貨物船の衝突で橋が崩落したボルチモアの事故について元大型船の船長が解説、事故船にも乗っていた「水先案内人」とはどんな仕事をする人なのか?


2024年3月26日に、アメリカ・メリーランド州のボルチモア港から出港する途中の大型貨物船「ダリ」が港湾にかかる橋の橋脚に衝突する事故が発生し、ワシントンとニューヨークを結ぶ橋が崩落して交通と流通に影響が出ているほか、捜索されていた行方不明者6人が死亡したと推定されるなどの人的被害も報告されています。この事故を受けて、学術系ニュースメディア・The Conversationが、大型船が湾内を航行する方法について専門家に話を聞きました。
I’ve captained ships into tight ports like Baltimore, and this is how captains like me work with harbor pilots to avoid deadly collisions
https://theconversation.com/ive-captained-ships-into-tight-ports-like-baltimore-and-this-is-how-captains-like-me-work-with-harbor-pilots-to-avoid-deadly-collisions-226700
The Conversationのシニアエディターであるナオミ・シャリット氏(以下、The Conversation)は、大小さまざまな船舶の船長を務めてきた経歴のあるテキサスA&M大学ガルベストン校のアラン・ポスト氏(以下、ポスト氏)に、大型船が出入港する際に水先案内人が果たす役割を一問一答形式でインタビューしました。


The Conversation:
事故のニュースを聞いた時、最初に何を思いましたか?
ポスト氏:
最初に思ったのは、事故が起きたのが橋の交通量が少ない夜間だったことを神に感謝することでした。もし日中に起きていたら、死傷者は数千人に及んでいたでしょう。失われた命を思うと心が痛みます。
The Conversation:
ボルチモア港に停泊していた船には、水先案内人が2人乗船していました。水先案内人の役割を教えてください。
ポスト氏:
水先案内人は、操船制限区域や航行制限区域に指定されている場所で船に乗せられます。彼らは通常、州政府または連邦政府によって認定された現地の専門家であり、水先案内区域、今回の場合ではボルチモア港の川の下流を安全かつ適切に操船する方法について船長に助言を与える役割を担います。
水先案内人は、特にタグボートとの接近操縦や、指定された係留施設に船を接岸させることに精通しています。


The Conversation:
船に乗り込んだ水先案内人が操船するわけではないのでしょうか?
ポスト氏:
水先案内人は、商船では「マスター」と呼ばれている船長のアドバイザーに過ぎず、船舶の安全な航行に全責任を負っているのは船長です。ですから、水先案内人は船が港にいる場合は海上かドックで船を出迎えます。その後、ブリッジに向かってから船長とあいさつを交わし、ちょっとした記念品として帽子のような船用品が贈られるか、あるいは一杯のコーヒーが振る舞われます。
水先案内人はその後、準備を整えるために船の電子海図データ情報システムにアクセスします。この時、船長は水先案内人に自分たちがどこに向かっているのか、船の特徴は何か、ブリッジにいるのは誰で彼らの第一言語は何か、船の水面からの高さ(Air Draft)などについて説明します。


これが終わると、水先案内人は当直士官や船長(大抵は同じ人物)に船をドックに入れたり、ドックから出して海に出るための移動方法の指示を始めます。この指示は複雑な操船の際に行われるもので、常に指示するわけではありません。また、水先案内人は状況が安全でない場合、または船舶が安全に航行できる状態にないと感じた場合には、指示を拒否したり、運航を停止させたりすることもできます。特に霧が出ている場合によくあることです。
水先案内人はまた、沿岸警備隊の船舶交通サービスや周辺の他の船舶とやり取りをしたり、タグボートや係留索を操作する綱取り作業員(ラインハンドラー)との調整を行い、桟橋の近くや船が係留施設を離れる際に安全に操船できるようにします。
The Conversation:
水先案内人の訓練について教えてください。
ポスト氏:
水先案内人のほとんどはまず海事学校で学び、指揮官やブリッジの監視員として何年も海上で過ごさなければなりません。そこから各水先案内人協会が設けている水先見習いプログラムに入り、シミュレーターや実地訓練を通じてさまざまな船がどのように操船されるのか、航路上の場所によって海流や潮の流れがどう違うのか、水路が船にどのような影響を与えるのかを何年もかけて学びます。
つまり、水先案内人は海事学校に3週間通えばなれるというものではなく、まさに医師のように長い訓練が必要なのです。


The Conversation:
具体的に、水先案内人として船に乗り込むには最低で何年の訓練が必要なのでしょうか?
ポスト氏:
多くの場合、一人前になるまで10年以上かかります。
The Conversation:
ということは、彼らは港のスペシャリストということですね。
ポスト氏:
彼らのほとんどは、沿岸警備隊の免許を持った船舶職員であり、トン数制限のない船舶の免許を取得しています。しかも、それで訓練が終わるわけではなく、ある港湾で働く際には水先案内人の資格を取得するための地元の水先案内人見習いプログラムに採用されなくてはなりません。ですから、ある場所で水先案内人だった人が別の地域では資格を取得できないというケースもあります。
彼らは先輩水先案内人の指導のもとで何年も過ごし、地元の水路やそこでの航行、潮の流れ、係留施設の位置など、基本的に知るべき事をすべて教わります。こうして、彼らは絶対的なエキスパートになります。ほとんどの水先案内人は、試験を受ける時には水先案内区域の海図を空で描けるようになっています。


The Conversation:
制限区域を出たり入ったりする際には、水先案内人が立ち会うことが法的に義務付けられているのでしょうか?
ポスト氏:
州法や連邦法、あるいはその両方で義務付けられています。
The Conversation:
今回事故を起こした貨物船「ダリ」は全長1000フィート(約300m)の船でした。これは貨物船としては中程度の大きさですか?
ポスト氏:
はい。最近の貨物船としては標準的なサイズです。船の大きさは年々巨大化しており、1000フィートでも普通です。


The Conversation:
こうした方法での船の操縦は昔から行われていたことでしょうか?
ポスト氏:
人間が商業のために海を利用するようになったのとほぼ同じ時代からありました。船旅の黎明(れいめい)期から今に至るまで、船長はすべての港を知っているわけではないので、その土地に詳しい人を船に迎えたのです。最初のころは地元の漁師がよくこの役割を果たしました。アメリカでは、サンディ・フック水先案内人協会が300年前からニューヨーク港に出入りする船の水先案内を務めてきました。
The Conversation:
今回のボルチモアの事故は、すべての船長、水先案内人、乗組員にとっての悪夢と言ってもいい出来事ですか。
ポスト氏:
もちろんです。私が最初に想定したのは、船の電気系統の故障に起因するもので、タイミングが最悪だったということです。
インタビューは以上です。ボルチモアの地元テレビ局・WBAL-TVの調べによると、ダリは2016年に就航して以来27回の検査を受けており、2023年6月にチリ当局が推進装置と補助機械の欠陥を発見するまでは何の問題もなかったとのこと。
事故の模様を捉えた映像を見ると、衝突前にダリの明かりが消えており、停電しているように見えることから、ポスト氏以外の人からも電気系統の不具合が事故の原因ではないかとの声が上がっています。
A solid quick breakdown of the apparent multiple power failures on the 'Dali' ahead of impact with the Francis Scott Key Bridge in Baltimore, MD.
I'm looking to credit whoever created this. (Dm) pic.twitter.com/NV1zSQHYkU— Moshe Schwartz (@YWNReporter) March 26, 2024
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