「どう生きれば良いのか」金正恩”ウォン安地獄”で窮地の北朝鮮
「社会主義朝鮮の恥」
「社会主義のイメージを乱す反社会主義行為」
北朝鮮当局が、イナゴ商人と呼ばれる露天商を取り締まるときには、このような理由を掲げる。生活に困窮し、公設市場の利用料(ショバ代)すら払えないほど追い込まれた庶民の事情など考えていないようだ。
無慈悲な取り締まりを行い商品を没収しようとする安全員(警察官)と、イナゴ商人との間でトラブルに発展することも少なくなかった。
(参考記事:「毎日が戦いだ」北朝鮮で庶民と警察の衝突が頻発…暴動に発展も)
だが、最近になって取り締まりの手が若干緩められたようだ。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
全国有数の卸売市場「水南(スナム)市場」や、地域を代表する「浦港(ポハン)市場」など、清津(チョンジン)市内の各市場の周辺の路地では、野菜、果物、食品などを売る露天商が並んでいた。取り締まりの対象となっていたが、先月中旬からは目に見えて取り締まりがゆるくなった。その理由は明らかになっていない。
イナゴ商人は、わずかな売り上げでその日暮らしをしている貧困層だ。取り締まりの緩和で生活が楽になったかというと全くそうではない。ともかく物が売れないのだ。その原因は通貨安だ。
2009年の通貨改革失敗もあり、ただでさえ信用の低い北朝鮮ウォンの闇レートは、今月1日の時点で1ドル(約149円)が1万6000北朝鮮ウォンだ。前月比で若干ウォン高傾向に転じたものの、5月まで9000北朝鮮ウォンほどだったことを考えると、依然として深刻な通貨安が続いている。
(参考記事:「泣き叫ぶ妻子に村中が…」北朝鮮で最も”残酷な夜”)
収入は増えないのに物価は上がる一方だ。以前は、庶民でも市場で惣菜を買い求めることがあったが、今では自宅の裏の畑で取れた野菜で食いつないでいて、惣菜はほとんど売れない。売れたとしてもごく少数で、大した儲けにはならない。
食用油を売る露天商を開いている50代の市民は、このように嘆いた。
「ウォン安になってほとんどの商品が値上がりしているので、客が寄り付かない。商人は商品を売ってこそ生きていけるのに、1日に100グラムの油を売るのも闘いだ。これでは口に蜘蛛の巣が張る(食いっぱぐれの比喩)。たった1000ウォンすら稼ぐのも大変で、どうやって生きていいのかわからない」
(参考記事:北朝鮮の通貨、急落続き史上最安値に…対ドルレート)
豆もやしを売っている40代の市民は、行動制限が厳しかったコロナ禍のときより、今のほうが苦しいと語った。
「ただでさえ売り上げが芳しくなかったのに、数カ月前からウォン安になって、最近は何でもかんでも値上げだ。お客さんは豆もやしなどに目もくれない。コロナの頃より苦しい。あの頃は取り締まりが厳しくても売り上げで粥でもすすれたが、今は商売が楽にできるようになっても儲からない」
(参考記事:飢えた北朝鮮の一家が「最後の晩餐」で究極の選択)
人々はすっかり希望を失い、「1日だけでも腹いっぱい食べられれば死んでも構わない」と口々に語っているという。
(参考記事:「下女も同然。何を売ろうか…」経済迷走で苦しむ北朝鮮女性)
この深刻な不況の原因は、金正恩総書記が目指す「計画経済への回帰」という的はずれな経済政策にある。
過去30年で、なしくずし的に進んだ市場経済化は、金正恩氏や朝鮮労働党、政府の権威を失墜させてしまった。福祉も教育も崩壊し、国民は国や最高指導者をありがたい存在と思わなくなってしまったのだ。
これでは体制の維持が危ういと思ったのだろうか、金正恩氏は食糧流通や貿易の主導権を民間から取り上げ、すべて国のコントロール下で行おうとした。金融システムも正常化させ、国内でも当たり前のように外貨で品物が売買される状況を変えるべく、外貨での取り引きを禁じた。
ところが、国営商店に穀物は思ったように入荷せず、国民全体の賃上げを行い充分な現金を与え、商売をやめさせようとした。しかし、ウォン安によるインフレが起きてしまい、結局、庶民は商売を続けざるを得ない状況となった。また、賃上げによる通貨供給量の増加も、インフレを煽っている可能性も考えられる。
国民の暮らしを豊かにするのではなく、抵抗する力をなくすほど追い詰めているのが、金正恩氏の政策なのだ。
10/17 12:11
デイリーNKジャパン