USスチール買収阻止は対中競争と日米強化に逆行 米有識者「安保上の懸念は時代遅れ」

【ワシントン=渡辺浩生】日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画は、日鉄の再申請が認められたことで、買収阻止を巡る判断は大統領選後に持ち越される見通しとなった。知日派有識者は買収が阻止されれば、米国にとって最大の脅威である中国との競争にマイナスに作用すると指摘。日米関係の強化にも逆行するとの見解を相次いで表明している。

買収計画は全米鉄鋼労働組合(USW)が強く反発。USW本部とUSスチール本社がある東部ペンシルベニア州は大統領選の勝敗を左右する接戦州の一つで、労働者票が離れることを懸念した共和党候補のトランプ前大統領と、民主党候補のハリス副大統領は労組に寄り添う姿勢をアピールしている。

外国から米国企業への投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)は、日鉄買収が米国内の重要事業を支える鉄鋼供給に悪影響を及ぼす「安全保障上の懸念がある」と伝えたとされる。

これに対し、米シンクタンク、ハドソン研究所のケネス・ワインスタイン日本部長は取材に「安保上のリスクはない」と指摘。「日鉄による投資でUSスチールはより強い経済プレーヤーとなり、米国はより効果的に中国と競争することが可能となる」と訴えた。

米国の鉄鋼業は中国などとの価格競争で衰退した。中国は世界鉄鋼生産の5割超を支配。米国は4%にとどまる。同研究所のウィリアム・ジョー日本副部長は「実際に国防総省は米国生産の鉄鋼の3%しか使用していない」とのデータを挙げ、「安保上の懸念との主張は政治的動機に基づくものだ」と強調した。

日鉄の計画はUSスチールを149億ドル(約2兆1千億円)で買収し先端技術導入で国内生産能力と供給網を強化、既存生産拠点に27億ドルを投資する。ジョー氏は日鉄を含む日本の対米投資は、中国の挑戦に対処するため深化してきた「過去10年の日米関係の偉業」に沿うものだとも語る。

チャーリー・デント元下院議員(共和党)は米紙ウォールストリート・ジャーナルに寄稿し、「米国は軍事、経済、文化上の深い絆を日本と共有し、日本企業には米国に責任ある投資を行ってきた実績がある」と指摘。安保上の懸念を論拠にするのは「時代遅れの発想で信頼された同盟国と協力する戦略的利益を無視する」と再考を求めた。

バイデン氏の最終判断は大統領選以降となる見通しだが、任期終了までに実際に阻止に動けば自らの外交レガシー(遺産)に禍根を残す可能性がある。

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