専門家が指摘、福島の廃炉「2051年完了」は無理

日本原子力学会・福島第一原子力発電所(1F)廃炉検討委員会委員長の宮野廣氏。国が前面に立って廃炉に取り組むべきだと主張する(撮影:今井康一)
東京電力ホールディングスは2024年9月10日、過酷事故を起こした福島第一原子力発電所で燃料デブリ(炉心溶融した核燃料)の試験的取り出し作業に着手した。1回につき取り出す量は3グラム以下で、最大で4回の取り出し作業を実施する。
廃炉を進めるうえで、その意義はどこにあるのか。2011年3月の原発事故から30~40年で終わらせるという廃炉作業のスケジュールに現実味はあるのか。日本原子力学会・福島第一原子力発電所(1F)廃炉検討委員会委員長の宮野廣氏(元法政大学特任教授)に聞いた。

――東電が燃料デブリの試験的取り出し作業に着手しました。どこに意義がありますか。

試験的取り出しのための装置の研究開発の開始から取り出し作業の着手までに、5年ほどかかった。ようやくここまでたどり着いたという感じだ。

試験的取り出しの意義の1つ目は、これまで検討してきた方法によってきちんと取り出せるかを確認することにある。いわば、技術面での確認だ。2つ目としては、取り出すことで燃料デブリの組成や硬さなどの情報を得ることにある。これらを通じて課題を抽出し、今後の本格的な取り出しにつなげていくことに、今回の試験的取り出しの意義がある。

ただし今回、取り出せる量は1回につき3グラム以下ときわめてわずかだ。本来ならばもっと大きなものを取り出せればいいのだが、装置の製作自体が容易ではない。

相次ぐトラブル、管理体制の再構築が課題

――その試験的取り出し作業自体が難航しています。準備作業の段階では、取り出し装置のガイドパイプの接続の順番を間違えたにもかかわらず、東電も元請け企業もチェックしておらず、作業の中断を余儀なくされました。

取り出し着手前のことであり、問題の深刻度は、さほど大きくなかった。とはいえ、きちんとチェックする仕組みがあれば避けられたはず。その仕組みができていなかったのではないか。管理のやり方や手順確認の仕組みで失敗が起きている。

――福島第一原発では2023年10月以降、放射性物質の飛散や建屋外への漏洩、作業員の熱傷など重大なトラブルが4件も起きています。今回の接続順番間違えの確認不備との間に共通の要因はありますか。

起きている問題はそれぞれ異なるが、作業を進めるための手順書の確認が不十分だったのではないか。元請け企業が作った手順書の内容を確かめ、きちんとその通りに作業が実施されているかを管理することが東電の役目だ。東電の担当者がいちいち現場に出向く必要はないが、きちんと押さえておくべき管理上のポイントがある。トラブルが続くと、社会の信頼を失いかねない。

――9月17日には、取り出し装置の先端部分に装着されていたカメラなど、4つのカメラのうち2つが映らなくなりました。東電は取り出し装置を格納容器内から引き揚げ、原因を究明することになり、試験的取り出し自体が振り出しに戻った形です。

カメラ自体の問題なのか、あるいは途中のケーブルに何か問題があるのか、原因を特定する必要がある。ただ、燃料デブリをつかみ取る前の段階だったので、装置自体の汚染度合いは比較的低いと見られる。いい経験だと前向きにとらえ、問題点を把握したうえで、今後の作業に役立ててほしい。

――東電が燃料デブリ取り出しなどの廃炉作業を進めるに当たって依拠しているのが、政府が定めた「中長期ロードマップ」です。それに基づき、試験的取り出し着手をもって、「第3期」という本格的な廃炉作業に移行しました。政府の原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下、原賠機構)は、取り出し方法の案を提示するとともに、今後1~2年かけて東電が本格的な取り出しに向けて具体的な設計方針を示すように求めています。

みやの・ひろし/1971年東芝入社。原子力技師長などを歴任。2009年から2019年まで法政大学大学院客員教授。2014年から日本原子力学会・福島第一原子力発電所(1F)廃炉検討委員会(廃炉委)委員長。日本保全学会理事・顧問(撮影:今井康一)

燃料デブリの取り出しについては、溶け落ちて原子炉格納容器の底に貯まっているものを取り出すことが最終的なゴールになる。しかしその前に、格納容器の内部にあり、燃料集合体が収納されていた原子炉圧力容器の中に残っているものを取り出す必要がある。これらのほかに、高温になって飛び散り、格納容器の壁に付着しているものも回収の対象だ。

今、やろうとしている試験的取り出しというのは、格納容器の底に貯まっている燃料デブリを試しに拾い上げてみようというもの。他方で本格的取り出しのやり方は決まっていない。

本格的取り出しともなれば、燃料デブリの塊を取り出さなければならない。本来であれば、原子炉圧力容器や格納容器に水を張ったうえで、それらの上部から装置を入れて取り出すやり方が合理的だ。

本格的取り出し着手は2050年頃

――原賠機構が示した案では、格納容器の上部から取り出す方法のほかに、横から装置を入れる方法も示されています。また、原子炉建屋を新たに「船殻構造体」と呼ぶ構造物で覆い、水に漬けた状態で取り出すという大がかりな「冠水工法」も案として上がっています。

格納容器の横から装置を入れた場合、その上部の圧力容器内に残っているデブリの取り出しをどうするのかという問題がある。格納容器を構造物で覆う方法は前例のない、きわめて大がかりな工事になる。いずれの方法も課題がある。

――原賠機構は東電に、1~2年で具体的な工法の設計作業をするように求めています。果たしていつ頃に本格的な取り出し作業に着手できるのでしょうか。

私自身の見立てでは、最初の号機で本格的な取り出しに着手できるのは早くても2050年頃。準備作業にはそれなりの年月がかかるので、すぐにはできない。2050年あたりをターゲットにして、具体的な方針を示すことが現実的だろう。

