいくらぐらいか、給与をいくらもらっているか、株でいくら儲けた、などお金に関する話題がかなりの割合で出てくる。最近も、筆者の子どものクラスメートのお母さんから「ビジネスで失敗して100万元(約1790万円)損した」と聞いたし、「夫の友人が株で儲けて50万元を超えるベンツを買った」という話も聞いた。家族やお金に関して、他人に隠し事をしないのだ。

 日本人は自分のプライベートな事柄をべらべらとしゃべらない。そのため、中国人の友人からは、「日本人の友人関係は淡泊だ」などと言われることがある。

 中国に来たばかりの頃は、確かにそうかもしれないと思うこともあった。けれども最近は、相手との心の距離感はそんなに単純に測れるものではないな、とも考えている。

 中国人は、「〇△さんと親しい間柄である」ということをわざわざ口に出して、別の友人にアピールすることがよくある。「私たちは親友だよね」という言葉もよく聞く。

 日本人は、本当に親友だったらそんなことを周りにアピールしないし、「私たちは親友だよね」とわざわざ念を押されると、気持ちが離れてしまう人もいるだろう。「阿吽の呼吸」という言葉があるように、日本人は口に出さなくても気持ちは相手に通じるものだと思っている。

 そんな違いが、日本人と中国人の間で誤解を招くこともあるだろう。もちろん中国人のように口に出さなければ伝わらないこともあるはずだ。しかし、相手が日本人でも中国人でも、ある程度の“距離感”を大事にしてつながりを保つ関係のほうが、筆者にとっては居心地がいい。それは、やはり筆者が日本人だから、ということなのかもしれない。

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