緊急事態宣言 11都府県に発令中

「私を指名してくれるお客さまは20代から50代」 中国人妻が風俗店経営で月700万稼げたワケ

 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)

【写真】この記事の写真を見る(7枚)

©iStock.com

◆◆◆

 男は私の顔と詩織の写真コピーを見比べて、こう言う。

「知り合い?」

「それでは知っているんですか?」と私は取材している旨を告げた。

 男は、こうボソボソと答えた。

「何度か来た。仕事の合間だったのかな、非番だったのかな。ひとりでフラリと来た。ほとんどつまみも頼まない。派手目だったが、なんというか青白い顔して夜叉のように黙々と酒を1人で延々と呷っていたので覚えてるんだ。それで、今、あーあの女だと思った。一度だけ、『まだ若いんだから体に気つけな』と言ったことがある。女は無言で小さくニッと笑っただけ。それだけさ」

「さくら」に指名殺到

 詩織の手記に戻ろう。

 いずれにしても、そうした詩織の凄愴な生活が、彼女に、ある種の「翳り」と「妖艶さ」を与え、客の人気を高めていくのだから皮肉といえる。さらに徹底した「サービス」と「テクニック」が拍車をかける。源氏名は「さくら」。またたく間に店のナンバー1に昇り詰めた詩織は、周囲が身体の心配をするほど、働きづめに働いた。気がつくと、自ら、独立するのに十分な程の資金を溜め込んでいた。さらに金が欲しいという欲望と、いくつかの事情が絡まって、前述したように、やがて詩織は自分が働いていたマンションの別室に風俗店「メサイア」を開店する。

 詩織はママとして経営に携わるとともに、ここでも「さくら」として妖艶な姿を店のホームページにさらした。「さくら」指名の客が行列をなしたのはいうまでもない。

〈新しい店の経営は難しいうえに、もう1軒の店もありました。私は頑張りました。新しいお店が1ヶ月で赤字を出さなければ成功です。

 でも一部の客はとても意地悪です。うれしい言葉でいえば、私を「専用」で、指名してくるということです。ある客は「さくらちゃんでなくては帰ります」と、こちらの説明が終わる前に店をでていってしまいます。いくら呼んでも戻ってきません。そんな人が6人もいたことが何日もありました。私は、泣き出しそうになります。

 私を指名してくれるお客さまは、20代から40代、50代と様々です。

 その中でも、どちらかというと20代30代の人が、さっぱりしていて、客として好感が持てました。みんなとても恥ずかしがりやのようで、私の体をあちこち触るでもなく、手さえ握らず、キッスも要求してきません。それどころか、サービスの全過程でじっと私に身を委ねたままで、可愛いと感じることさえありました。〉

 詩織は、特に感情が一途な客には、恋人に接しているような気持ちになったこともあると告白している。そして日本の男性にも温情があるのだと感じ、こんなケースでも愛と呼べるのだろうか、と自問している。それは、茂との性生活では得ることのなかった、肉体の触れ合いによる、ある種の安らぎではなかったか。つまり、性風俗で働きながらも、詩織のどこかに、愛を求めて彷徨する何かがあったのだ。

「さくらが、できないなら、金返してくれ。ブスとやるなんてもったいない!」

 もちろん、そんな可愛い客ばかりではなく、問題のある客もいた。

 詩織だけを指名してくる客も、経営者としての立場からは“困った客”になるのだが、肉体で触れてのサービスだけに生理的に受け付けないという客も時にはいたのだ。それこそ肌が合わないということだろう。それでもサービス精神旺盛な詩織は、ある程度まで受け入れていた。しかし、何が何でも嫌な客がいた。困ったことに、その客は、通ってくる度に詩織を指名した。最初の内は「きょうは生理日だから」と、若い別の女性を紹介するなど、様々な手管ではぐらかしていたが、何度も断られた客は、さすがに怒った。そのうち連日、朝4時ごろに卑猥な言葉で嫌がらせ電話をしてくるようになったという。

 しかし、それまで歩んできた詩織の人生にとっては、その程度のことは、まったくダメージにもならない小さな小さなトラブルだ。

 また別の、こんな客もいた。

 詩織は、経営者として自分ひとりに指名が集中しないよう、他の女性たちにも客が廻るよう気配りをしている。たまたま、その日、彼女は本当に生理日だったので、過去何度か彼女を指名したその客に、やんわりとこう言った。

「きょう、私は生理日です。別の女性を紹介しますが、それで納得していただけませんか」

 すると、客は声高にこう言い放った。

「さくらが、できないなら、金返してくれ。ブスとやるなんてもったいない!」

 その言葉を聴いた瞬間、詩織は、ひとりの看板風俗嬢から、ママ、すなわち経営者の顔に変身する。

「お金は返します。その代わり、もうこの店には来ないでください。あなたの言葉は店のほかの女の子を侮辱しています。ママで店主である私は、店の従業員を侮辱されて黙っている訳にはいきません」

