「世界一強力なX線レーザー」が1000億円以上の大規模アップグレード
世界一協力といわれているX線自由電子レーザーの新たな大規模アップグレードが、このほど米エネルギー省の承認を得ました。
これにより、極小のスケールで世界のあらゆる面を観測する技術はさらに進歩し、あらゆる研究に新たな視座が拓かれることが期待されます。
世界一強力なX線レーザー
この世界で最も強力なX線自由電子レーザーは、カリフォルニア州のSLAC国立加速器研究所にあり、リニアックコヒーレント光源(LCLS)という名称です。
リニアック=線形加速器を意味し、SLAC国立加速器研究所のLCLSもほかの施設の加速器と同様に、電子を光速近くまで加速させることでX線を発生させ、それを顕微鏡レベルのサンプルや金属片などなどさまざまなものに照射することで、極小のスケールの世界を観測するものです。
1000億円以上の大規模アップグレード
SLAC国立加速器研究所は1年前にLCLSに新たなX線レーザービームやアンジュレータを加えたアップグレードバージョンのLCLS-IIでの初めての観測に成功しました。LCLS-IIは、1秒あたりのX線パルス発生数が約100万となり、これはそれまでのLCLSの8000倍以上の数値となりました。
ここからさらに強力にするプロジェクトがLCLS-II-HEであり、今回のアップグレードとなります。LCLS-II-HEでは、電子が通過する8台の超伝導高周波空洞を含む23台の新しいクライオモジュールのセットを設置することで、加速器の出力のエネルギーを向上させることになります。
この装置の増設についてLCLSのディレクターであるMike Dunne氏は米Gizmodoに対して以下のように語りました。
各クライオモジュールはマイクロ波エネルギーのバーストを発生させ、電子の束をどんどん加速するように(つまりエネルギーを増すように)促します。これは、動いているボールを何度も何度も蹴っていくようなかたちです。
クライオモジュールは、1m増えるごとに電子ビームは約24MeVの追加のエネルギーを得ます。すべてのクライオモジュールを積み重ねると、エネルギーは現在の最大4GeV(4,000MeV)から8GeVまで増します。
今回のアップグレードは、7億1600万ドル(約1029億円)規模のプロジェクトであり、その実現のためにアメリカのさまざまな研究所から協力を得ています。
アップグレードの主軸となるクライオモジュールの構築やテストは、フェルミ国立加速器研究所やトーマス・ジェファーソン国立加速器施設が行ないました。さらに、ローレンス・バークレー国立研究所やアルゴンヌ国立研究所は、アンジュレータの設計を担当。ミシガン州立大学の希少同位体ビーム施設もプロジェクトのパートナーとなっています。
現在までにクライオモジュールの加速空洞の約95%が製造されており、すでに10台のクライオモジュールがSLACに運び込まれたそうです。
さまざまな分野での活用が期待される
LCLS-II-HEは、2030年までにアップグレードが完了する予定ですが、早ければ実験は2027年に開始される可能性があります。
LCLS-II-HEの開発によって、非常に多くの分野での科学的研究の進歩が期待されています。この装置が生成するX線は、分子レベルの極小のスケールで起こる反応を鮮明に観測し、それらに対するより深い洞察を得られるようになるでしょう。
Dunne氏は直近のLCLSのビームタイム使用状況について述べた中には、材料工学、触媒化学、天体物理学、原子・分子・量子に関する科学、核融合、生物科学などがあり、これだけでも幅広い分野をカバーしていることがわかります。
アップグレードされたLCLSによって得られる恩恵は、エネルギー供給網や宇宙に関する理解、コンピューターやインターネットなどなど、私たちの生活にまつわるほとんどの分野で受けられることになるでしょう。さらに、アップグレードにより、マシンラーニングやそのほかのAI・人工知能による手法を用いて加速器を調整することでパフォーマンスが向上し、生成されたデータを分析するとのこと。これにより、大量のデータが生成され、その量は1秒あたり約2GBから1秒あたり約1,000GB以上に跳ね上がることになります。
このデータ量とその処理についてDunne氏は以下のように説明しています。
データ量について具体的に説明すると、典型的なオンラインムービーは約1GBなので、1秒間に1,000本分のムービーに相当するデータの処理をリアルタイムで実行することになります。
この処理は、いうなれば1,000本のムービーのすべてのフレームをちょっとした変化までを調べるようなものです。
これを対処するために、そのなかから重要な情報を抽出し、データを可能な限り圧縮できるインテリジェントデータシステムを開発しているというわけです。
原子レベルで世界や宇宙のあらゆる面を分析すると、1日あたり1ペタバイトを超えるデータが生成されるそうです。そのすべての情報を管理するための計算システムが必要になるということです。
先述のようにLCLS-II-HEの完成はまだ先ですが、数年のうちに強化されたX線自由電子レーザーが使用可能になる予定とのことです。あらゆる分野のあらゆるものの解像度が上がり、研究がどんどん進歩していく、そんな未来がもうすぐやってくるかもしれないということです。
10/03 22:00
GIZMODO