断水の続いた珠洲市、七尾市に手洗いスタンドを設置、ソフトバンクが「ビジネス」として挑む社会課題の解決とは?

ソフトバンクはWOTAやパートナーと共に石川県の珠洲市や七尾市に、WOTA BOXや水循環型手洗いスタンドの「WOSH」を設置
写真提供:共同通信社

 日本を代表する通信キャリアの一つ、ソフトバンク。だが、同社の事業は通信だけではない。日本の企業、そして日本社会の変革を側面から支援するエンタープライズ事業(法人事業)が成長を続けている。本連載では、『ソフトバンク もう一つの顔 成長をけん引する課題解決のプロ集団』(中村建助著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。多くの関係者への取材に基づき、ソフトバンクの次世代の成長の原動力となる法人事業の概要、目指す未来、企業文化に迫る。

 第6回は、水インフラとヘルスケアという大きな社会課題に切り込むソフトバンクの奮闘を紹介する。
(文中敬称略。社長、CEO/COOに関しては代表取締役を、所属部門が複数階層に及ぶ場合は一部を省略したケースがあります。本書は、役職、組織名などに関して、予定を含め2024年2月末時点で公開された情報を基にしています)

<連載ラインアップ>
第1回 世界初でANAがiPadを大量導入、ソフトバンクが支える航空会社のDXとは?
第2回 孫正義の「タイムマシン経営」の気風が生きる、ソフトバンクの法人事業の原動力とは?
第3回 ソフトバンク式、EXを圧倒的に向上させる「DW4000プロジェクト」とは?
第4回 ソフトバンクの本社東京ポートシティ竹芝、フルスペックの5Gを使ったスマートビルで何ができるのか?
第5回 「これからは一切通信サービスを売るな」ソフトバンクDX本部の新たな事業の発想とは?
■第6回 断水の続いた珠洲市、七尾市に手洗いスタンドを設置、ソフトバンクが「ビジネス」として挑む社会課題の解決とは?(本稿) 
■第7回 2万人の従業員にソフトバンク版AIチャットを導入、全社員を巻き込んだ生成AI活用コンテストとは?(9月30日)

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■ 水インフラの常識を覆す離島での挑戦

 実は深刻であるにもかかわらずあまり意識されていない社会課題が存在する。「水」にかかわる問題がそうだ。

 水が豊かだと言われる日本に住んでいると意識することはほとんどないが、世界では水は貴重な資源だ。世界気象機関(WMO)によれば、2020年の時点で20億人以上が安全な飲料水を利用できない国に住んでいる。

 日本の水もリスクを抱える。人口が減少し水の利用量が減っていくなか、過疎自治体を中心に水道事業は慢性の赤字となっており、毎年数兆円の税金が投入されている。インフラにしわ寄せが生じており、厚生労働省によれば、2018年の時点で40年以上使用されている老朽化した水道管は全体の20%を超え、年々増加している。

 自治体も国も問題は把握しているが、明確な対策を打ち出せないのが現状だ。ソフトバンクは、資本業務提携した日本のスタートアップであるWOTAと共にこの問題に挑む。

 WOTAは独自の水処理自律制御技術で開発した小型の 「小規模分散型水循環システム」を提供する。使った水の98%以上を再生することが可能だ。同社の提供する「WOTA BOX」は、大型の旅行ケース程度の大きさでチューブと電源コンセントをつなげば利できるポータブル水再生システムだ。テントなどの拡張ユニットを組み合わせれば簡易シャワーとしても利用できる。

 老朽化する水インフラ問題だけでなく、水循環システムは災害時の水供給、従来は水インフラシステムの構築が難しかった離島などでも有効だ。

 2024年元日に起こった能登半島地震によって、1月10日を過ぎても被害の大きかった地域では断水が続いた。ソフトバンクはWOTAやパートナーと共に石川県の珠洲市や七尾市から、WOTA BOXや水循環型手洗いスタンドの「WOSH」の設置を開始した。WOTA BOXはテントと組み合わせてシャワーとして使う。通常なら2人分の水量で100人がシャワーを利用できる。指定避難所や医療施設など能登半島全域に約300台を設置した。可搬型という特長を生かし、水道の復旧状況などに合わせて配置場所を変えながら、WOTA BOXとWOSHによる支援を継続した。

 WOTAは災害時だけでなく、日常の水問題の解決にも着手している。住宅から出る全生活排水を再生循環する住宅向け小規模分散型水循環システムの開発を進めており、島しょ地域や過疎地での試みも始まっている。2022年10月、ソフトバンクとWOTAは、ガス事業などを手がける北良と東京都の離島である利島村との4者間で「新たな水供給システムの構築に向けてオフグリッド化された住環境の検証に係る合意書」を締結した。

利島村に設置しているオフグリッド型居住モジュール
出所:ソフトバンク

 大島と新島の間に位置する利島村は川や大型の貯水施設がなく水源に乏しいうえ、海水淡水化装置の故障などによる断水のリスクを抱える。給水原価も高い。4者は、島内にWOTAの水循環システムをつないだ電力の自律供給可能な住居を設置し、一定期間にわたって人が暮らすことで、実用に適した仕様や運用のあり方などを探る考えだ。2023年6月から実証実験はスタートしており、日常生活を営める安定的な水の供給を実現している。

 WOTAの水循環システムは、利用が拡大するほど、各所でのデータの収集・蓄積・分析が進む。水処理効率は継続してアップデートする。

■ 水はインフラのラストフロンティア

 ソフトバンクが法人事業でWOTAにかかわることになるまでには何人かのキーパーソンがいた。現在も同社にかかわり続けている人物にDX本部次世代インフラ事業推進部課長の上野明理がいる。

