「住民保護」の視点で見るイスラエル・ハマス戦争と日本の課題

多くの犠牲者を出し続けているイスラエル・ハマス戦争。イスラエル軍は12月1日、パレスチナのガザ地区への軍事作戦を再開し、イスラム組織ハマスが実効支配する各地に空爆をした模様です。この一連のニュースは、日本にとっても対岸の火事ではすまされない問題です。近代国家としての必要条件である「国民の生命・財産を守り切る」ために日本が早急に改善しなければいけないことは何か? 元陸将・小川清史氏が解説します。

イスラエル・ハマス戦争で形成されている世論

ガザ地区においてイスラエルの反撃以来、パレスチナ一般住民の被害が毎日報道されている。極めて痛々しい状況である。反撃するイスラエル軍は、パレスチナ住民への被害を最小にするべく、地上作戦前にパレスチナ住民に対する退避勧告、人道回廊の設置、被害極限に配慮した攻撃目標と攻撃手段の選定、地上作戦の段階的実施などによる努力をしている。

しかしながら、イスラエルによる軍事行動と、それに対応するハマス戦闘員の行動により、住民の被害状況についての報道は継続している。 

イスラエルにとってこの戦いは、国家対国家の戦闘ではないため、第1~4次まで続いた中東「戦争」という位置付けではない。あくまでも、“非国家組織ハマスによるテロ行為”への対応である、との位置付けで、ガザ地区に対する反撃行動を実施している。イスラエルの軍事行動の目的は、ハマス軍事組織の壊滅でありパレスチナの一般住民に対する攻撃ではない。

ハマスの軍事組織は、ガザ地区内に大規模な地下トンネルを構築し、同トンネルを利用しての行動に徹している。そのため、イスラエル軍は地下トンネルを使って戦闘をするハマス戦闘員の減殺、地下司令部組織および兵站支援組織などを逐次に攻撃し破壊している。

結果的に、イスラエルの軍事攻撃に伴いパレスチナ住民が被害を受ける状況は少なくない。これらパレスチナ住民の被害についての報道は、当然、フェイクニュースも含まれ、プロパガンダ的な放送もされていることは考慮しても、パレスチナ人の被害が少ない状況であるとは言えないだろう。

しかし、ここで少し考えてみると、かなりおかしな世論が形成されているのではないかと思う。奇襲攻撃を受けて反撃するイスラエル軍に対して、ガザ地区のパレスチナ住民の保護義務があるかのような国際世論である。

当然、イスラエル軍はジュネーブ条約追加議定書Ⅰ第52条(民用物の一般的保護)規定の「攻撃は、厳格に軍事目標に対するものに限定する」(以下、軍事目標主義)に則り、一般市民を標的にしたり民間施設を攻撃したりしてはならない。

しかし、そもそもは住民を守り住民避難を行うべきは、ハマス側である。

ハマスは選挙の結果、2007年からパレスチナ・ガザ地区を実効支配している。ハマスがガザ地区の統治機構であれば、同地域の住民保護・住民避難に努力するべきは当然のごとくハマス側である。

ところが、ガザの地下トンネルはハマスの戦闘員のためのものであり、戦闘遂行および戦闘員の防護のための施設として構築されている。パレスチナ・ガザ自治区の住民避難用として活用されているとの報道は聞かれない。

▲イスラエル、パレスチナ自治区周辺 地図:barks / PIXTA

ハマスは、イスラエルに対して奇襲攻撃を行い、第4次中東戦争以来の多さでイスラエル人を殺害し、人質を拘束するなどの行動に出た。かかる行動を実行すれば、イスラエル側からの反撃を当然に予測できたはずである。

しかしながら、パレスチナ一般住民に対する事前の避難措置を行うどころか、逆に人道回廊を設定したイスラエル軍を攻撃するなど、統治機構としての人道的責任を全く遂行していない。

こうしたハマスの住民保護措置対応の欠如に加えて、住民を盾にとって戦闘を行う状況をみるにつけ、ハマスは正式なガザ地区の統治機構であるとはとても認められない。

そうした状況認識を持たないまま、テロ行為に対して反撃するイスラエル軍側にパレスチナ住民保護の責任がある、このような一部世論の発言には疑問を感じざるを得ない。ちなみに、イスラエル国の核シェルター(地下避難施設よりも数段スペックは高い)の整備率は人口に対して100%である。

日本政府は国民の生命財産を守り切れるのか?

