「悪いコンテンツは良いコンテンツを駆逐する」という「グレシャムの法則2.0」とは?

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貨幣の経済学理論であるグレシャムの法則とは、「良質な貨幣と粗悪な貨幣が同じ額面で流通していると、良質な貨幣が保管されたり輸出されたりして市場から消えてしまい、粗悪な貨幣だけが残る」、すなわち「悪貨は良貨を駆逐する」という法則です。アメリカのコーネル大学ロースクールとコーネル工科大学で法学教授を務めるジェームズ・グリメルマン氏が、アルゴリズムやAIによるインターネットのカオス状態を「グレシャムの法則2.0」と呼称し、「悪いコンテンツが良いコンテンツを駆逐している状態」としてさまざまな具体例や問題点を指摘しています。
James Grimmelmann: "Something exceptionally grim is happening on the …" - Lawprofs Mastodon
https://mastodon.lawprofs.org/@jtlg/112052299948819084

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グレシャムの法則は、16世紀のイギリス国王財政顧問トーマス・グレシャムが「イギリスの良貨が外国に流出する原因は貨幣改悪のため」と唱えたことに由来して、19世紀イギリスの経済学者ヘンリー・マクロードが提唱した理論です。グレシャムの法則は、金などの貴金属が減少したことで粗悪な貨幣が流通すると、貨幣自体に価値が高い(貴金属を多く含む)良貨は誰しも手元に保存しておいて、支払いや取引には悪化を用いるため、流通するのはほとんど悪貨になってしまうというもの。基本的には金本位制の金貨や銀貨に当てはまる法則で、貨幣自体の価値が大きくない現代の管理通貨制度においてはほとんど当てはまらないものですが、大まかに「悪い金の使い方が良い金の使い方に勝利してしまう」という意味で用いられることもあります。
「悪貨は良貨を駆逐する」のグレシャムの法則がリーマン・ショックを引き起こしたとの指摘 - GIGAZINE

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グリメルマン氏はこのグレシャムの法則を引用して、「インターネット上では、過去数カ月の間にAIを活用したジャンクコンテンツの洪水が検索エンジンや検索フィルター、モデレーションシステムを圧倒する勢いで破壊しつくしているという、非常に悲惨なことが起こっています。これを、悪いコンテンツは良いコンテンツを駆逐するという意味で『グレシャムの法則2.0』と呼びます」とミニブログSNSのMastodonに「#greshamslaw20」というタグとともに投稿しました。
グリメルマン氏はいくつかの「インターネットを破壊する悪いコンテンツ」の例を挙げています。テクノロジーメディアの404mediaが2024年2月に報じた内容によると、正規の葬儀サービスのページから亡くなった人の情報を抜き出し、遺族を自分のFacebookアカウントに誘導することで、偽の葬儀サービスに登録させてクレジットカード情報などを抜き出す詐欺が横行しているそうです。被害にあった関係者は「それどころではない日に、本来求めているサービスにたどり着けず、さらなるパニックを引き起こす卑劣な詐欺です」と語っています。
そのほか、広告でより見栄えの良い食べ物を表示するために実物とは全く似ていないAIで生成した食品を表示した例や、TikTokでは「Minecraftなどのゲームプレイ映像や有名人のクリップなどをAIで組み合わせて大量に投稿しまくることで、『月に数万円稼げる』として流行している」という報道などをグリメルマン氏は例に挙げています。
これらのインターネットコンテンツに関して、セキュリティ企業のArkose Labsが実施した調査によると、インターネットトラフィックの73%が悪いボットとクリックファーム(詐欺)によるもので構成されているとのこと。
インターネットトラフィックの7割以上は悪いボットと詐欺に使われている - GIGAZINE

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また、詐欺的なクリックベイト記事で収益を生み出すことを目的とした低品質なニュースサイトがAIの助けを借りて多数生み出されているという報告があったり、SEOが検索の有用性を悪化させているという主張が議論を生んだりと、これらの問題はしばしば話題に上がっています。Googleは2024年3月ごろ、ボットやスパムに対して対策を講じていることを発表し、AIのクリックベイトを検索結果から排除することを目的としたスパムポリシーの刷新を含む変更を明らかにしています。
「SEOがGoogle検索を破壊してゴミに変えた」と大手ニュースサイトが主張しGoogleやSEO業界から猛反論を受ける - GIGAZINE

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「良いコンテンツを駆逐する悪いコンテンツ」は、詐欺的なものだけではありません。大手メディアなどのSEO担当者が実際にレビューしていない製品などを大まかに紹介する記事が、SEOの有利により検索エンジンの上位に表示され、本当に有用なレビューを見つけにくいという状態も、悪いコンテンツが良いコンテンツを駆逐する例としてグリメルマン氏は指摘しています。その他の具体的な事例として、主にテレビゲームに関するメディアのKotakuでは、経営陣が最新ニュース投稿の優先順位を下げて、労力が低く数多く更新できる「ゲームのヒントとガイド」を優先するように方針転換した結果、編集長のジェン・グレノン氏が退職したケースをグリメルマン氏は例に挙げました。
グリメルマン氏のスレッドには数多くのコメントが寄せられており、「AIによる詐欺的行為を規制するには、政府が法整備するしかありません」という指摘や、「GoogleよりSEOの影響を受けにくい検索エンジンを用いることが応急的な対処になります」とする意見もあります。また、グレシャムの法則2.0を、スペースデブリが自己増殖する危険性をシミュレーションするモデルにかけて「AIケスラーシンドローム」と呼称するコメントも寄せられていました。

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