石破新政権に「安倍カラー」払拭を期待する韓国

2003年3月、当時は防衛庁(現・防衛省)長官だった石破茂氏が、南北朝鮮をつなぐ京義線鉄道で、韓国側で軍事境界線寄りの都羅山駅を視察している(写真・時事)

岸田文雄首相の後継を決める自民党総裁選で、2024年9月27日午後、石破茂・元幹事長(67)=無派閥=が第28代総裁に選出された。10月1日召集の臨時国会で、石破氏は第102代首相に選ばれる。

これに胸をなで下ろしているのが、尹錫悦大統領をはじめとする韓国政府の関係者たちだ。石破氏の当選というよりも、高市早苗・経済安全保障相(63)=無派閥=を首班とする政権を何とか避けられた、というのが本音だろう。

尹氏と盟友といえる関係を築いた岸田氏が退陣し、強い「岸田ロス」状態にあった尹政権だが、石破政権の発足に、新たな希望のあかりがともりつつある。

「歴史認識のハト派」政権の誕生と報道

「1回目の投票の地方票が、石破氏より高市氏に多く出た時は、駐日大使館の予想が早くも外れていて、もうダメかと思った。決選で石破氏が逆転した時は、思わず、やったと叫んでしまった」

自民党総裁選が終わって数時間後、日本通の韓国政府関係者は、電話越しながら興奮気味に喜びを語った。

別の韓国政府当局者は石破氏の選出後、メディア向けにすぐ「新たに発足する日本の内閣と緊密に連絡をとりあい、韓日関係の肯定的な流れを続けていくために引き続き協力していく」と表明した。

韓国メディアも次々に速報を配信した。正確には、臨時国会で選ばれてから首相に就くが、早々と「日本 次期総理に石破茂・元幹事長」(東亜日報)などと報じた。

また、「日本 次期総理に『韓日歴史認識のハト派』 石破茂」と、歴史問題で韓国に強硬な態度であたった安倍晋三政権とは違う認識を持つ政治家であることを強調する報道が目立った。

韓国政府で長く日本を担当してきた当局者やメディア関係者らが持つ石破氏のイメージを考えると、当然といえる伝えた方だろう。石破氏といえば、かつての歴史認識関連の発言を覚えている人が少なくないためだ。

例えば、通信社の聯合ニュースが配信した関連記事に如実に表れている。

2019年8月に安倍政権(当時)が韓国に事実上の経済制裁を科し、これに反発した韓国の文在寅政権(同)が、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の延長破棄を発表したことがあった。記事は、石破氏が当時、自身のブログにこのようにつづった、と紹介した。

「わが国が敗戦後、戦争責任を正面から直視しなかったことが多くの問題の根源にある」

「日本にとっても韓国にとっても、このままでいいはずがない。 何とか解決してかつての小渕恵三首相と金大中大統領の時代のような良い関係に戻ってほしいと思う人は少なくあるまい」

韓国側が抱くのは、安倍政権が終わった後も日本政府内に根強く残る「安倍色」を石破氏がどれほど打ち消し、かつての「親アジア」的な外交に戻してくれるかとの期待である。

「高市だけは勘弁」透ける本音

一方、高市氏はこれまでも歴史問題で韓国に厳しい言動が目立っていたが、とりわけ今回の総裁選を通じて、韓国政府が敏感だったのは靖国神社の参拝発言だ。

高市氏は今後の参拝について聞かれるたび、「内心、心の問題だ。これからも続けたい」「普段通り、淡々とお参りしていく」と述べ、首相に就任した後も参拝する考えを強調していた。

普段通りとなると、すぐ近くに控えるのは10月の秋の例大祭。韓国政府関係者らが、もし高市氏が勝利すれば、せっかくこれまで岸田氏との間で積み上げてきた緊密な関係が音を立てて崩れかねない、と危惧したのはいうまでもない。

靖国参拝関連では、石破、高市両氏とともに決選投票に進む可能性があると見られていた小泉進次郎氏にも、韓国側は警戒をゆるめなかった。

高市氏のように首相就任後の参拝を明言していなかったものの、選択的夫婦別姓を導入する法案の積極的な発言などで失った右派の支持をとりつけるため、靖国問題で帳尻を合わせるのではないかという懸念があった。

それに加え、韓国側に強く残るのは、父の小泉純一郎氏が現役首相時、韓国側の再三の要請に耳を傾けずに参拝を繰り返し、盧武鉉大統領(当時)との関係を急速に冷え込ませたという苦い記憶である。

