金融庁が生命保険業界の「便宜供与」を実態調査

乗り合い代理店に対する生命保険会社の便宜供与(インセンティブ報酬)について金融庁が実態調査へ(編集部撮影)

金融庁が生命保険各社と乗り合い代理店との取引に関する実態調査に乗り出している。

調査の柱は、代理店に対する広告料の提供や出向者の派遣などによる過度な便宜供与の実態について。不正が続発する損害保険業界では、自動車ディーラーや企業代理店に対する過度な便宜供与や出向者を通じた情報漏洩が大きな問題となっている。生保業界でも同様の問題が起きていることから、調査を通じて取り締まりを強化する狙いだ。

金融庁が「便宜供与等」についての調査票を送付

金融庁は9月9日、業界団体の生命保険協会を通じて生保各社に「比較推奨販売を歪めうるような販売促進策や便宜供与等に関する各社への点検依頼」と題した調査票を送付した。

質問項目は、乗り合い代理店に支払う販売手数料の体系が合理的に顧客へ説明できるものになっているか、自社商品の優先的取り扱いを意図するような金銭(インセンティブ報酬)の提供があるか、など20近くに上る。

調査のきっかけとなったのは、「マネードクター」のブランド名で保険代理店事業を展開しているFPパートナーへの、生保各社による便宜・利益供与問題だ。

FPパートナーをめぐっては、マネードクターの店頭に掲示するディスプレイ(デジタルサイネージ)広告などで、一部の生保が実態とかけ離れた広告料を支払っていたり、FPパートナーの社員に対する商品研修会の費用の多くを、講師役となる生保側が負担したりという実態があった。

さらに、FPパートナーはそうした手厚い「支援」ですり寄る一部生保の商品について、社内での評価を最高で5倍に割り増しにするといった施策を7月まで実施。成績優秀者にはストックオプションを付与するとしていた。

しかし、複数の保険会社の商品を取り扱う乗り合い代理店には、顧客の意向を把握したうえで、複数の商品を比較したり、特定の商品を推奨する場合にはその理由を説明したり、といった「比較推奨販売」がルール(保険業法施行規則)として課されている。

顧客の最適な商品選択を阻害する恐れ

そのため生保による手厚い支援や便宜供与と、その内容に基づいたかのような代理店側の販売促進策は、比較推奨販売を歪め、顧客の最適な商品選択を阻害する恐れがあるわけだ。

金融庁は7月から、FPパートナーと取引する生保各社に取引状況の個別ヒアリングを実施。さらに調査票を送付して実態を調べていたが、比較推奨販売を歪める恐れが強いと判断し、生保各社に広告料の提供などについて事実上の見直しを要求。さらにFPパートナーに対しては関東財務局を通じて9月6日に、保険業法に基づく報告徴求命令を出している。

金融庁は9月6日、「マネードクター」の名称で保険代理店事業を展開するFPパートナーに対して、保険業法に基づく報告徴求命令を出した(編集部撮影)

生保へのヒアリング内容や調査票の回答と、FPパートナーの報告内容を精査し整合性がとれない場合は、FPパートナーに対して立ち入り検査に踏み切る可能性がある。

またFPパートナーは、生保のほかにクレジットカード会社などから見込み客の情報提供(リーズ)を受けて、カード会社との共同募集の形で保険を販売している。もし社内で割り増し評価を受けられる商品を優先的に推奨していた場合は、カード会員の最適な商品選択を阻害していた懸念がある。

そのため、会員の情報を提供している三井住友カードなどカード会社も今後対応を迫られそうだ。

金融庁による取り締まり強化に向けた動きはそれだけではない。

9月20日には、生保各社に代理店への便宜供与と、出向者の派遣状況などに関する調査票を送付している。9月9日付の調査票と一部内容が重複しているが、便宜供与については過去に取りやめたものを含めて詳細に回答するよう求めるなど、一段と踏み込んだ質問内容になっている。

金融庁は、今後の監督指針改正に向けた追加の調査だと生保各社に説明しているが、この調査のきっかけになったのも「FPパートナーだ」と大手生保のある役員は解説する。

FPパートナーへの広告提供などに関して調べを進める中で、億円単位の広告料の提供など一部生保が手厚い支援をしている乗り合い代理店が、FPパートナー以外にあることが判明。金融庁としても詳しく調べる必要が出てきたのだという。

