「額縁に足の小指ぶつけた」彼女が得た数々の教訓
女性の名前を山下瑞穂さん(仮名)としよう。
山下さんは1人暮らしで、趣味はