金正恩一族の権威に逆らった「農民決死隊」が抹殺の危機

先月から始まった北朝鮮の「田植え戦闘」。都市部の住民を一斉に動員して、人海戦術で一気に田植えを終えてしまうというのがいつものやり方だが、コロナ対策で移動制限が強化されたこともあって、例年より進捗が遅れていると指摘されている。

だが、遅れの理由はそれだけではないようだ。

(参考記事:田植えの遅れに焦る北朝鮮、指示乱発に農民から反感

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、平安南道(ピョンアンナムド)泰川(テチョン)郡にある史跡単位農場(革命史跡地に属する農場)で、稲の苗が盗まれる事件が起きた。

安全部(警察署)と保衛部(秘密警察)が捜査に乗り出したところ、隣接する協同農場の農場員が有力な容疑者として浮上した。結局、首謀者として協同農場の作業班長2人と、青年分組員8人が逮捕され、無期懲役の危機に瀕している。環境の劣悪な北朝鮮の刑務所で無期懲役になることは、まさに死刑と同義と言える。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

田植えに必要な稲の苗は、当然農場にあってしかるべきだが、なぜ盗み出す必要があったのだろうか。そこには、コロナが大きく関係している。

郡当局は今年、農業に必要な営農資材を「史跡単位農場」中心に配布した。史跡単位とは、最高指導者が視察したり、特に関心を寄せていたりした単位を指す。

例えば、苗床の保護に欠かせないビニール膜だが、その多くが中国製だ。2020年1月のコロナ鎖国以来、品薄が続いているが、郡内のすべての農場に行き渡らせるほどの量が確保できなかったようだ。そこで、より重要度の高い史跡単位農場に配布したわけだ。

なお、情報筋は、この史跡地が郡内の銀興里(ウヌンリ)にあると言及しているが、1999年に故金正日総書記の指揮のもとに、土地整理作業が行われ、収穫量を大きく増やしたという「ハンドゥレボル」と呼ばれる平野地帯があり、農業政策の成功事例として、今でも国営メディアのプロパガンダに登場するところだ。

金氏一家に関連があり、プロパガンダに頻繁に取り上げられているところだけあって、非常に優遇されていることがうかがえる。その一方で、郡内の他の農場は冷遇され、ビニール膜なしでは苗床の適切な温度管理ができないために、苗の多くを枯らしてしまったという。

それに怒った協同農場の関係者は、史跡単位農場から必要なものを盗み出すしかないとして、まずはビニール膜を少しずつ盗み出すようになった。しかし、それではとても追いつかないため、苗ごとごそっと盗んでしまったというのだ。そのせいで、史跡単位農場の田植えにも支障が出てしまった。

「農場は、解決策として苗が豊富な史跡単位から盗み出すしかないと考え、銀興里の史跡単位農場から盗み出す作戦を繰り広げた。青年分組の若者たちは、決死隊を立ち上げて苗を盗み出したが、結局バレてしまった」(情報筋)

逮捕された10人は、人手も苗も足りない農場のために間違ったやり方をしてしまったと善処を求めた。しかし司法当局は、国家財産窃盗罪、防疫規定違反に加え、史跡単位農場で盗みを働き、不純な政治的意図があるものとみなし、無期懲役刑を含めた重罰に処する方針だという。それを知った彼らの家族は嘆き悲しんでいると伝えられている。

北朝鮮の考え方では、金氏一家に関連する事柄すべては神聖不可侵のもの。意図がどうであれ、その権威に傷をつけるようなことをすれば、重い処罰を受けるのは、ごく当たり前のことなのだ。

彼らに残された生き残る道はただ一つ。この案件が金正恩総書記の耳に入り、「許してやれ」と恩赦を命じることだ。そうなれば、彼らはたちまち釈放され、「元帥様(金正恩氏)の慈悲深さ、人民愛の深さ」とやらをアピールするネタとして使われることとなるだろう。

(参考記事:金日成像の照明が消えることが「大事件」となる北朝鮮

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