アドバンスクリエイトとの取引について調査

その代理店とは、FPパートナーと同じく東証プライム市場に上場しているアドバンスクリエイトだ。同社はグループで「保険市場」という保険比較サイトを運営。サイトのトップページや商品カテゴリー別のページなどに生保各社の商品広告を掲載しているほか、再保険事業も手掛けている。

中堅生保のある幹部は「広告取引はSBI生命保険、ライフネット生命保険、アフラック生命保険、チューリッヒ生命保険、はなさく生命保険、なないろ生命保険あたりが多いと聞いている」と指摘。

さらに「過去に、保険市場への広告出稿を断ったら(アドバンスクリエイトでの)新規契約があからさまに減ったことがある。保有する医療保険の出再(再保険に出すこと)を断ったときも同様だった」と声を潜める。

ほかの販売ルートでは新規契約に大きな増減がなかっただけに、広告などの取引を断った影響と考えざるをえないという。広告や再保険の取引の有無が、比較推奨販売に影響を及ぼしている部分が少なからずあるということだろう。

FPパートナーへの便宜供与問題が取り沙汰された7月以降、金融庁が生保の動きに目を光らせる中で、一部の生保は取引の見直しに着手。東京海上日動あんしん生命保険とSOMPOひまわり生命保険の2社は、アドバンスクリエイトとの広告取引を見合わせる方針を決め、8月以降、その旨を同社に申し入れている。

また、広告出稿を営業部門で決裁していた生保では、広告出稿が宣伝効果だけでなく自社商品の優先的な取り扱いという営業上の効果も狙った事実上の便宜供与であると、金融庁に判定されるリスクが高まったと見て、営業部門から広告部門へ決裁権限を場当たり的に移す動きも足元で出てきた。

金融庁は現在、アドバンスクリエイトと生保の広告取引などの状況について、生保各社へ個別にヒアリング調査を始めている。そこに便宜供与に関する調査票も追加したことで、取引の見直しに動く生保は今後増えそうな気配だ。

アドバンスクリエイトの広告事業(メディア事業、メディアレップ事業)と再保険事業の売り上げは、2023年9月期で合計約46億円。全社売上高の45%を占める。生保による取引見直しの動きが広がった場合は、2025年9月期以降の業績に大きな影を落とすことになる。

またアドバンスクリエイトは足元で、財務上の火種を抱えている。監査法人から会計処理をめぐって、「再検証」の指摘を受けているのだ。

同社は保険契約から得られる将来の代理店手数料収入を見積もり、その割引現在価値(PV)の合計額を売り上げとして計上するという会計処理を採用している。簡単に言えば、向こう数年分の手数料収入を先食いするかたちで、「契約初年度に一括して計上する」(同社IR部門)イメージだ。

その現在価値の計算において「実態との乖離(かいり)が見られるため、見積りの再検証が必要である」と監査法人から指摘を受け、弁護士などに調査を依頼しているという。

アドバンスクリエイトは2002年に上場して以降、これまでに監査法人が4回変わっている。現在の桜橋監査法人に変わってからは10年以上同法人の監査が続いていただけに、今回、指摘を受けたときの戸惑いや衝撃は大きかったはずだ。

期末配当を無配にすると発表

指摘を受けてから3カ月近くたった今もなお、再検証の作業は終わっていない。再検証の結果によっては、配当の「分配可能額が確保できるか不明瞭」(アドバンスクリエイトの公表資料)であるため、9月18日には期末配当を無配にすると発表した。

またアドバンスクリエイトは、低調な保険販売や想定以上の解約の発生などで2023年9月期に17億円を超える最終赤字を計上し、財務体力が低下。今年6月に大和証券を割当先とするMSワラント(行使価額修正条項付新株予約権)を発行し、20億円前後の資金調達ができるとしている。

ただ、今後も投資家の期待を裏切るようなことが続けば、株価の下落によって行使価額が低下し、十分に資金調達できなくなる恐れがある。

金融庁による実態調査も相まって、FPパートナーとアドバンスクリエイトの大手2社に対する動向に、投資家の注目が今後一段と集まりそうだ。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)

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