異例ずくめの「総裁選」が映す自民党の崖っぷち感

(写真:ロイター/アフロ)

本日9 月 27 日に投開票を迎える自民党総裁選。立候補者が9人に上るという前代未聞の総裁選となり、連日のように報道された。事実上、次期の首相を決める総裁選はどのように行われるのか。今さら聞けない総裁選にまつわる素朴な疑問を元産経新聞政治部記者で、ロビイストの山本雄史氏に聞いた。

44 日間の“ロングラン公演”

――今回の総裁選は9人も候補者が出ていますが、過去の総裁選と比べても「異例」なのでしょうか。

2 つの意味で異例の総裁選になった。 1つは、9 人もの立候補が出たこと。これまで最多の2012年の 5 人を大幅に上回り、異例中の異例と言える。

もう 1 つは、期間が長期にわたること。9 月 12 日の告示から 9 月 27 日の投開票までの 15日間もこれまでで最長だが、小林鷹之氏が出馬表明した 8 月 19 日をスタートとすると、実に 39 日間。もっと言うと、岸田文雄首相が総裁選への不出馬を表明した 8 月 14 日が事実上の号砲だから、44 日間。大相撲の 3 場所分を超え、ライオン・キング並みの“ロングラン公演”だ。

――ちょっと空騒ぎ、というか、ショー的な要素を感じますよね。

告示日の 9 月 12 日以降は福島、沖縄などの地方各地での演説会や「国民の声に応える政策討論会」が行われたが、これはまるでプロレスや大相撲の地方巡業のようだ。告示前に各候補が次々に出馬を表明するのは、映画の上映前にXなどでキャストを小出しに発表するやり方を彷彿とさせる。

どれも候補者含め個々のプレイヤーが本能的に動いた結果だが、意図せずドラマチックになっている。討論会なども数も相当あり、その間、総裁選の報道がテレビや新聞をにぎわせ、人々の話題の中心になる。これだけ長期間のメディアの露出は自民党にとっていいことしかない。

総裁選の勝者が首相になるので、注目せざるを得ないし、注目することは全然悪くない。「自民党のニュースが多すぎる」という違和感を持つ人がいても不思議ではないが、制度として第一党のトップが首相になるので、それに注目するのは必然的。アメリカの大統領選も1年がかりでやっている。

日本の政治には結構民意が反映されている

――ただアメリカの場合は直接選挙で日本とは違います。党員が105万人と言われていますが、党員でない国民からは民意が反映されている感が薄い。

アメリカとは制度が異なる。日本の議院内閣制では、原則、多数の政党のトップが総理大臣になる。つまり日本の政治は政党が基本。「自民も維新も立憲も嫌だ」という人が多いが、ルールが政党単位なっている。だから、国会議員じゃない人は総理大臣になれない。ただ、選挙で政党は選ぶことはできる。

しかも、二院制の日本では世界的に見ても多いと言われるほど、頻繁に選挙がある。参院選は3年ごとに半数改選、その間に衆院選も入るし、各種自治体選挙も目白押しだ。

だから、民意は世間が思う以上に反映されている。総裁選は「自分たちに関係ない」という感じがあるのは、国民の1%しかいない、自民党員だけ総裁選における有権者だからだが、自民党自体は3年前の選挙で国民によって「選ばれた」政党だ。

――総裁選では国会議員だけでなく、「党員」も投票しますが、「党員」というのがややブラックボックス感がありますね……。

特に公開する義務もない。4000 円の党費を 2 年間払っている自民党員および党友(政党の外部の支援者)が選挙に参加できるのだが、そういう人たちは普段からメディアにも触れているので、広い意味では国民世論に引っ張られている。今回の総裁選をいろんな人が注目して、それがイコール監視になれば自民党員が"変な選択"をすることもなくなる。

党員は大きく「地方」の党員と「職域」の党員にわかれる。前者は、例えば地方の中小企業の経営者や農家の人などで、地元の市会議員や県会議員を応援しているような人。

後者は自民党を支持する業界団体や〇〇政治連盟などで、その代表例が小規模郵便局の局長で構成される「全国郵便局長会(全特)」。9 月 20 日に小泉進次郎氏が全特の幹部に党員票獲得へ支援を要請したことが報じられたが、それだけの影響力を持っているということだ。

業界団体とか、職域で構成されているので、当然男性比率が高い。それを特殊と見るかどうか。しかし、そういう人も町では生活している。例えば、車工場を経営している自民党員で、選挙になったら集会で応援するという、一般的な地方のオヤジさんがいたとする。でも、その人のお客さんが何党支持とかは関係ないし、当然、色々な人の意見は聞くわけだ。

かつては今の総裁選の仕組みはなかった

――そうするとかなり……

柔軟な人たちではある。経営者は冷静な方も多いので、ノリや勢いだけで投票をしたりはしないだろうと考えられている。そもそも、年間4000円も払うっていうのは世の中に対する意識も高いわけで、しかも郵便投票というのは結構な労力なのでいくつもの「リトマス試験紙」を通って投票するわけだ。

山本雄史(やまもと・たけし) ロビイスト。1978年、大阪府岸和田市出身。早稲田大学社会科学部卒。産経新聞政治部記者などを経て、2023年2月にロビー活動に特化した「ヤマモト・ストラテジック・ソリューションズ合同会社」を設立し、上場企業やスタートアップを中心に32社・団体のアドバイザー、顧問を務める。永田町・霞が関対策、自治体セールスをサポートし、法律改正や規制緩和を与野党の有力議員人脈を通じて実現している(撮影:尾形文繁)

――党員も参加するという総裁選の仕組みは自民党自体が決めたものなのですか?

