「ノーベルアタッシェ」が現地で支えた日本人受賞者の素顔は

「ノーベルアタッシェ」として歴代の日本人受賞者らを支えたカイ・レイニウスさん(左)と妻の豊子さん=4日、ストックホルム(宇山友明撮影)

 【ストックホルム=宇山友明】ノーベル賞授賞式が10日(日本時間11日未明)、スウェーデン・ストックホルムで行われるのを前に、授賞式に臨む京大の本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授(76)も5日、同国に向け関西国際空港を出発した。同国で滞在する受賞者と家族を支えるのは「ノーベルアタッシェ」と呼ばれるスウェーデン政府の職員たちだ。元スウェーデン外交官のカイ・レイニウスさん(72)、豊子さん(62)夫妻は、アタッシェとして8人の日本人受賞者を支えてきた。夫妻が身近で接した歴代の受賞者たちの素顔とは…。
 「ノーベルアタッシェは、受賞者らが不自由なく過ごせるように身の回りの世話をし、プライベートを守ることが役割だ」。レイニウスさんは自らが果たしてきた責務をかみしめる。
 在日スウェーデン大使館勤務を終え帰国した1985年、米国の受賞決定者のアタッシェに任命された。アタッシェは各受賞者に対し1人を配置。公式行事が行われるノーベルウイーク中は無償奉仕が基本だが、外務省職員なら誰もが目指す憧れの役職だ。「一回でも務められたら十分だった」とレイニウスさん。
 だが、1994年に作家、大江健三郎さんの受賞が決まると、日本とスウェーデン両国の文化や言語に見識のあったレイニウスさんに再び白羽の矢が立った。2度目の任命に驚きつつ、最も戸惑ったのが日本メディアの取材攻勢だった。「ホテル前で大江さんを待ち続けたり、車を尾行したりと取材に熱心過ぎた」
 アタッシェとしての仕事量も1回目に比べて格段に増えた。受賞者もその家族も自由に外出が難しい状況になった。そのため、豊子さんも夫人の着付けができる場所を探したり、家族に頼まれた買い物をしたりと身の回りの世話を引き受けることになった。
 以降、日本人受賞者の場合は夫婦二人三脚で従事。これまで田中耕一さんや益川敏英さん、山中伸弥さん、赤崎勇さんら計8人とその家族を支えてきた。
 強く思い出に残っているのが山中さん。滞在中はずっと緊張を隠せずにいたが、帰国の際に「無事に終わることができました。お二人のおかげです」と深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べた律義なふるまいに感動したという。また、赤崎さんに同行した名城大職員から「お二人も『チーム赤崎』の一員です」と声をかけられ、滞在中の写真を収めたアルバムを贈られたことも忘れられない。
 思い出は担当した受賞者の数だけある。「8人はいずれも人格者だった」。約1週間にわたり身近に接し、謙虚で温かさのある人柄がひしひしと伝わってきた。
 最後にアタッシェを務めたのは、2016年に受賞した大隅良典さんのとき。受賞者のために細心の注意を払いながら“黒子役”に徹してきたが、「第2の母国の日本とスウェーデンのために努力したい」との思いが常にあった。
 今年は本庶さんが授賞式に臨む。レイニウスさんは「家族や共同研究者ら関係する全ての人とすばらしい瞬間を共有してもらいたい」と言葉を贈った。

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