 こうした経営者としての自覚と責任は、店の女の子の共感を呼び、彼女たちが一生懸命働くことで「メサイア」は一層繁盛した。最盛期には女の子を数人使用していたので1ヶ月の売り上げが6、700万円近くあったのではないかと噂する者もいる。こうした中で、深酒という詩織の悪癖もいつしか消えていた。

鳴り続ける予約電話

 そんな折の06年2月6日。

 茂が植物状態になってから、間もなく2年がたとうとしていた。

 その日、詩織は、中国の子どもたちに送金をしようと、あちこちの銀行を駆け巡っていた。ただ、それまでは銀行は手続きが面倒なので郵便局から送金していた。しかし、今回は、かなりの大金であり、郵便局からの送金は、中国では時々行方不明になってしまうというアクシデントがあるので、安全を期して、銀行からの送金と決めたのだ。何しろ体を張り命を削って稼いだ金だ。途中で紛失されては困る。

 とはいえ、いくつかの銀行をまわったが、受け入れ先の中国の銀行の住所が不明とかで結局送金できなかった。詩織は明日こそ、と思って、その夜は仕事に没頭した。

 翌2月7日。

 詩織は電話のベルで起こされた。

 まだ昼の12時を回ったばかりなのに、客からの予約電話だ。住み込みの女性を起こして髪を直させる。もうひとりの女の子も出勤してきた。2人とも可愛い女の子で客を喜ばせる術も心得ており、この商売では前途有望だ。また電話が鳴り、別の客の予約が入った。詩織は「女の子が2人で客も2人、ちょうどいい」と思った。客が来たらその金も受け取って、一緒に銀行から送金しようと考え、化粧を直し始めた。

 その時、また電話が鳴った。

 いくら店が繁盛しているといっても、こんなことはめったにない。今日は一体どんな日なのだ、と一瞬、脳裏を不安がよぎったが、頭を振って「ラッキーなのよ」、と思い直した。

 なにしろ、ドラゴンが空に飛翔するように業績が上向いているのを、最近強く感じていた。先月、スタイル抜群の女の子がはいり、そしてもうひとり、中国への里帰りから戻ってきた女の子が友人の紹介で入ってくることになっている。この子も美人で人気がでそうだ。昼間シフトの女の子も前途有望だし、今月は何か勢いがあり、店が益々繁盛しそうだ。そうだ、電話がたくさん鳴り続けるのは、その前兆だと詩織は納得する。

 同時に、この調子なら春には中国にいる2人の息子をいよいよ日本に呼び戻せ、水入らずの生活が出来るだろうと考えた。とはいえ、息子たちと日本で優雅に暮らすにはもっともっとお金が必要だし、そのためには、いま軌道に乗りつつある店を、さらに発展させなければならない。それに朝から晩まで息子たちの食事の世話をして育てるには誰か店を安心して任せられる店長が必要だ。いまの従業員の中に自分の眼鏡にかなうような人間がいるだろうか。いなければ、これから、急いで教育しなければ……。

〈息子と朝晩一緒にいて、語りあい、笑いあい、日一日と成長するのを見守るのが、私の夢でした。2本の木を育てるように水や肥料をやり、枝を整え、太陽の光をいっぱい浴びさせて大きく成長させ、有為な人間に育てたい。それ以外に今の私は望むものはありません。店長がいて店をまかせることができるようになれば、私は茂さんの看病に病院にいつでもいけるし、2人の息子と一緒に行って世話することもできる。私はずっと、そんな計画を立ててきたし、そのために奮闘努力もしてきました。日本に来てから、ずっと夢見ていた暖かい一家団欒。今、それが現実になりそうなのです。〉

目の鋭い予約客

 そんな夢想をしている時に、最初の予約客が2人、次々にやってきた。それぞれ係りの女性に部屋に案内させ、詩織は中国の姪に電話をした。

「これから、銀行に送金に行くので、次の電話を受けたら、すぐに受話器を置いて、お金を下ろしに行ってね……」

 その時、3番目の予約の客がドアをたたいた。詩織は、ちょっとためらった。自分は銀行に行かなければならないし、接客できる女の子がまだ出勤してきていない。

 躊躇していると、さらにドアが叩かれた。詩織は、その時、こう考えた。時間を予約してもらって、改めて女の子が空いたときに来てもらえばいい。

 錠をはずしドアを開けた。ちょっと目の鋭い男の人が入ってきた。

「この扉は人間と鬼が住む世界を隔てる境」 中国人“毒婦”が殺人未遂で逮捕された末路 へ続く

(田村 建雄)

ジャンルで探す