DX本部次世代インフラ事業推進部の上野明理課長
出所:ソフトバンク

 DX本部で通信の次の柱となる事業を探すなかで「社会課題を解決し、かつ規模の大きなビジネスはインフラ関連しかない」と考えた上野たちが目を付けたのが水だった。ソフトバンクはすでに通信事業に加え、子会社のSBパワーなどと電気小売事業を手がける。上下水道の老朽化などの問題が指摘され始めた水は喫緊に解決すべき社会課題と思えたという。

 こんな意識を持つなかで出合ったのが、東京大学発のスタートアップ企業のWOTAだった。同社の掲げるビジョンと技術力に可能性を感じ、水インフラ事業への参入を目指して、WOTAとの資本・業務提携に動いた。社会的意義は理解されたものの、当初は未経験の領域だということで社内の説得に時間がかかったが、事業の社会的意義を何度も経営層に伝え、了解を得た。

 2040年には地球の淡水が40%以上不足する可能性がある。上野たちは事業としてWOTAを軌道に乗せるだけでなく、世界の水問題解決に向け共に奮闘している。

■ アプリでヘルスケアをアップデート

 高齢化とともに増大する社会保障費も避けることができない社会課題だ。2020年時点で、国民医療費の公費負担額総額は16兆5000億円弱に達する。医療従事者の過重労働問題も話題に上る。

 ソフトバンクは、オンラインを最大限に活用して医療やヘルスケアを効率化し、ビジネスとしてこの課題の解決に当たろうとしている。この領域で成果を上げつつあるのが、子会社であるヘルスケアテクノロジーズであり、同社によるスマホアプリの「HELPO」だ。

 中途入社でDX本部に配属された経歴を持つヘルスケアテクノロジーズ社長兼CEOの大石は「社会課題の解決」というDX本部のテーマに対して「課題の大きさを考えれば、ヘルスケア・医療こそが真っ向勝負すべき領域」と感じていた。ソフトバンクとして未経験の事業を具現化するため、何度となく大義を含めて経営会議で説明し、1年ほどかけて了解を得た。

ヘルスケアテクノロジーズの大石怜史社長兼CEO
出所:ソフトバンク

 サービス開始当時のHELPOは、チャット形式での健康相談に対応したアプリだったが、同社と提携するクリニックの医師によるオンライン診療や服薬指導まで提供できるようになった。医療機関の検索も可能だ。心身の不調を感じたら、わざわざ病院に出向かなくてもHELPOにチャットで問い合わせればいい。

HELPOのトップ画面とチャットのイメージ
※2024年2月時点で提供中のアプリ画像です
出所:ソフトバンク
拡大画像表示

 健康相談チャットには医師、看護師、薬剤師といった専門チームが24時間365日体制で対応し、30秒程度でなんらかの反応が返ってくる。やり取りを重ね、必要に応じて提携している医療機関とのオンライン診療につなぐ。未病の領域の問い合わせであれば、運動促進やサプリ、漢方などを勧めることもある。

 大石は「日本では皆保険が成り立っているように見えて成り立っていません。医療費のうちの16兆円ほどを国が補塡しています。負債を次の世代に回さないためにも、病気にならない、病気になっても早めに対処し重篤化しないようにすることは非常に重要だと考えています」と話す。

 個人でも利用できるが、HELPOが狙うのは企業が従業員向けに提供する福利厚生や自治体が住民に提供する健康関連サービスでの利用だ。オンラインなので利用する場所を選ばないのもメリットだ。海外駐在員とその家族に対するメンタルヘルスのサポートなどの導入も検討中だ。すでに複数の企業にとどまらず、自治体、健康保険組合がHELPOを導入した。着々と実績は積み上がりつつある。

 ソフトバンクの社用スマホにもHELPOはインストール済みだ。同社社員は「病院に行くほどではないが体調が気になる場合に気軽に使えます。市販薬やサプリを案内された時は、HELPOで購入まで済むので本当に便利です」と話す。

 2021年6月に開いた法人事業説明会で、営業本部長として長年の経験を持つ専務執行役員法人副統括の藤長国浩は「医師や患者のみなさんの課題をDXで解決するのがHELPOです」と言い切った。

 オンラインを通じたヘルスケアへの関心は高まる一方だ。ウェルビーイングの領域の新サービス創出を目的に、2023年10月には、ソフトバンクの100%子会社だったヘルスケアテクノロジーズと住友生命が資本・業務提携した。

<連載ラインアップ>
第1回 世界初でANAがiPadを大量導入、ソフトバンクが支える航空会社のDXとは?
第2回 孫正義の「タイムマシン経営」の気風が生きる、ソフトバンクの法人事業の原動力とは?
第3回 ソフトバンク式、EXを圧倒的に向上させる「DW4000プロジェクト」とは?
第4回 ソフトバンクの本社東京ポートシティ竹芝、フルスペックの5Gを使ったスマートビルで何ができるのか?
第5回 「これからは一切通信サービスを売るな」ソフトバンクDX本部の新たな事業の発想とは?
■第6回 断水の続いた珠洲市、七尾市に手洗いスタンドを設置、ソフトバンクが「ビジネス」として挑む社会課題の解決とは?(本稿) 
■第7回 2万人の従業員にソフトバンク版AIチャットを導入、全社員を巻き込んだ生成AI活用コンテストとは?(9月30日)

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