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タイムリミットが近づく「魚が食卓から消える日」

東シナ海に向かう中国の漁船団(写真:新華社/アフロ)

 近頃、何かとやり玉に挙げられることの多くなった肉。気候変動や健康問題、そして動物倫理への関心が高まるにつれて、肉がサステイナブルではないということが明白になってきたからだ。代替肉の開発は、ワクチンの開発競争さながら世界中で加熱している。

 では、魚はどうなのだろうか。ガンや心臓疾患のリスクを高めると言われている肉とは反対に、良質なたんぱく質や不飽和脂肪酸を摂取できる魚は「健康によい」と考えられてきた。特に、四方を海で囲まれている日本では、魚は豊かな海が与えてくれる「海の幸」として昔から食卓に並べられ、日本人の長寿を支えてきたと言われている。

 しかし、この「ヘルシーな食べ物」という魚のイメージを根底から覆すドキュメンタリーが最近公開されて世界中で話題になっている。3月24日にNetflix(ネットフリックス)で公開された「Seaspiracy 偽りのサステイナブル漁業」というドキュメンタリーである。

 公開後、わずか1週間で世界のNetflix視聴数ランキングでトップ10入りしたことで話題となった。商業漁業にまつわる数々の「陰謀」(“Conspiracy”)を暴き出した、かなりセンセーショナルな内容だけに、世界中のSNSなどで物議をかもしている。

「Seaspiracy 偽りのサステイナブル漁業」のトレイラー

 また、世界自然保護基金(WWF)を始めとする様々な環境保護団体がこのドキュメンタリーに対する公式見解を発表し、ニューヨーク・タイムズBBCガーディアンなど主要メディアが取り上げていることからも、そのインパクトがお分かりいただけるだろう。

・WWFの公式見解

 ドキュメンタリーの中で引用されているデータの一部が最新のものでなかったり、証拠が不十分との批判もある。しかし、このドキュメンタリーに批判的な団体ですら乱獲の問題は深刻なレベルに達しており、より一層の改善が急務であるという点においては一致していることに注目したい。

乱獲以上に生態系に影響を与える「混獲」

「2048年までに、海に魚はいなくなる」

 ドキュメンタリーの中で示されたショッキングなデータ。この年代の根拠となっているデータ(2006年)が最新でないことは広く指摘されているが、魚が海からどんどん姿を消しているのは紛れもない事実のようだ。

 国連食糧農業機構(FAO)によると「世界の海におけるサステイナブルな魚の個体数の割合」は1974年には90%であったのが、2017年には65.8%にまで減少している(当該レポート)。また、水産物の3分の1は乱獲状態にあり、漁獲枠に余裕があるのはわずか1割となっている(当該レポート)。

生物学的にサステイナブルな魚の個体数の割合(出所:国連食糧農業機構)

 一体なぜ、ここまで魚の個体数が減っているのだろか。世界的な人口増加によって魚の消費量が増えていることも原因だが、「乱獲」という言葉は単に「大量に魚を獲る」以上の意味を含んでいる。

 漁業は、一匹だけをめがけてすくう縁日のプールの金魚すくいとはわけが違う。漁船が大きくなればなるほど、より深いところにより大きな網を投げ入れ、何百トンという魚を水揚げする。中でも巨大な網を海底に沈め、漁船で引きずり回しながら網にかかったものを全てすくうトロール漁業(底引き網漁業)の場合、当然ながら「意図せぬ獲物」も大量に獲ってしまうことになる。

 このように「意図せぬ獲物」を一緒に獲ってしまうことを「混獲」という。混獲の割合は、なんと全漁獲量の3分の1をも占める。甲板に水揚げされた「意図せぬ獲物」は、選別されて海に投げ捨てられるが、大型漁船などでは多くの場合はすでに死んでいるか、瀕死の状態であるという。

 絶滅危惧種のウミガメやサメなどが網にかかってしまうことも珍しくない。実際に海洋の絶滅危惧種、準絶滅危惧種にとって最大の脅威は混獲だと言われている。

海洋を漂う漁船で起きている驚愕の事実

 このような混獲問題への取り組みとして、1990年代からサステイナブルな漁業を消費者にアピールする認証制度が始まった。

 例えば、アメリカで始まった「ドルフィンセーフ・ラベル(Dolphin Safe Label)」は、ツナ缶などの原料となるマグロを捕る際にイルカの犠牲がなかったことを証明する認証ラベルだ。また、イギリスに本部を置く「MSC認証」は、サステイナブルな方法で漁獲された海産物であることを証明するラベルである。

 しかし、このような認証制度には抜け穴も多い。陸地よりもはるかに広い海原を航海する全ての漁船をチェックするなどというのは、とうてい不可能だからだ。

ドルフィンセーフラベルの申請用紙。船長による申告に頼るシステムには限界がある
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「Seaspiracy」は、認証ビジネスのこの脆弱なチェックシステムを追及し、認証マークの信頼性を揺るがすメッセージを発信した。そのため、これらの認証協会は公式ホームページで「我々は厳しい一定の基準を満たしている漁業者の海産物のみに認証マークを与えている」と反論をしている。しかし、具体的にどのようにして透明性の高いチェックが行われているのかという肝心の部分について満足のいく説明はなされていない。

 漁業業界の闇は、認証制度だけにとどまらない。海洋を漂う漁船は、第三者の目が行き届きにくいがゆえに、問題の温床となりやすい。

 驚いたことに、強制労働、暴力、そして殺人さえもが、沿岸から遠く離れた漁船という「密室」で行われているケースが後を絶たないという。ドキュメンタリーの中でも、虐待を受けながら奴隷労働をさせられた元漁師のインタビューが収録されている。社会の底辺に生きる人たちが大資本の陰で搾取されるという、『蟹工船』さながらの世界が現代でもあるのかと知り驚愕した。