こうしたイスラエル軍の行動に対する世論の発言には疑問はあるものの、筆者はその一方で、人権や人命に対する国際社会の認識の変化、および相手の領土を攻撃する側の当該住民保護の責任のありようの変化は“良い方向”であると感じている。

攻撃側が相手の住民避難措置を実施するとの行動が、ウクライナ領土内に侵攻したロシア軍にもみられた。東部地域でロシア軍が人道回廊を設定したのである。それは人道的な配慮は不十分であり、かつ国際人道法的には違反している住民保護のありようではあったものの、少なくとも人道的措置をとったことだけは確認された。

つまり、現代の戦争・紛争においては、他国領土内もしくは他民族占領地域に攻め入った側にも、その地域の住民保護の責任を負うとの認識が存在しているのである。この国際世論は「人権は不変である」という人類共通の価値観を広める、国連創設以来の国際社会の努力が徐々に根付いてきた証左である。

この国際世論の流れは、将来的に極めて重要な動きであると筆者は感じている。

国際社会は、紛争地域において軍事目標主義を徹底的に普及し守らせるべきである。中国や北朝鮮は追加議定書Ⅰを批准はしておらず、加入の地位にとどまっているが、国際世論を全く無視はできないのが現実であろう。ちなみに、ロシアはジュネーブ条約も追加議定書も批准している。

軍事目標主義がより徹底されるようになれば、近い将来の懸念である台湾有事においても、中国人民解放軍は台湾領土内において戦闘する傍らで、台湾人の保護について考慮するべきであるとの国際世論が形成される。一方の台湾は、民主主義(国家)らしく住民人口あたり100%以上の地下避難施設を整備済みであり、住民から旅行者までを含めた避難訓練も定期的に実施している。

人命を守るための住民避難に対して責任を果たすのが、国家としての最低限の勤めである。

その点で言えば、台湾有事に伴う日本の南西地域における脅威発生の可能性が極めて高く、第一列島線の各諸島が戦場となる可能性があるにもかかわらず、住民避難のための地下避難施設整備が行われていない日本の原状は直ちに改善するべきである。近代国家、民主主義国家であるとは、国民の生命財産を守り切れることが必要条件である。

今後、ハマスが壊滅したあとのパレスチナ・ガザ自治区の統治について、早急に考えておかなければならないだろう。ハマスに代わる、より先鋭的な武装組織の台頭を許さないような監視手段を構築することが必要な取組みである。とともに、パレスチナ人の人権を考えると、パレスチナ国家建設との方向を模索することとならざるを得ない。

漸次、人種差別を無くす国際社会を建設するという観点で言えば、クルド人問題、北アイルランド問題、中国内民族問題など「国家がないことによる差別」を解消するには、民族国家建設が望ましい方向となる。イスラエル国家建設にしても、欧州などで迫害を受けたユダヤ民族のために、欧米を中心とした諸国によって国連総会決議を経て実現したものである。

解決すべき困難な問題が山積みであり、一朝一夕には実現しないのは百も承知であるが、主権国家主体で国際社会を構成している状況が継続する以上、パレスチナ国家建設への道筋が作られることが、中東和平実現の可能性であると考えざるを得ない。

この困難な問題解決に参画するべきは、中東諸国以外には歴史的な経緯から英・仏・独・米に一義的な責任があるとともに、第二次世界大戦において枢軸国側で戦った日・伊に加え、「パレスチナ分割案勧告決議」を成立させた当時の国連総会参加国も該当しよう。

当事国および周辺国だけでの解決はほぼ不可能である。関係する諸国および国際社会が解決する場を設定するべく動かざるを得ないのではないだろうか。日本人にとっても決して人ごとではない。


ジャンルで探す