これからの不動産の価値を決める"納得"の物差し

流山市の風景

「TX沿線でいちばん早く、一番高く売れる街に」を目標に掲げて数々の改革に取り組み、子育て世帯を中心に人気が高い千葉県流山市。写真は「流山おおたかの森」駅前にある森のまち広場(写真:adfuji / PIXTA)
既存の体制や価値観が崩れ、歴史的な大転換期にある現在。不動産の価値指標についても大きな変化の波が押し寄せようとしています。不動産コンサルタントで、さくら事務所会長の長嶋修氏は、本格的な人口・世帯数減少社会を迎える日本の土地資産額は大きく減少する、と話します。
激変する不動産の資産価値は今後どうなるのか。長嶋氏の著書『グレートリセット後の世界をどう生きるか: 激変する金融、不動産市場』より一部を抜粋、再編集し、3回にわたってお届けしています。本記事は2回目です。

不動産の価値指標が変わる

日本が長期にわたる本格的な人口減少局面に突入するのは誰しもご存じかと思います。

とはいえ、こうした人口減少局面では、全国一律に、まんべんなく人口(需要)が減り、平均的に不動産価格が下がるわけではありません。現実には次のように大きく三極分化します。

1. 人が集まるところ
2. 徐々に減少していくところ
3. 無人化するところ

1の「人が集まるところ」は人口減少といったメガトレンドをものともせず、今後も価格維持ないしは上昇を続けます。2の「徐々に減少していくところ」は年率2〜4パーセントの下落を継続。仮に4パーセントの下落を15年続けるとおよそ半値となります。

3の「無人化するところ」は文字通り価値ゼロどころか「お金を払っても引き取り手がない」といった状況となり、すでにスタートしているこの三極化が、人口減少ピークの2070年に向けてますますコントラストを強めていくといった状況となるでしょう。

不動産市場の三極化

(出所:『グレートリセット後の世界をどう生きるか: 激変する金融、不動産市場』)

こうした中、私たちは「不動産」とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。

テレビや新聞、雑誌、ネットなどメディアでよく取り上げられる「賃貸か持ち家か」「マンションか一戸建てか」「都心か地方か」「いつが買い時か、売り時か」「住宅ローンは変動か固定か」といった明快なテーマは、いつの時代でも一定のニーズがあります。

しかし、このような単純図式化された問いは、実は今となっては本質的ではなく、したがってあまり意味がないかもしれません。

それはなぜでしょうか。こうしたテーマは往々にして「経済合理性」を論じています。要は「損得勘定」です。

もちろん経済合理性は超重要。高く買うより少しでも安く買えた方がいいに決まっています。買ったそばから不動産の価値がダダ下がりしてX年後に無価値あるいはマイナス価値となってしまうより、価値が落ちない、落ちにくい方がいいでしょうし、筆者も日ごろその重要性を説いています。

注意したいのは、こうした「損得勘定を語る前提条件が大きく変わる可能性が高い」ということなのです。一般には論じられていない「古くて新しい指標」がこれから新たに加わり、スタンダードになります。

そこには「自治体経営力」「災害対応力」「省エネ性能」といった聞き慣れたワードがいっそう強調されるほか、「好き」とか「愛着」とか「コミュニティ」といった、一見損得とは対極にあると思えるようなワードが、経済合理的にも非常に大事になる時代がやってくるからです。

価値を左右する自治体経営力

たとえば「自治体経営力」。

どの自治体も例外なく、住民税や固定資産税をはじめとする税収(歳入)で賄われています。たとえば働き盛りの世代が多く流入する自治体では、税収もおのずと増加します。だからこそ自治体サービスもより充実させることができ、住みよい街が形成されるのです。

一方、若年層の流入がなく、高齢化が進む自治体では、税収も乏しく、高齢者向けのサービスに支出はかさみ、そのままいくとにっちもさっちもいかなくなります。

現時点では大きな差異がないように思える各自治体の経営ですが、団塊世代が一通りこの世からいなくなり、人口減少が進んだころはどうなっているでしょうか? 上下水道や道路・橋・公園といった設備・施設の修繕や更新もままならず、住みにくくなっている未来が容易に想像できるでしょう。

この手の話はある日突然現れるわけではなく、じわりじわりと進行するため事態に気づきにくく、前記事でも触れた「ゆでガエルのワナ」に陥りがちです。ゆっくりと進行する環境変化に慣れてしまい、気づいたころには取り返しのつかない事態に陥っているわけです。

多くの自治体が、財政についてオンラインで公開しています。過去10年くらいの歳出と歳入の推移やその内訳について眺めてみると傾向がわかります。

税収は増加傾向なのか、減少傾向なのか、歳出は増えているか減っているか、出入りのバランスはどう変化しているのかなど、お住まいの自治体の財政について調べてみてください。数字にそれほど強くない人でも、慣れればそんなに難しくないでしょう。

千葉県流山市では、2003年時点の歳入が400億円程度だったところ、2023年時点で800億円超と、なんと倍増させています。

増加の大きな要因は「市民税」「固定資産税」です。流山市はいち早く子育て政策を打ち出し、「母になるなら、流山市。」というキャッチコピーとともに高いPR力で評判を高め、働き盛りの市民を増やすことで税収を上げる努力を長年続けてきたからです。

目標は流山市をつくばエクスプレス(TX)沿線でいちばん早く、いちばん高く売れる街にすること。流山市では他にも「行財政改革」「市民自治」「街づくり」「オープンデータ」などの分野で成果を上げています。