この仕組みはもともとなかった。自民党ができたのが1955年だが、このときにはない。それまでは国会議員しか投票できなかった。党員が参加するという方式ができたのは1978年で、最初は「予備選」と言っていた。ロッキード事件や政治不信もあって、もっと世論を反映しなければ、という声が上がったことが背景にある。

1978年の時には、予備選挙で、なんとそもそもトップになる予定だった現職の首相、福田赳夫氏が負け、対抗馬だった大平正芳氏が勝ってしまった。そこで、福田氏は結局辞退することになる。この時に「天の声には変な声がある」といったのは有名な話だ。

――ただそこから50年間はアップデートされていない?

仕組みはだいぶ変わっている。国会議員票と党員票の割合とか。今回は半々だが、これはすごいことだ。

――その比率は誰が決めているんですか?

これは党内で議論する。2013年の石破幹事長時代には総裁選から党員の票数が大幅に増え、2015 年から国会議員と同数になった。これにはそれなりに民意を反映させようという思惑があるのだろう。

政治と金も問題をかなり深刻に捉えている

――討論会などもいつも以上にやっているという話がありましたが、結構必死になっている感じなのでしょうか。

多くの討論会が行われていて、そのほとんどが動画で視聴できるようになっているのは、自民党がそれだけ政治と金の問題が深刻で、次回の選挙で負けると思っていた証だ。だから何とか出直しを図ろうとしているのだろう。実際、は初めてだ。自民党は次の選挙への環境づくりを進めているとも言える。

ただ一方で、これだけ長くやることによって、受け答えが安定している候補者や議論が弱い候補者が見えてきている。世間に晒されるというのは大きな試練だ。

――そうですよね。ダメなところも見えてしまう。

候補者はみんな政策やビジョンを用意してきて、ベストを尽くしてやっている。総裁選の場合は知名度を上げられるし、成長もするという点で、何度も討論会に出るのは政治家にとっていいことだらけだろう。

――今回、事実上派閥がなくなりましたが、この影響は。

これはすごい影響だ。今までなこんなことがなかったから、議員たちはみんなかなり自由にやっている。だから今後、これまでの派閥とは違う新しいグループができる可能性がある。

例えば、今回小林氏を支持している人たちは政界では若手と言われる40代、50代が中心。この人たちはもともと派閥が違う人たちが多いが、小林氏を応援するという絆で結ばれている。

政治家になるような人たちが、自由に動くというのは、どういうことなのか。みんな勝手なことをするわけだ(笑)。今回、生き生きとしている感じをもし受けているのだとすれば、今回はかなり議員たちが、自由にやっているということだろう。

決選投票前の空気はなかなか異様

――今回の総裁選は1回目の投票で誰かが過半数を取るのは考えにくく、決選投票になるのは確実とみられます。決選投票では何がポイントとなるでしょうか。

決選投票のカギは議員票だ。もっと言うと、麻生太郎元首相、岸田文雄首相、菅義偉前首相の「キングメーカー」たちが最後に圧力をかけてくる。決選投票までの間に時間があり、みんな同じ会場にいるのでにらみつけたりとかして、圧力をかける。

――すごそうですね。

もっとも、彼らは決選投票までもつれ込むことを見越して、早い段階から「決選投票では○○候補に」といった根回しを水面下で済ませている。そのうえで、決戦投票が行われ、会場で「お前、わかっているよな?」と睨みをきかせたりする。

――総裁選に先立ち、9 月 23 日に行われた立憲民主党の代表選では元首相の野田佳彦氏が代表に復帰しました。このことは総裁選にも影響を与えるでしょうか。

影響している。野田佳彦氏は首相経験者でもあり、もともと論戦に強い。一対一で論争したときに、自民党が論戦に弱そうな候補者だったらどうしようか、という心理も働く。

政治はすべてが影響し合う。世論、マスコミ、野党。そして、事件も関係する。例えば、中国の深センでの児童刺殺も大きな外交の課題になっているので、こういうことも間接的に総裁選に影響してくる。

一方、立憲民主党も今回の総裁選の候補者の顔ぶれを見て、首相経験があり、論戦に強く安定感のある野田氏なら次の衆院選を戦える、と判断したのだろう。

首相に求められる「クオリティ」とは?

――今回の勝者は事実的に首相になるわけですが、どういうクオリティを持つ人が望ましいと思いますか。

国会で討論しても強い人、中国とかアメリカの指導者を相手にしっかり外交のできる人、あとは選挙に勝てる人。全部備えている人はいないが……。

(構成:堀尾大悟)

(倉沢 美左 : 東洋経済 記者)

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