トランプ暗殺未遂事件でのシークレットサービスの動きから見る日本の要人警護の課題

世界に衝撃を与えたトランプ前大統領の暗殺未遂事件は、現地時刻7月13日、ペンシルベニア州バトラー町の選挙集会での演説中に起きた。今回の事件で連想させるのが、2022年7月8日、安倍晋三元首相の暗殺事件だ。元警察官僚で元内閣衛星情報センター次長の茂田忠良氏に、今回の暗殺未遂事件の警備の実態、そして日本の要人警護についての課題を解説してもらった。

トランプ前大統領暗殺未遂事件の経緯

まずは、トランプ前大統領の暗殺未遂事件の概要について説明する。トランプ前大統領は、現地時刻7月13日18時12分頃、ペンシルベニア州バトラー町の選挙集会で演説中(演説開始から約7分後)に狙撃を受けた。米国は夏時間を採用しており、夕刻にもかかわらず、現地は明るい状態であった。

狙撃犯人は選挙集会の会場外の建物屋上から、自動小銃で狙撃(3発連射)し、1発が前大統領の右頬をかすって右耳上部に当たった。狙撃を受けたトランプ前大統領は、その場にしゃがみこんで姿勢を低くするとともに、即座に演説壇上にいたSS(シークレットサービス)警護員2名が前大統領を覆いこみ、続いて、演説壇外のSS警護員も集まり、合計6名ほどのSS警護員が体で前大統領を防護した。

狙撃から1~2秒後には、SS対狙撃班が5~7発の銃弾を連射して狙撃犯人を射殺したようだ。その後、「狙撃犯制圧」(Shooter is down.)の無線連絡を受けたSS身辺警護員は、二次攻撃の危険に備えて、前大統領の周りに人垣を作り、近くに待機させた前大統領車まで誘導して、現場を離脱して病院に向かった。乗車の際も、二次攻撃に備えて行き先地警護員や戦術班(自動小銃の武装隊員)が防護していた。現場を離脱したのは18時13分頃。

集会の会場は、ペンシルベニア州バトラー町の農場テーマパーク(ショーやゲームや乗馬が楽しめる場所で、キャンプも可能)内で、屋外に幔幕(まんまく)を張るなどして会場を設定。会場の入り口では、ゲート式金属探知機によるセキュリティチェックが行われ、武器の所持者は入場させない警備措置が採られていた。

狙撃場所は、演壇上の演台に立ったトランプ前大統領の右方、やや前方120~130メートルの建物の屋根上。狙撃犯人は、自動小銃を持ってこの建物の屋根に上り、屋根の傾斜のためにシークレットサービス対狙撃班から死角となる側から、屋根を這ってその最高部から大統領を狙撃した。

屋根に上ってから狙撃までは、3~4分間だったとの目撃証言がある。120~130メートルという近距離で狙撃されても致命傷を負わなかったのは、トランプ前大統領の強運、もしくは幸運と言われている。

狙撃場所は、AGRインターナショナルという中規模製造企業の敷地内で、集会の会場外であり、地元警察による警戒態勢は敷かれていたものの、敷地内への立入り規制は敷かれていなかった。同敷地内では、会場内のトランプ前大統領は見えないものの、演説は聞こえるので、ある程度、人が集まっていたようだ。

狙撃犯人の目撃者によれば、地元警察は、狙撃犯人が自動小銃を持って屋上にいるのに気づいていた。その狙撃犯人は、ペンシルベニア州ベセルパーク町在住の20才の男性、トーマス・クルックスと報道されている。狙撃に使用した銃はAR15型自動小銃。もともとは軍用銃だったのだが、現在のアメリカでは広く一般に普及した小銃である。

なお、狙撃による銃弾によって、集会参加者1名が死亡し、2名が重傷を負っている。これらの死傷者は、演壇の右後方雛壇にいた人々であった。

SS対狙撃班は、集会場の演壇の右後方数十メートルの建物の屋根上に、監視・狙撃拠点を設定していた。報道映像によると、SS対狙撃班は、前大統領が狙撃される瞬間よりも前に、狙撃犯人のいた建物の方角に向かって狙撃銃を構えており、要注意人物が付近の建物屋根上にいることには気づいていたことがわかる。

射撃前に狙撃犯人を制圧できなかった理由は、注意情報通報が遅かった、傾斜屋根が作る死角のため狙撃犯人の発見が遅れた、SS対狙撃班の警戒態勢に欠陥があった、などが考えられているが、現時点ではわからない。

トランプ前大統領は、付近の病院に簡易警護車列で到着、診断と治療を受けてから、13日中にペンシルベニア州を離れた。大統領警護の通例では、大統領が負傷した場合に備えて、行き先地ごとに緊急病院を指定して準備している。

