なぜニューヨークでは地下鉄の建設が長い間進んでいないのか?

なぜニューヨークでは地下鉄の建設が長い間進んでいないのか? - 画像


by jgarciausa
ニューヨーク市地下鉄はマンハッタンを中心にニューヨークで運行されている、世界でも北京・上海・ロンドンに次ぐ4番目の規模を有する地下鉄網です。20世紀初頭から建設が始まったニューヨークの地下鉄ですが、実はここ80年近くにわたって建設が停滞している実情があり、「なぜニューヨークの地下鉄建設はストップしていたのか?」についてCityLabがまとめています。
Why Did New York City Stop Building Subways? - CityLab
https://www.citylab.com/transportation/2018/04/why-new-york-city-stopped-building-subways/557567/
ニューヨークの地下鉄網は路線延長が375キロメートル、年間利用者数は17億人を超えて世界でも有数の規模を誇ります。1904年にわずか9.1マイル(約14.6km)の路線がマンハッタン島で開通してから、1920年代までの間で総延長は数十倍にも延び、マンハッタン島を中心とした地下鉄網は一気に広がりました。
しかし、1940年12月16日以来、ニューヨークの地下鉄建設は小さな拡張や接続工事を除いて、新しい路線を開通させていません。ニューヨークという街がここ80年で大きな変化を遂げたにもかかわらず、市民の足となる地下鉄のシステムはほとんど変化していないというわけです。
1日600万人ほどの利用者たちは地下鉄の日常的な遅延、設備の故障、驚くほどの混雑に日々直面せざるを得ません。では、なぜニューヨークの地下鉄がなかなか新たに建設されないのかというと、都市の郊外への拡張と自動車の増加、地下鉄の権利を巡る行政と民間の対立、維持費用の急激な上昇など、複数の要因が絡み合っているのだそうです。

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by Oscar F. Hevia
1904年、民間企業のインターボロー・ラピッド・トランジット(IRT)によってニューヨーク地下鉄の1号線が開通しました。この路線は、既存の高架鉄道から先のマンハッタン島ブロンクスまでの高速輸送をほぼ独占する形でしたが、マンハッタン島の交通網はIRTの競合相手であるブルックリン・ラピッド・トランジット(BRT)が支配していました。
1913年にはIRTとBRTに「二重契約」という形で、ニューヨークの地下鉄システムの大幅拡張を委託。その後、行政側は「地下鉄を民間へ手放すべきではなかった」と後悔するようになり、民間会社が地下鉄から利益を取れないように支配しようと試みます。民間会社は行政側との契約上、運賃の自主的な引き上げを行えなかったためインフレがあってもそれに合わせた値上げができず、1948年になると運賃は実質的に1904年の半額以下になっていたそうです。
1922年、ニューヨーク市は行政が持つ独立した地下鉄システムの建設を発表します。新たに建設されると発表されたINDコンコース線は、民間企業の既存路線と並行して走る、競合路線として計画されました。しかし、この頃になると地下鉄建設に目を付けて地価を上昇させる不動産会社も現れ始め、次第に「地下鉄建設は税負担ばかりが増していくのではないか?」という懸念が浮上し始めます。そして、1930年代終盤から個人が自動車を所有するようになり、人々の目が都心部から郊外へ向いたことにより、マンハッタン島を中心とする局所的な地下鉄網の重要性は低下していきました。

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by Metropolitan Transportation Authority of the State
1940年にはIRTとBRTの後身であるブルックリン・マンハッタン・トランジットの経営が破綻状態となり、ニューヨーク市が民間の地下鉄を買い上げることになりました。買収コストはINDコンコース線を作るのに必要なコストとほぼ変わらないほど高額で、ニューヨーク市はせっかく買収した地下鉄路線を延長させることすらできない状況でした。
ニューヨーク市が民間の地下鉄を買収したのと同じ1940年12月15日、INDコンコース線構想のうちIND6番街線が開通しました。このすぐ後にIND2番街線の建設が検討されていましたが、IND2番街線が開通したのは建設から70年以上が経過した2017年にまでもつれ込みました。この当時すでにニューヨークで地下鉄を建設するためには1マイル(約1.6km)あたり平均900万ドル(当時の価値で約3000万円、現在なら約30億円以上)という莫大な費用が必要で、建設遅延に大きな影響を与えていたとのこと。

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by Daniel Mennerich
1940年代後半から地下鉄の運賃引き上げと利用者数の減少が重なり、ニューヨーク市の財政が危機的な状況に陥ったのも影響して、地下鉄から得られる収益が減り始めていました。そのため、ニューヨーク市はIND2番街線の資金集めに「トランジット債権」を発行して資金調達に努めましたが、資金の大半は地下鉄の設備保守によって食い潰されてしまったそうです。
1950年代にはニューヨークの高速道路網が急速に発達し、人々の住居は郊外へと移転し始めました。こうしてマンハッタン島の地下鉄建設を支持する人が減少したにも関わらず、ニューヨーク市は依然としてIND2番街線の建設を諦めていなかったとのこと。1965年にはメトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティーというニューヨーク州の公共交通機関をまとめる法人が設立されましたが、残念ながら、ニューヨークの地下鉄を既存の鉄道と接続することでマンハッタン島を結ぶ複合地域輸送システムを作るという試みには至りませんでした。
1970年代になるとますます地下鉄利用者数は減少していき、IND2番街線の建設計画は完全にストップしてしまいます。利用可能な限られた資金は既存設備の保守に充てられ、とても新しい路線を拡張する余裕はなくなってしまったそうです。第二次世界大戦後に建設された地下鉄路線はほんのわずかであるということが、以下の地図を見るとわかります。

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1990年代以降になるとようやく地下鉄の利用者数が増加し始めたため、頓挫していたIND2番街線の新たな建設計画が2007年に発表されました。10年後の2017年には70年の時を超えてIND2番街線が開通しましたが、年を追うごとに地下鉄建設費用が膨大なものになっており、世界的に見てもニューヨークの地下鉄建設費用は驚くべきものになっています。現在ではニューヨーク市の財政状況は好転していますが、単なる地下鉄網のメンテナンスだけでも相当な費用が必要となっており、新たな路線の建設が行われるのはさらに先の話になりそうです。

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