【当世インド事情】1カ月で270人死亡 密造酒はなぜなくならない

 インドで安価な密造酒を飲んで死亡する例が後を絶たない。インドは「禁酒州」が存在するほど飲酒には厳格な土地柄のはずだが、2月以降だけで270人近い死者が確認された。警察当局は業者摘発に乗り出しているものの、根絶にはほど遠いのが現状だ。たて続けに起きる悲劇からは、インドの貧困層が置かれた現状と課題が見えてくる。(ニューデリー 森浩)
■工業用アルコールを加工
 インド北部のウッタルプラデシュ(UP)州とウッタラカンド州では2月7日、密造酒を飲んだ住民が相次いで体調不良を訴え、これまでに計108人が死亡した。死者の多くは葬式の13日後に行われるヒンズー教の儀式「テラビン」の参加者で、会場での飲酒が悲劇につながったもようだ。地元警察は違法製造業者の摘発に着手し、関係者200人以上を逮捕した。
 東部アッサム州では21日、酒を飲んでいた男女が次々と搬送され、計155人が死亡した。多くは「アッサムティー」で知られる茶農園の労働者で、作業後の飲酒だったという。3月に入っても、UP州で結婚式の参列者が密造酒を飲み、これまでに6人が死亡した。
 「これまでも散発的に死者は出ていたが、これほどの死者が続出したのはめずらしい」と話すのは地元ジャーナリストだ。ほとんどの密造酒は、有毒なメタノールが含まれる工業用アルコールを加工して味や色を付けているだけだという。到底味わい深いものではなく、「ただ酔うためだけの代物」とされる。
 国民の8割が信仰するヒンズー教は飲酒を禁じていない。インドは「飲酒は避けるべきという風潮が根強い」ともされるが、飲酒習慣のある人は少なからずいる。密造酒は1瓶150ルピー(約240円)ほどで売買されるため、貧困層を中心に人気を集めている。
■酒販売規制が最大要因
 密造酒がはびこる最大の原因は、各州が酒の販売や移動にさまざまな規制を設けていることにある。モディ首相の出身地である西部グジャラート州は、1960年5月から原則として酒の販売を禁止。最も厳格な東部ビハール州は、2016年4月に例外規定がほぼない「禁酒法」を制定し、酒の消費そのものを全面的に禁止した。
 このため、特に貧しい農村部の住民が、酒類を正規のルートで入手することは困難が付きまとう。正式に購入できる州であっても、販売認可を受けた酒屋が極端に少ないケースもある。
 税金が上乗せされるため価格も高く、一般的なインド産ウイスキー「ブレンダーズプライド」は、密造酒事件があったアッサム州では1050ルピー(約1700円)ほど。7億人以上が1日3・2ドル(約350円)以下で生活するとされるほどの貧困にあえぐ中、酒代を捻出するのも至難の業だ。印英字紙ヒンズーは「密造酒による死亡例の多くは、手頃な価格の酒がないことに起因する」と指摘した。
 禁酒法時代の米国を見るまでもなく、酒の流通が規制されると、不正が跋扈(ばっこ)するのは世の常のようだ。密造業者は各地に“工場”を構え、農村部で職がない若者を雇用しているという。密造業者をたばねる犯罪組織が地元警察と結託しており、摘発が進まないとも指摘される。
■根深い「貧困の継続」
 州政府が酒の販売に厳格な規制を設けるのにも、理由がある。飲酒が原因の強姦や暴行事件が絶えないためだ。
 インドでは女性への犯罪の85%がアルコール依存症に関連しているとのデータもある。政党が、健康や犯罪抑止目的で「飲酒規制」を選挙公約に掲げ、女性からの支持を拡大するケースも多い。
 インド社会に詳しいパンジャブ大のメハク・ジャイン教授(社会学)は産経新聞の取材に「今回、なぜ死亡事例が相次いだのかは不明」としながら、「特に農村部は所得が急落しており、貧困の継続に不満を感じてアルコールに手を出す(人が多い)。そして金がないので死につながることを理解していても、密造酒を買うという構造になっている」と指摘。密造業者の摘発強化と同時に、根本的な解決に向けて「社会全体での貧困対策が必要」だと強調した。

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