衝撃的な進化、テスラの自動運転システムから「数十万行のプログラムコード」が消えた理由

アスタミューゼ イノベーション創出事業本部&データ・アルゴリズム開発本部 エグゼクティブ・チーフ・サイエンティスト 川口伸明氏(撮影:内藤洋司)

アスタミューゼ イノベーション創出事業本部&データ・アルゴリズム開発本部 エグゼクティブ・チーフ・サイエンティスト 川口伸明氏(撮影:内藤洋司)

 OpenAIの最新AIモデル「GPT-4o」(ジーピーティーフォーオー)を筆頭に、生成AIが驚異的な進化を遂げている。一方で、2045年頃に「シンギュラリティ(技術的特異点)」が到来しAIが人間の脅威になるのではないかと懸念する声も聞かれる。人類は今後、AIとどう向き合うべきなのか──。2024年4月に著書『2080年への未来地図』(技術評論社)を出版したアスタミューゼ イノベーション創出事業本部&データ・アルゴリズム開発本部 エグゼクティブ・チーフ・サイエンティストの川口伸明氏に、シンギュラリティを迎える前に知っておくべきテクノロジーの最新動向と未来像について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】衝撃的な進化、テスラの自動運転システムから「数十万行のプログラムコード」が消えた理由(今回)
■【後編】自ら訓練して未知の作業も修得、Google DeepMind「RoboCat」が示すAIロボットの驚くべき未来

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人類が向き合うべき「人口増大の終焉」

──著書『2080年への未来地図』では「統計解析」「データドリブンSFプロトタイピング」などの手法を用いて「未来の世界像」を描いています。「2080年」にはどのような時代が訪れるのでしょうか。

川口 伸明/アスタミューゼ イノベーション創出事業本部&データ・アルゴリズム開発本部 エグゼクティブ・チーフ・サイエンティスト

1959年4月、大阪生まれ。大阪府立天王寺高等学校卒、東京大学薬学部・大学院薬学系研究科修了。博士号取得直後に起業、地球環境問題などの国際会議プロデューサーや事業プロデューサーを経て、知的財産戦略コンサルティングの世界へ。2011年末よりアスタミューゼに参画、同社コンサルティング事業の初期メンバーとして、特許スコアリングなど多変量解析に基づく各種評価指標やロジックの策定、有望成長領域や解決すべき社会課題などの分類軸の策定、技術・研究・事業にわたる定量的価値評価や独自のデータドリブンSFプロトタイピングなどの分析手法の確立などで中心的役割を果たす。AI、バイオ、安全保障など分野を問わず企業の新規事業創出や研究機関の研究テーマ策定支援、行政の調査研究・施策提案のほか、大学や高校での授業を含め、講演やワークショップなどでも奮闘中。おもな著書は『2060未来創造の白地図』(技術評論社/2020年)、『人工知能を用いた五感・認知機能の可視化とメカニズム解明』(共著、技術情報協会/2021年)ほか多数。

川口伸明氏(以下敬称略) シンギュラリティ(技術的特異点)は2045年頃に訪れると言われてきましたが、今では「もう少し前倒しになるだろう」と多くの専門家が予想しています。

 私は、AGI(汎用人工知能)は2020年代後半にも登場し、ASI(人工超知能)が出現する2030年代後半が、シンギュラリティの始まりになると考えています。しかし、それによって世の中がすぐに変わるわけではありません。新たなテクノロジーが登場し、人々の生活やビジネスに浸透するまでには時間が必要です。

 対応するデバイスやインフラの開発、法整備、生命倫理の課題などを解決し、シンギュラリティが広く文化受容されるまでには、ChatGPT以降に生まれた「AIネイティブ世代」が生産年齢人口の中核を占めるようになる2060年くらいまでかかると思います。

 その後は急速にAGI・ASIの活用が進み、2080年代に入ると「ヒューマン・オーグメンテーション(人間の可能性が広がる)時代」が訪れると予想しています。

 著書でも述べていますが、シンギュラリティの主語は「AI」ではありません。主語はあくまでも「人間」なのです。

「AIが人間を支配する恐れはないのか」という論点ではなく、AIやナノテク、バイオテクノロジーなどの先端科学技術を使うことで「生物学的な(脳、遺伝子、身体性などによる)能力の限界を超えられるようになった人間が何をすべきか」という問いこそが重要になります。

 例えば、人間は地球に真っすぐ向かってくる小惑星を感知できませんが、AIを使えば予測できる可能性があります。宇宙からの脅威だけでなく、医療や戦争、災害、気候変動など、人間の能力だけでは解決できない問題についても、テクノロジーによって解決の糸口を見つけられるかもしれません。

 シンギュラリティを迎えた先端技術を総動員して、人間が解決できなかった問題に「どのように立ち向かうのか」、さらには「どのような世界をつくるのか」「どのような未来にしたいのか」といった問いを本書で投げかけています。

 そして、国連人口推計などから「2080年代後半には人口増大が終焉する」と予想されています。この頃には世界中で少子高齢化が進み、世界人口がどんどん減っていく「全地球的人口オーナス期」に入るため、今までの人口増加による生産・消費需要を前提とする社会や経済の成長モデルが通用しなくなることはほぼ確実でしょう。

