民族文化継承訴える内モンゴル自治区出身の研究者、自宅に不審者が訪問 中国当局関係者か

中国・内モンゴル自治区は2020年以降、中国語教育が強化され、母語であるモンゴル語が排除されつつある。民族文化の喪失に危機感を抱く在日モンゴル人は学術活動などを通じ、継承の必要性を訴える一方、自治区に残した家族らは中国当局の監視下に置かれ、在日モンゴル人も陰に陽に圧力を受けている。ある在日モンゴル人は、中国当局関係者とみられる不審な人物が自宅を訪れるなど、日本でも「脅迫行為」に直面したと訴える。

モンゴルから「北疆」へ

「昨年から全ての科目が中国語に変えられた。学生に人民服を着せるなど教室で中華民族の共同体意識を植え付けようとしている」

東京都中野区役所の会議室で14日に開かれたモンゴルの人権や文化に関する集会で、神戸大非常勤講師のゴブロード・アルチャ氏(43)は、自治区の教育現場からモンゴル文化が消えつつある状況をこう説明した。23年9月から自治区の全ての学校でモンゴル語の授業が廃止されたという。

アルチャ氏は神戸大国際文化学研究推進インスティテュートの研究員で、2005年に来日し、現在は政治難民として暮らしている。自治区の現状については「(中国当局によって)『北疆』(ほっきょう)という言葉を使うといった新しい取り組みも始まっている。馬頭琴などをモンゴルではなく『北疆』の文化財というようになっている」と危惧を打ち明けた。

「疆」は「境界で区画された土地」を指し、漢字を使う漢民族の側から意味づけた言葉とみられる。一方、モンゴル民族は朝な夕なに遊牧して生活を営んだ歴史を有している。

今回の集会は昨年7月、1913年にチベットとモンゴルの民族政権が互いに国家承認した条約締結に関して、東大で開かれた国際シンポジウムの記念論文集の発刊に合わせたもので、東洋史家の宮脇淳子氏らが登壇した。

見知らぬ男性、中国語で「お兄さんのお土産」

中国の治安当局者らは、アルチャ氏ら中国国外で民族文化の伝承を唱えるモンゴル人の自治区の親族を訪ね、在日モンゴル人らが日本でデモ活動に参加しないように説得したり脅したりしているという。中には「日本でデモに行けば(自治区で暮らす)親族を刑務所に入れる」といった脅迫を受けたという証言もある。

アルチャ氏を巡っては、最近不穏な出来事が起きた。

今月12日、神戸市の自宅に中国人を名乗る見知らぬ男性が訪ねてきて、アルチャ氏に「あなたの故郷のアンお兄さんのお土産を届けに来た」「アンさんと言えば分かる」と繰り返した。

アルチャ氏に兄はいない。友人に「アン」という人物もいない。唯一、自治区の実家を担当する公安幹部の名前が「アン」だった。

公安関係者と思う理由

アルチャ氏は公安関係者だと直感した。2週間前、実家の弟や父から「家に公安が来た。『近く日本に行く予定がある。アルチャ氏に会いたい。探しに行く』といっている。どうしよう。自分で決めて」と電話でいわれた。

2019年ごろ、自治区の家族は中国当局者から「家族経由の工作が進まないと、(また、)アルチャ氏の日本での活動が止まらないと、直接行動する。日本にわれわれのメンバーはいっぱいいる」と脅されたという。

アルチャ氏が警察を呼ぼうとすると、男性は慌てた様子で「人違いだった」と言い残し、その場を去った。

見知らぬ男性の自宅訪問は中国当局による警告だと感じている。

アルチャ氏は集会で、「想像を超えたことが起きた。幼い子供もいるから家族のことが心配だ。ただ、日本の警察も守ってくれている。日本という国を信じている」と強調した。

集会の進行役を務めた評論家の三浦小太郎氏は「アルチャ氏は日本に住み、日本の大学で学び、教えている。そういう人に対し、中国当局の関係者が脅迫するのは日本の主権に対する侮辱だ。日本の問題として考えないといけない」と語った。(奥原慎平)

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