映像で見る限り、トランプ前大統領の警護措置は現職大統領並みの厳しさなので、前大統領に対しても、緊急病院の準備がされていたものと推定できる。今回は軽傷で済んだようだが、重傷で緊急手術が必要な場合もあり得るので、緊急病院の準備は有効といえるだろう。

今回の暗殺未遂に関する具体的な脅威情報は、把握されていなかったらしい。ただし、トランプ前大統領を取り巻く脅威は、現在の政治情勢やトランプ氏の性格などから、高まっていると評価されており、最近も警護レベルが引き上げられたところであると報道されていた。

米国シークレットサービスの警護態勢

大統領の警護はシークレットサービス(SS)だけではなく、行事主催者や州警察や市町村警察など、多数の関係機関によっておこなわれるものですが、米国を代表する警護機関のSSの警護態勢について概略を説明しよう。

米国SSの身辺警護員は、大統領警護の場合では、大統領警護課長が常に大統領に密着同行し、それに通常3交替制の身辺警護チームが加わる。交替制のチームは1チーム5~6人。チーム員は同じ組織に属しており、常に一緒に行動しているので、警護対象者の行動の癖を熟知したうえで、円滑なチームワークを発揮できる。

警護対象者の乗車する車両は、SS担当者が運転する。それに、地元警察の白バイやパトカーが加わることになる。また、大統領であれば現場での緊急医療のため、通常であれば救急車も車列に加わり、行先地でも待機している。

行き先地警護は、州警察や市町村警察など関係機関とSS警護員が協力しておこなう。警護に詳しくない関係機関が多数の人員を提供することになるので、SS警護員はその現場での指導などの役割が期待されている。

通常、選挙集会の会場の入場規制や所持品検査などは、多くの人員を提供し得る地元警察の役割が大きいし、今回のような立入規制エリア外の狙撃適地などへの警戒要員の配置も、地元警察の役割とされている。

米国SSによる警護で重要な役割を果たしているのが、先着サイトエージェントだ。先着サイトエージェントとは、行き先地の警護措置が必要な水準に達することを確保するためのSSの責任者のこと。行き先地ごとに先着サイトエージェントが指定され、場合によっては数週間前から行き先地に滞在して、行事主催者や地元警察など関係機関への安全確保措置や警護警備措置の指導調整に当たっている。

米国の警護では、今回の選挙集会の会場など規制エリアは、その出入りを規制して立入り者をゲート式金属探知機で検査、武器の持ち込みを許さないようにしているが、規制エリア外では武器を持った者がいる可能性はある。

そこで、規制エリア外からの攻撃を防ぐために、目隠しをして警護対象者が見えないようにしたり、防弾措置を施したりの措置を採るが、さらに重要なのが対狙撃班である。

SSの対狙撃班は、軍用の狙撃銃や銃弾よりも、さらに弾道精度の高い特殊銃や特殊な銃弾を使用し、脅威を発見した場合には即座に狙撃する訓練を繰り返している。そのうえで、警護対象者の所在地のなるべく近くの高所に陣取って、警戒・狙撃をおこなう。

銃弾はホローポイント弾を使用しているので、身体的打撃が大きく、1発でも命中すれば、狙撃犯人は狙撃を続けることはできなくなる。なお、規制対象エリア外で一瞬でも警護対象者が狙撃可能な場所、つまりベランダや屋上、窓については、現地住民に対して絶対に出たり開けたりしないよう、現地警察を通じて指導をする。その際、仮に違反した場合は、対狙撃班の狙撃を受けると警告もしている。

大統領警護の通例では、大統領が負傷した場合に備えて、行き先地ごとに緊急病院を指定している。SSは、その病院と事前に緊急治療のための契約、あるいは取決めを結んでいる。病院は警護対象者が現地に所在中は、手術などの緊急措置が採れるように医師などの準備態勢を整えて待機しており、病院には担当SS警護員が駐在して、大統領を迎え入れられるように警護措置もしている。

今回の事件が日本の要人警護体制を見直すきっかけに

今回のトランプ暗殺未遂事件にかかわるSSによる警護措置で、成功例として見習うべき教訓や、失敗例としてその背後に見られる教訓をいくつか提示しよう。

本事件では、狙撃に気がついたトランプ前大統領は、直ぐに現場にしゃがみ込んで姿勢を低くして、攻撃可能面積を狭くしていた。これは常日頃から、狙撃を受けたときの自衛行動として、SSが警護対象者に教育しているものだ。