 だからこそ、2060年代までに登場しているはずのテクノロジーをフル活用して、全く新しい社会・経済システムを作り、人口減少後の世界に備えておかねばなりません。シンギュラリティと人口減少、これらの事態にどう備えるか、ということが本書のテーマです。

スタンフォード大学のAI研究所が示した驚きのレポート

──生成AIの進化が著しい一方で、「事実ではないことを述べる」「物事の意味を理解していない」といった批判的な指摘も見られます。こうしたネガティブなイメージを拭うことは難しいのでしょうか。

川口 生成AIに対するネガティブなイメージは「ハルシネーション(誤情報の生成)」や「重要情報の流出」「著作権の侵害」といった問題に加え、高度な人工知能が「人間は存在しない方がよい」といった結論を導き出すなど、実にさまざまです。

 もちろん、これらのリスクは管理しなければなりません。その一方、人間だけでは解決できない問題が存在することは事実ですから、優れたAIが人類の諸問題を解決できる可能性があることにこそ着目すべきです。

 人間では解決できない問題でも、AIを使えば解決の手がかりを見つけられたり、計算によって解決できたりすることがあるはずです。AIのリスク管理も重要ですが、それ以上に人類の存続を左右する大きな課題の解決を優先する方が重要ではないでしょうか。 AIの精度に疑問を持つ声も少なくありませんが、昨今のAIの進歩には目を見張るものがあります。

 例えば、スタンフォード大学のHAI(人間中心AI研究所)が2024年4月15日に発表した「AI Index Report 2024」(AIに関する動向をまとめた年次調査レポート)によると、画像分類や視覚的推論、英語理解など、いくつかのベンチマークにおいてはAIが人間の専門家の平均値を上回っています。数学能力は現時点では、人間の専門家の方が優れていますが、AIは急速に能力を伸ばしており、AIが数学者を超えるのは時間の問題だと思います。

 シンギュラリティの本質は「人間に害をなす危険なAIが出てくること」ではなく、「人間が生物学的限界を超えるためのAIが登場する」ということです。そして、そのAIは人間が抱いている不安以上に、さまざまな問題を解決できる可能性を秘めている、と理解しなければなりません。

テスラやAppleも注目する「AIエージェント」の存在

──AIの可能性が大きく広がっていますが、ポジティブに活用していく上でどのような動向に注目すべきでしょうか。

川口 例えば近年、AIを群化して使う「Swarm AI」が注目されています。その一例として、分かりやすいのがドローンです。上空を舞う数百個から数千個のドローンが美しい球体を作ったり、乱れることなく群飛行したりする様子をオリンピックの演出などでご覧になった方も多いのではないでしょうか。

 AIを群化して活用する手法は、それぞれのドローンに搭載されたセンサーが互いにデータを送受信して処理する、という極めてシンプルなものです。AIの技術水準としては決して高いものではありません。

 しかし、このAIを群化させることで面白い使い方ができるようになります。これは一つ一つのドローンに動きを命令しているのではなく、ドローン同士が情報交換をしながら自律的に一定の距離を保ったり、どの方向に動いたりするかをAIで制御したりするものです。

 中央集権的に誰かが指示をするのではなく、AIが自律的・協調的に次のアクションを決めて反応することで、これまでに実現できなかったことを形にしているのです。

──AIが自律的に働く動きは今後も広がりを見せるのでしょうか。

川口 自律的にタスクの遂行を行うソフトウエアも登場していますから、その可能性は高いでしょう。例えば、人間の介入なしに特定のタスクを実行する「AIエージェント」です。

 2024年2月に発表された米テスラ社の運転支援システム「Tesla FSD(Full Self-Driving)Beta 12.1.2」は、これまで数十万行記述されていたプログラムコードを、何百万本ものビデオクリップで学習したニューラルネットワークに置き換えました。

 これにより周囲の交通の流れや道路、環境条件、制限速度など走行中の状況に応じて、リアルタイムかつ自律的に走行速度を決定する「空間知能」的な機能を実現しています。つまり、実際の状況に応じた自然な運転が可能になったと言えます。今回のTesla FSDは、自律的エージェントの一種であることから、「クルマのAIエージェント化」に向けた第一歩になるでしょう。

 また、2024年6月には米アップル社が独自の人工知能「Apple Intelligence」を発表しました。これは文章や画像の生成だけでなく、ユーザーの行動を理解し、AIによって作業を省力化・簡略化するというものです。将来的には、この機能が標準搭載された「エージェントiPhone」「エージェントAppleVision」への進化が期待されます。さまざまな場面でAIエージェントが存在感を高めており、目が離せないテクノロジーの一つと言えます。

【後編に続く】自ら訓練して未知の作業も修得、Google DeepMind「RoboCat」が示すAIロボットの驚くべき未来

■【前編】衝撃的な進化、テスラの自動運転システムから「数十万行のプログラムコード」が消えた理由(今回)
■【後編】自ら訓練して未知の作業も修得、Google DeepMind「RoboCat」が示すAIロボットの驚くべき未来

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