ネット上には流山市の取り組みが数多く紹介されていますので、ご興味がある方はご覧ください。

こうした一連の大改革ができたのは、2003年に井崎義治現市長が就任してからです。井崎市長はアメリカで都市計画や地域計画に携わってきた専門家であり、だからこそ「自治体は経営である」ということをよくご存じであったのだと思います。

それで就任時から「流山市をTX沿線でいちばん早く、いちばん高く売れる街にすること」といった課題に取り組んでこられたのです。

多くの自治体でドラスティックな改革ができないのは、たいていリーダーである首長が「そもそも問題意識が低い」か、「やりたくてもできない」のどちらか。前者は論外ですが、本気で都市計画・自治体経営に取り組んでいる首長は残念ながら多くありません。

また「街を縮める」となれば、結果としてどこかの地域を切り捨てることになります。そうなると選挙に弱い首長は及び腰になり何もできないということに。選挙に強い首長であることが、改革ができる絶対条件です。

つまり良好な自治体経営は、首長や議員に投票する住民のリテラシーにかかっているわけですね。

下落する災害地域

「災害対応力」も重要です。

わが国ではこれまで多くの地震や水害に見舞われてきましたが、実は2019年の台風15号、19号を受け、損保大手各社が火災保険料の見直しをしています。要は「水害可能性のある地域は火災保険料が割高になる」というわけです。

ただし見直しといっても保険料が当初より最大1.2倍程度上がるといったレベルで、額にして数万〜10万円程度であることから、これで不動産の資産価格に差がつくというような、大きなインパクトはありません。

しかしこのような格差を、住宅ローンを提供する金融機関が始めたらどうなるでしょうか。

たとえば、これまでは5000万円の物件Aと物件Bどちらも担保評価の掛け目を100パーセントとしていたところ、水害可能性の低い物件Aはそのまま、水害可能性の高い物件Bは金融機関としてもリスクがあるため担保評価を70パーセントの3500万円としたら、とたんに物件Bの資産価格は大きく下落するはずです。

これは住宅を購入する人のほとんどが住宅ローンを利用するためですが、担保評価の低い物件Bを買うには物件価格の30パーセント、つまり1500万円の頭金を用意しなければなりません。こうなると購入できる人はかなり限られてきます。

したがって需要が大きく減退し、物件Bの価格はかなり下げないと売れないということになるでしょう。おそらく3000万円台くらいにしないと売れないのではないでしょうか。かたや5000万円、かたや3000万円と、今後は水害可能性の有無で大きな資産格差がつく可能性があるのです。

住まい探しは「金銭的に買える街」が主流だったが

また「建物の省エネ性能」も重要なポイントです。断熱性の高い住宅であれば長持ちし、長期的に資産として活用できるからです。

そして最後に「その街に暮らす人が、地域を愛しているか」も大事になってきます。戦後の高度経済成長期では、地方から出て東京など都市部で仕事を求め、都市近郊で住宅を求めるといった行動様式が主流でした。

住宅価格は当然ながら都市の中心部に近いほど高く、したがってよりリーズナブルな都市近郊の郊外へ住まいを求めるといった行動様式でした。

つまり「住みたい街」に住むのではなく「金銭的に買える街」に住んだわけであり、その際のバロメータとなるのは「都心部からの距離」「駅からの距離」であったりしたわけです。

その自治体がどんな経営をしているか、どんな特色があるか、どんなお店があるか、どんな人が暮らしているかといったことは、住まいを選択する際に念頭になかったというか、考慮する余裕もなかったでしょう。

首都圏で言えば東京都心部から30〜40キロ圏内。通勤時間がドアツードアで1〜1.5時間、もっと具体的に言えば国道16号線内外のたとえば、相模原・町田・大宮・柏・船橋といった、かつて「郊外ベッドタウン」と呼ばれたところです。

これらのエリアでは団塊世代を中心とする人口ボリューム層が、高度経済成長下で、地価上昇が永遠に続くとする「土地神話」のもと、「早くしないと買えなくなる」といった焦燥感にかられながら、こぞって住宅を求めました。

個性があり、暮らしていて楽しい街かどうか

多くの都市郊外はどこも似たような街並みで、駅前のロータリー周辺にはコンビニや牛丼屋にファストフード店、消費者金融など、どこも同じ顔ぶれの、特色のない景色が広がっています。

グレートリセット後の世界をどう生きるか: 激変する金融、不動産市場

そんな中においても、地元ならではの人気レストランや居酒屋などが点在するものですが、こうした「その地域ならでは」の店舗が今後も増える街は有望です。他と同じではなく、個性があるからです。

その街を愛するためには、どこにでもあるものではなく、個性があることが重要です。同様に、街並みや景観に対する意識が高い市民が多いとか、コミュニティ活動が活発であるとか、要素は何でもいいのですが、要は「個性があり、暮らしていて楽しい街かどうか」が重要であり、そうしたところに「愛着」は根付くものでしょう。

現時点ではそうした動きは散発的であり目立ちませんが、これから時間の経過とともに、街ごとの個性の違いが出てくるはずです。「無個性」というのもひとつの個性ですが、それがあまりにも多すぎれば問題ですね。

「愛される街かどうか」「その地域が好きで住んでいる人はどのくらいいるか」といった、一見損得とは対極にあると思えることが、暮らしの快適性や楽しさはもちろん、ひいては資産性に結びついてくるようになるでしょう。

(長嶋 修 : 不動産コンサルタント(さくら事務所 会長))

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