――宮野さんは先ほど、格納容器の上部からの取り出し工法が最も合理的だと指摘されました。実際、作業を進めるうえで留意すべき点は。

前段階の作業として、原子炉建屋の最上階にある作業用フロアで、放射性物質による汚染を取り除かなければならない。格納容器や圧力容器の上部のフタを取り外す作業も必要だ。これらの機器は高濃度の放射性物質で汚染されている。そのため、取り出した後、使用済み燃料プールに入れて水で放射線を遮蔽して除染する。それから格納容器や圧力容器の中にある燃料デブリの取り出し作業に着手する。

その際、水を貯めることができれば安全に取り出し作業ができる。しかし、原発事故で、格納容器や圧力容器のあちこちに穴が空いている。止水がうまくできず、貯められない場合にどうするのか。気中で作業する場合には高放射線量下での作業となる。

空前の事故を起こした福島第一原発。廃炉作業は長い道のりに(代表撮影)

いずれにしても、格納容器上部から作業を進めたほうがやりやすい。そのためには、前段階として、使用済み燃料プールに入っている核燃料を先に取り出し、別の場所に移さなければならない。3号機ではすでに取り出しが終わっているが、1、2号機ではまだプール内に原発事故当時からの多数の使用済み燃料が残っている。

膨大な量の放射性廃棄物、その扱いは?

――燃料デブリを取り出しただけでは廃炉は終わりません。その後、建屋など構造物の解体、敷地の除染、取り出した燃料デブリやその他の放射性廃棄物をどこで処分するかという問題が残ります。この問題に関して、宮野さんが委員長を務める、日本原子力学会・福島第一原子力発電所廃炉検討委員会は「国際標準からみた廃棄物管理――廃棄物検討分科会中間報告――」と題した報告書を2020年7月に発表しています。

同報告書では、福島第一原発では燃料デブリおよび、そのほかのさまざまなレベルの放射性廃棄物を合わせた総量が約784万トンにも上るとの試算を明らかにした。その総量は、通常の原発1基(沸騰水型大型炉)の廃炉で発生する総量(レベル1~3放射性廃棄物の合計)の約1300倍にのぼる。これらの廃棄物をどう処理し、どこで最終処分するのかも大きな課題だ。

東電の試算では燃料デブリは約880トン、学会報告の見積もりでは約644トンとなっているが、建屋の解体などで発生する放射性廃棄物の総量ははるかに多い。学会では放射性廃棄物の扱いをどうすべきかについて問題提起した。なお、学会報告書の試算では、汚染された土壌は含まれていない。これらを入れると総量はさらに多くなる。

――国の計画では放射性廃棄物の処分も含め、遅くとも2051年までに廃炉を終えるとされています。

それは無理ではないか。先ほど述べたように、2050年頃までに初号機で燃料デブリの本格的取り出しに着手できればいいほうだと思っている。

それまでに原子炉建屋の周りの囲いをどうするか、取り出しのための装置をどこに据え付け、どこまで自動で進めるのかなど、決めるべきテーマがたくさんある。一生懸命頑張らないと前に進まない。

中途半端に燃料デブリを取り出した場合、単に燃料デブリを移動したに過ぎないことになる。長期保管をするためには密封性を確実にして保管するか、しっかり処理をして放射性廃棄物を分離し長期保管の形態にするか、いずれかの方策を取らなければならない。

――燃料デブリを取り出した後、建屋解体などの作業に着手するタイミングは。

学会の報告書では、すぐに解体に取りかかり、すべてを撤去するケース(即時撤去)、ある程度の時間を置き、放射線量が下がるのを待って取りかかり、一部を残置する方法(部分撤去・安全貯蔵)など、4つのシナリオについて分析している。廃炉の終了時期や放射性廃棄物の発生量はそれぞれ大きく異なる。

時間をかけた場合、放射能の減衰(次第に放射線量が減っていくこと)により、作業が容易になるという利点がある。放射性廃棄物の発生量も少なく抑えることができる。ただし、廃炉完了の時期は、100年先とか200年先といったオーダーになる。

東電任せにせず、国が前面に出るべき

――経済産業省が設置した有識者による「東京電力改革・1F問題委員会」(以下、東電委員会)の「東電改革提言」(2016年12月)では、燃料デブリ取り出しまでに必要な額として8兆円という数字を挙げています。これにはその後の放射性物質の処分費は含まれていません。

現在は東電が経営努力によって廃炉費用を捻出する仕組みとなっているが、廃炉作業がある程度進んだ段階で、国として財源をどうしていくのかを示す必要が出てくるだろう。

燃料デブリの取り出しなど廃炉の作業について、毎年の実施事項のフォローや実施の責任をフォローする仕組みができていない。いつまでにどこまでの作業を誰が実施するのか、そして誰に約束しなければならないのかについて、国はきちんと示すべきだ。

――福島第一原発の廃炉には途方もない年月がかかりそうです。今後の取り組み体制はどうあるべきだとお考えですか。

廃炉のために、1つの会社組織のようなものを作り、東電のみならず、国やメーカー、ゼネコンなどから人を集めるべきだと思う。東電任せにせず、日本全体でもっと積極的に取り組んだほうがいい。そして、廃炉で培った技術を世の中にもっと還元していく仕組みが必要だ。

福島第一原発は、すでに発電所として再活用する計画はなく、発電会社である東電に任せて整備することは適切ではない。国として福島第一原発の土地の利用計画をまとめ、そのうえで廃炉計画を立て、実施する仕組みや組織を作り、取り組むべきだ。

(岡田 広行 : 東洋経済 解説部コラムニスト)

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