モーリーの考察。ハリスの経済政策は「極左」か、それとも「現代のニューディール」か?

モーリー・ロバートソン「挑発的ニッポン革命計画」

『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、共和党候補ドナルド・トランプと激しく争う民主党候補カマラ・ハリスが発表した経済政策をめぐる議論について考察する。

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米民主党大統領候補のカマラ・ハリス陣営が、大統領選挙の公約を発表しました。法人税率の引き上げ、資産1億ドル以上の超富裕層に対するキャピタルゲイン税、中間層のための減税、食料品の便乗値上げ規制などのインフレ対策、医療費負債の帳消し......これらの経済政策は、共和党候補ドナルド・トランプ陣営が批判するように"極左的"でしょうか。

アメリカは1980年代以降、新自由主義的な政策を強く推し進めてきました。大企業や富裕層が恩恵を受け利益を最大化する一方、中産階級が弱体化し、パブリックグッズ(教育やインフラといった公共財)や社会保障に富が分配されない「セーフティネットなき社会」が形作られていきました。

私自身、全米を新自由主義が覆う直前の1978年に、扇動型の活動家による減税運動からつながるカリフォルニア州の住民投票により財産税が減税され、その原資のために公務員の給与がカットされ、通っていた高校の先生たちが数週間にわたるストライキを起こし......という混乱を実体験しています。なお、このカリフォルニア州の減税は全米の「納税者一揆」へと飛び火し、同州出身のロナルド・レーガン(共和党、大統領在任19811989年)の大統領選公約にも色濃く反映されました。

そんな勝者総取り・弱者切り捨て構造はもう限界であり、1930年代のニューディール政策のように、政府が介入して見直すべきだ――というのがハリス公約の主眼でしょう。

確かに約90年前の"ニューディール前夜"の状況は、ある部分において現在と似ています。南北戦争後の工業化で米経済は急成長したものの、自由競争下で格差も拡大し、1890年の時点ですでに所得上位1%が全資産の51%、上位12%が全資産の86%を保有していました。

それから三十数年後、米経済はクラッシュし、世界恐慌が到来。そこで当時のフランクリン・ルーズベルト大統領は、積極介入で資本主義体制の安定化と格差の是正を図ったのです。自由な市場経済をあおって経済を加速させ、格差が限界にきたらまた是正する。アメリカは長いスパンでこの動きを繰り返すのかもしれません。

ただし、ニューディール的な介入を今のアメリカ人が歓迎するかどうかは未知数です。特にシニア層には、仮に弱者不利な現状があっても、規制なき資本主義の下でそれを乗り越えてこそのアメリカンドリームだというマッチョなノスタルジーが根強くある。

加えて1970年代以降の減税運動には「白人富裕層から徴収した税金を非白人の社会保障や地位向上に分配する」ことへの根強い嫌悪が社会に根付いていました。「極左のハリスがアメリカを弱くする」というトランプの言説は、一定層の心をつかむでしょう。

さらにいえば、保守層だけでなく中間層でさえ、昨今のポリコレには辟易しています。世間知らずの若者が純粋な"正しさ"を求めるのはいつの時代も同じですが、新自由主義的な価値観がアメリカを覆うことに危機感をおぼえたリベラルなオピニオンリーダーや大学当局・教員が、若者や学生への"啓蒙"を強め、その副作用としてポリコレが暴走していった側面も確かにあるのです。

ただし、その一方で、ハーバード大学の前学長の辞任劇に象徴されるように、教育機関に対し、大学に多額の献金をしている資本家による"株主資本主義"的な介入が起きていることへの警戒感も忘れるべきではないでしょう。

トランプ支持を打ち出したイーロン・マスクのような超富裕層にとって、ハリスの公約は"極左的"で不都合なものです。ただし多くのアメリカ人にとって、それは権利を侵害するものでも、資産を脅かすものでも、自由を阻害するものでもない。その点も指摘しておきたいと思います。アメリカ社会の「税金アレルギー」と「中産階級のリブート」が真っ向から拮抗しているのが現状です。

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