岸田氏の思いに大統領が「GO!」

総裁選の結果は石破氏の逆転勝利となり、対日問題などで大統領の諮問役を担う関係者は「歴史認識問題では石破氏に不安はないどころか、むしろ岸田氏時代より良くなるとの期待が膨らむ。『岸田ロス』が広がっていた大統領周辺にとって、朗報であることは間違いない」と話す。

岸田氏は総裁選への不出馬を表明した後の2024年9月、尹氏に別れを告げに行くかのようにソウルを訪ね、首脳会談に臨んだ。日韓で異例の「電撃訪問」と受けとられたが、実際には同年5月にソウルであった日中韓首脳会談(サミット)の終了直後から、岸田氏は年内の韓国再訪に意欲をみせ、周囲に相談していた。

そのため岸田氏の退陣が決まるや、訪韓に向けた準備作業が始まったが、問題は受け入れるほうの韓国側だった。

2024年4月の総選挙で、尹政権を支える与党が歴史的な惨敗を喫した後、国会は野党勢力が主導権を握り、政府・与党が受け入れがたい法案を次々に突きつけている。

日本との外交関係の改善は尹政権にとって強調したい実績の1つだが、野党側は「売国外交」と攻撃材料に使う。岸田氏が「卒業旅行」よろしく訪韓することは、さらなる批判につながりかねない。

対日外交だけではない。尹氏の妻、金建希氏をめぐる数々の疑惑を野党側は追及しており、政権は相変わらずの低い支持率に苦しむ。さらに与党「国民の力」の韓東勲代表と大統領の間も冷え込み、難しい局面が続く。

そんな周囲の不安をよそに、訪韓受け入れを押し切ったのは、今度も大統領の尹氏自身だった。

同年9月の国連総会に尹氏が出席しない意向を固めつつあったことも、岸田氏の訪韓を後押ししたが、律義に最後のあいさつを対面でしようと考えてくれたことを意気に感じ、大統領室からゴーサインを出し続けた。

日韓で両トップの実績強調

首脳会談後、岸田氏を迎えた晩餐会で尹氏が「両国国民がいつにも増して活発に交流し、未来に向けた韓日関係の新たな歴史をともに描き続けている」と述べたのは、ほかでもなく両トップの実績を強調したいがためだろう。

先の韓国の「諮問役」は、岸田訪韓をこう評価する。「中長期的な韓国の国益としてはプラスだが、政権にとってはマイナスのほうが大きかったと言わざるをえない」。

この時点ではだれがポスト岸田を担うのかわからない中、両国関係の維持、発展に向けたしっかりとした道筋をつける意味は大きい半面、韓国内政の面ではリスクがつきまとうとの指摘だろう。

実際、尹政権に批判的なメディアは「退任控えた岸田首相の『手ぶら訪問』 国民の同意のなき外交は持続可能でない」(ハンギョレ新聞社説)などと厳しく論じた。

とにもかくにも石破政権の発足を控え、胸をなでおろす韓国政府ではあるが、歴史認識問題で悲観しないといっても、懸案がないわけではない。石破新政権に対して最も不安視するのは、日韓のメディアが伝える、今後の日米関係の行方だ。

とりわけ石破氏が訴える「アジア版NATO」には韓国でも賛否を含め、さまざまな意見が出ている。韓国外交省の幹部は「石破氏がどういう脈絡で話されているのか。アメリカとの同盟関係はどうなっていくのか。詳しく聞いてみないと何とも言い難い」と慎重な見方を示す。

発足以来、北朝鮮に対して強硬一辺倒であたってきた尹政権が、今後もこの政策を続けるためには、政治、安全保障両面での日米との連携が欠かせない。北朝鮮包囲網にたとえ寸分であっても、ほころびができることは何とか避けたい。

日米韓を結ぶ3つの線のうち、これまで最も弱かった日韓のラインが着実に太くなりつつあるなか、これからも足並みをそろえていけるのかどうか。

アメリカ新大統領選出をにらみつつ…

2024年11月に迎えるアメリカ大統領選の結果が、その最大のカギを握るのは間違いないが、その前に決まった日本の新政権はどう出てくるのか。

日朝対話のなりゆきを含め、韓国側は石破政権が歩みを進める方向を注意深く見守っている。

(箱田 哲也 : 朝日新聞記者)

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