ウイグル人権問題の“きっかけ”となった「#Me Too運動」

中国政府のウイグル人に対する人権問題は、アメリカだけでなくイギリスでも大きな問題となり、両国の関係が悪化しているなどの報道もされている。ウイグル人の間で自分の身内に安否不明者がいることをSNSで呼びかけた「#Me Too運動」と、それを報じた『NYタイムズ』を発端とした一連の流れを内藤陽介氏が解説します。

※本記事は、内藤陽介:著『世界はいつでも不安定 国際ニュースの正しい読み方』(ワニブックス刊)より一部を抜粋編集したものです。

「ウイグル人権法」成立させたアメリカ

2019年2月9日、ウイグル人の著名な民謡歌手で、ドタール演奏家のアブドゥレヒム・ヘイット氏が「再教育キャンプ」で拘束中に死亡したことをきっかけに、在外ウイグル人の間で自分の身内に安否不明者がいることをSNS上で呼びかける「#Me Too運動」が拡大しました。

『NYタイムズ』が報じた内部告発文書によると、中国側がそうした行方不明者家族からの問い合わせに対応する、“想定問答集”も作成していたことが明らかになっています。

たとえば当局者は、その種の問い合わせに対して「あなたの家族は“過激思想ウイルス”に感染したため、病が深刻化しないうちに治療が必要だ」と応じるよう指導されていたそうです。

このNYタイムズの記事が世界に発信されると、当然のことながら国際世論の大半は、中国のウイグル政策と人権侵害を激しく非難しました。

米下院は2019年12月3日、ウイグルでの人権侵害に関与した中国政府や共産党の関係者に制裁を科したり、同自治区の政府機関に向けた米国製品の輸出を禁止したりする措置をとるよう米国政府に勧告する「ウイグル人権法」を圧倒的多数で可決します。

▲法案を米上院に提出した共和党マルコ・ルビオ議員 出典:ウィキメディア・コモンズ

そして、習近平政権による香港への抑圧が続くなか、2020年5月28日、全人代が国際世論の反対を押し切って、香港の一国二制度を骨抜きにする「国家安全法制」の導入方針を採択すると、同日(米国時間では27日)、米議会はウイグル人権法案を通過させ、中国との対決姿勢を明らかにしました。

香港の弾圧に関しては、習近平の指示があったとする証拠を示すのは難しいのですが、ウイグルに関しては、仮に中国側が捏造だと訴えても、アメリカ側にはある程度の証拠や証言が用意できています。

つまり、ウイグル人権法を本格的に発動させると、それらの証拠をもとに中国への制裁に踏み切ることができるわけです。ウイグル人権法は2020年6月17日、トランプ前大統領の署名によって成立しました。

これにより、アメリカ政府は成立後180日以内に、新疆ウイグル自治区内のウイグル人および他のイスラム系少数民族への拷問、訴追や裁判なしの拘束延長、拉致や非人道的な処遇などの行為に加わった中国政府当局者や、すべての個人を特定して議会に報告書を提出することが規定され、その後、リストに挙げられた人物は、資産凍結や入国査証の取り消し、アメリカに入国することを禁止などの制裁が科されることになっています。その対象を最も広くとると、習近平も制裁対象となる可能性が出てくるわけです。

アメリカ国内の「暴動」をあおる中国

実際にアメリカが、習近平を制裁対象に加えるかどうかは別として、全人代の前日に「ウイグル人権法案」を通すことで、トランプ政権は中国との対決姿勢を明らかにしました。

当然これに対して、中国側は「内政干渉だ!」と騒ぐなどオーソドックスな反論を展開します。また同時に、アメリカ国内で暴動騒ぎになっていたミネソタ州ミネアポリスの問題をネタに巻き返しを図ったかと思われます。

ここで言う「ミネアポリスの問題」とは、2020年5月25日、黒人男性ジョージ・フロイドが詐欺容疑で白人警官に拘束された際、膝で首を押さえつけられたことが原因で死亡した事件のことです。事件をめぐって全米に抗議行動が拡大し、暴動にエスカレートして過激化したことは、日本でも大々的に報道されていました。

中国は、そこに手を突っ込んで暴動を煽っていくわけですが、別に中国の工作員が直接アメリカに行ってどうこうしなくても、いくらでも手はあります。たとえば5月29日には、アフリカ連合(AU)のムーサ・ファキ委員長(チャド共和国の政治家)が声明を発表し、アメリカの白人警官による黒人男性暴行死を強く非難したうえで、アメリカ政府に「人種や民族に基づくあらゆる差別の根絶のために、さらに努力してほしい」と演説しました。

▲ムーサ・ファキ委員長 出典:ウィキメディア・コモンズ

アフリカ連合は、エチオピアのアディスアベバに本部があります。エチオピアといえば、新型コロナウイルスへの対応問題で一躍、時の人となったWHO(世界保健機関)事務局長テドロス・アダノムの祖国であり、中国の息がかかっている国です。

もちろん、これだけでは効果としては“弱い”のですが、中国はこうしていろいろなかたちでアメリカの「ミネアポリスの問題」の暴動をあおっていました。それに、たとえばアンティファのような人たちが乗っかってくると、彼らを支援してさらに暴動をあおります。そういうかたちでアメリカの足元が揺らいでくれば、中国への制裁も鈍らざるをえないだろうと考えて動いていたわけです。

ようするに、アメリカが人権問題で中国を責めようとしても「いやいや、人種差別や人権問題で暴動とか起きているアメリカが、中国のことをどうこう言えないよね」という状況に持っていきたかったということです。

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