この自衛行動は、本事件では結果に違いを生じませんでしたが、安倍元首相暗殺事件で、仮に、安倍元首相が1発目の狙撃を受けたあとに、すぐ姿勢を低くしていたとしたら、結果は違ったものになっていた可能性はある。この点は、警察庁の報告書にはなかったが、その後、警護対象者に対する教育訓練をするなど、被害極限の努力をしているのだろうか。

身辺警護チームは、警護対象者を守るためにリーダーを中心に一体として機能する必要があり、今回のSS身辺警護チーム6~7人は、狙撃発生後、教科書通りに一体的に機能したと評価できる。一体的に機能するには、チーム構成員が互いをよく知って自然とチームワークが発揮できる態勢になっていることが重要。そのうえで、符牒などを使用して警護無線を駆使する必要もある。

我が国の警護の実態を見ると、安倍元首相暗殺事件や岸田首相暗殺未遂事件の際にも、身辺警護チームは、警視庁SPと現地県警察警護員のアドホックな混成チームで、リーダーを中心に一体的に機能したとは言えない状況であった。両事案とも、このようなアドホックの混成チームの弱点が露呈したと言えるだろう。今後もアドホックな混成チームでの警護を基本とするのであれば、チームワーク確保のために相当の努力が必要だろう。

また、安倍元首相暗殺の報告書によれば、身辺警護チームは警護無線を使いこなしていなかったが、具体的にどう改善するのか、対策は実施されているのだろうか。

今回の事案でも明白になったが、身辺警護員の主要な任務は、警護対象者に対する攻撃を体で受け止めることであり、正に「盾」となることが求められる。映像で見る限り、SS身辺警護員は防弾チョッキを着用しており、他方、我が国で多用されている防弾板は見られなかった。とっさの場合には、防弾板を開いているよりも、防弾チョッキ着用の身辺警護員が覆い被さったほうが、早くて防護範囲も広いのは明らかだ。我が国でも、防弾チョッキと防弾板の使用方法を検討すべきだろう。

今回の暗殺未遂事件で抜かりがあった点の1つは、狙撃犯人が上った建物の屋根上に対する警戒措置だった。本来であれば、現地警察官を同屋根上に配置していたり、その他の警戒措置で、狙撃可能な建物の屋根上に上る行為を阻止する必要があった。

また、不審な動きを探知した際には、即座にSSに通報すれば、SSは警護対象者を避難させるなりの措置を臨機応変に取ることもできる。しかし、今回、地元警察は必要な警戒措置や通報措置を採ることができなかった。目撃者によれば、自動小銃を持った男が屋根にいると地元警察官に知らせたけれど、当該警察官はオタオタしていたと語っている。

先着サイトエージェントと現地警察との調整の不手際か、現地警察の怠慢かはわからないが、専門家の先着サイトエージェントが現地に滞在して関係機関と調整をしていても、このように失態は起きてしまう。先着サイトエージェント制を採らずに、遠隔の東京からの書面指導だけでは、その有効性は余り高いものとは言えない。我が国でも工夫をする必要があるだろう。(なお、可哀そうだが、今回のサイトエージェントは左遷されることになるだろう)

抜かりがあった点のもう1つは、SS対狙撃班の対応だ。現地の地形を見ると、狙撃場所となった建造物屋上は、SS対狙撃班が陣取った至近の建造物の他では、警護対象者から120~130メートルと最も近い狙撃の適地だった。したがってSS対狙撃班は、この建造物に対する警戒を怠ってはならないはずだ。

ところが、狙撃犯人に約3発も発射されてしまっている。仮に傾斜のある屋根の死角に入って見つけ難い場所であったのであれば、それは事前実査の際に探知して、しかるべき対策を採っていなければならなかった。

また、対狙撃班は、攻撃者を未然に狙撃して抑止するほかに、異常動向を身辺警護チームの責任者に無線で通報して、警護対象者を安全な場所に異動させる方途も持っている。現時点では、その無線通報をした形跡は見られていない。

SSのように高い能力の対狙撃班を保持していても、万全とはならずに抜かりは生まれてしまう。我が国の場合、狙撃対策はどうなっているか、特に中小県警での対策はどうなっているか心配だ。

安倍元首相暗殺事件においては、緊急治療が可能な病院までの搬送に時間を要しており、事件後に発表された警察庁報告書では、警護対象者が受傷した場合の緊急治療について言及がなかった。

今回のトランプ前大統領暗殺未遂事件では、幸い軽傷で済みはしたが、SSは瀕死の重傷を負った場合も想定した備えをしている。我が国では、現在、この緊急病院や緊急治療の準備はしているのだろうか。いま一度、我が国の要人警護体制を見直す必要があるだろう。

※本記事は、『茂田忠良インテリジェンス研究室』(https://shigetatadayoshi.com)より一部を抜粋編集したものです。

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