金正恩オススメ「子作り温泉」に殺到する金持ち女性たち

北朝鮮の名湯として知られる鏡城(キョンソン)温泉は、もともと「朱乙(チュウル)温泉」の名前で知られていた。朝鮮王朝時代から言い伝えられる名湯だが、日本の植民地時代に温泉地として開発が進んだ。

日本人が日本風の温泉旅館を営む一方で、ポーランド系ロシア人で、ウラジオストクの大商人だったヤンコフスキー氏の一家は、ロシア革命の混乱を避けて1928年に朱乙に移住し、リゾート施設を建設した。ちなみに、ウラジオストク生まれでハルビン育ちの世界的俳優、ユル・ブリンナーも幼少の頃に毎年夏を朱乙で過ごしていたという。

ヤンコフスキー一家の施設との関係は不明だが、現在の鏡城温泉は、旧ソ連式の温泉サナトリウムになっている。朝鮮総連の機関紙・朝鮮新報はこの温泉について、砂を吹き上げながら湧き出す温泉があり、「関節リウマチ、神経系疾患、不妊症などの婦人科系疾患、手術の後遺症、水銀中毒、肥満症などの治療に効果的だ」と伝えている。

この温泉に最近、富裕層の女性たちが多く訪れていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

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咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、不妊や女性特有の疾患に効能があると言われる鏡城温泉療養所について大々的な宣伝が行われていると伝えた。昨年12月に開かれた第5回全国母親大会で、金正恩総書記が多産を奨励したことと関連があるものと情報筋は見ている。

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今年6月には、女盟(朝鮮社会主義女性同盟)の集会、勤労者学習会、講演会、人民班(町内会)の会議で、「鏡城温泉療養所は不妊に非常に効果が高い」として、入院治療、外来治療も可能だと伝えられた。

産婦人科の医師も、鏡城温泉に行って、積極的に治療を受けるように勧めている。情報筋は、温泉の効能の高さを持ち上げて、出産を奨励せよとの内部指示が下されたものと見ている。

「自分だけが良い暮らしをしようという個人利己主義を捨てて、国の未来発展のために子どもを多く産んで育てよと訴えた」(情報筋)

この「個人利己主義」とは、商売に忙しいとの理由で、子どもを産もうとしない傾向を指す。

かつての北朝鮮は育児はもちろんのこと、一部では「ごはん工場」を建設して地域住民に給食を行うなど、育児や家事労働の社会化を図る先進的な政策を取っていたが、1990年代の経済難でそれらのシステムは崩壊してしまった。生きていくには商売をするしかなく、子どもを育てようにも育児施設が機能していない。また、教育にも多額の費用がかかることなどから、正確な数字は秘密とされているが、著しい少子化が進んでしまった。

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鏡城の情報筋によると、鏡城にはラジウムを多く含む温泉があり、海にも面していて、サナトリウム以外にもキャンプ場、休養所(リゾート宿泊施設)などの施設がある。かつては多くの人が訪れていたが、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」以降には、すべての運営が滞ってしまった。

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最近、鏡城を訪れる女性たちは、現地の親戚宅や旅館に泊まり、療養所で外来治療を受ける人が多く、療養所に入院できる人はさほど多くないとのことだ。

「午後に市場に行くと、南方の言葉(平壌などを指す)を使い、キレイな格好をした2〜30代の女性をよく見かける。民泊に泊まり、療養所に通って外来治療を受けている女性が、おかずや生活必需品を買いに来る」(情報筋)

療養所に程近い温泉旅館には空室がなく、近所には療養客目当ての写真館ができるなど、賑わっている。

療養所を利用するには、地元の人民委員会(市役所)が発行する療養券が必要で、治療期間は通常45日、特別な場合には90日まで延長され、集団生活をして軽労働をしつつ、不妊治療に取り組む。

だが、これは一般の労働者には到底不可能なことだ。

情報筋は額に触れていないものの、「1〜2カ月の治療を受けるには宿代、食費が必要」だとして、「一般人には手が届かない」と述べている。療養券を得るにはワイロを支払わなければ長期間待たされ、安全に出産できる時期を逃してしまうだろう。

こんなことでは効果的な少子化対策にならないだろう。

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