 あまりにセンセーショナルな内容だったために、数少ない事例を大げさに取り上げているのではないか、との批判もあった。しかし、調べてみると漁船上のこうした「違法行為」は決して珍しくないということが明るみに出てきた。

 2020年、カリフォルニア大学のある研究者たちは、衛星技術を使って大型漁船を監視し、5万7000人から10万人の乗組員が強制労働の被害者になっている可能性が非常に高いと発表した(当該レポート)。「強制労働」の定義は、国際労働機関(ILO)の基準に則っており、このうちの全てのケースが生死にかかわる程の深刻なものだと結論づけるのはいささか性急であるが、遠洋漁業は監視の目が届きにくいため、違法行為が発生しやすいと指摘されている。

絶滅危惧種を襲うゴーストネット

 また、漁業は深刻な環境問題も引き起こしている。「ゴーストネット」と呼ばれる、海中に漂うプラスチック製の漁網、ロープ、釣り糸などが原因だ。ほとんどは、漁業中に紛失したもの、あるいは故意に海に捨てたものである。漁業用資材は産業廃棄物として処理されなければならないため、その手間や処理費用が足かせとなって海へ捨ててしまうのかもしれない。

 WWFの最新の報告によると、「ゴーストネット」は、太平洋ゴミベルトに漂うプラスチックゴミのうち、少なくとも46%を占めている。この「ゴーストネット」はただのプラスチックゴミよりはるかに危険なゴミである。なぜなら、それは人間の手を離れてもなお海の中をゾンビのように漂い、海洋生物を「獲り」続けてしまうからである。
 
 漁網や釣り糸などは本来魚を捕らえるために設計された道具なので、海洋生物に絡みつきやすく、ゆっくりと「獲物」を弱らせ命を奪っていく。毎年、何百万匹もの鯨やイルカ、ウミガメなどが「ゴーストネット」によって命を落としている。

 このような漁業の諸問題を知り、「養殖なら問題は少ないのでは?」と考える人もいるだろう。実際、漁船漁業による漁獲量が頭打ちとなった1990年頃から、世界の漁業は養殖業に舵を切り始めた。現在、日本の漁業生産量に占める養殖業の割合は2割程度だが、世界的に見ると養殖業生産量が全体の半分以上を占めるようになってきている(水産庁の資料)。

 しかし、養殖業もまた新たな問題を引き起こしている。例えば、餌(またはその原料)となる小魚を大量に獲ることで、海の生態系に悪影響を及ぼしているし、食べ残しの餌や大量の排泄物による水質汚濁も大きな問題となっている。

 また、狭いケージで大量の魚を養殖している場合、魚がケージの側面や他の魚の体にこすり合わされることで、ヒレや鱗がボロボロに傷つくこともあるという。過密状態のため病気もまん延しやすいため、餌を通して抗菌剤や抗生物質が投与されている。

 エビの養殖がさかんなインドネシアを始めとする東南アジアでは、マングローブを伐採してエビの養殖池を拡大している。海と陸の中間地点ともいえるマングローブは、多くの生物にとって欠かせない生息環境であり、エコシステムとしても重要な機能を果たしている。マングローブの破壊は、熱帯雨林の破壊と同様に動物だけでなく人間にとっても深刻な問題だ。

海を搾取し、ゴミ捨て場にした人類

 海は、これまでも私たち人間に不都合なものを無言のうちに引き受けてきた。海に流れ込む工場用水、毎日海に埋め立てられるゴミの山、核の実験場、そして汚染された原発の処理水──。そればかりでなく、人間は海洋生物を「資源」と呼び、世界中の海へ出かけていき魚を獲り漁った。そして今、「海洋資源が枯渇しそうだ」と慌てている。

 私たちは、海を陸上のゴミ箱のように扱ってきた上に、搾取し続けてきた。深刻な環境問題や人権問題に目をつぶり、「魚は健康にいい」という理由だけで、これまでのように無邪気に魚を食べ続けているわけにはいかないのではないだろうか。第一、水銀やマイクロプラスチックを体内に蓄積している魚介類がどこまで健康にいいと言えるのかも疑問である。

 日本は「魚離れ」が進んでいると言われているものの、世界的に見れば一人当たりの海産物の消費量は依然として多い。特に、マグロの消費量は世界一だ。マグロは刺身や寿司のネタとして需要があるが、マグロ漁は大型船による遠洋漁業になることが多いため、混獲や強制労働の発生率が高くなるし、その生息数もかなり減っている。

 私たちにできることは何だろう。

 魚を食べないという選択をすることは、もっとも手っ取り早く効果的な対策だ。絶滅に瀕している海洋生物の個体数も、きっとすぐに回復するだろう。

 しかし、日本の食文化の象徴ともいえる魚を諦めるというのは、多くの人にとって現実的な解決法ではないだろう。では、食べる量や回数を減らしたり、より環境負荷の高い種類の魚を避けるのはどうだろうか。

 また、国際的な法律や規制も不可欠だ。環境負荷の大きなトロール漁業を禁止したり、不要になった魚網などの資材を必ず回収する制度を作ったりする必要がある。また、認証制度は透明性の高いチェック機能を完備したものでなければならない。

「サステイナブルな漁業は存在するのか?」

 その答えは、どれだけの人が現実の深刻さに気付き、どのような選択をするのかにかかっている。

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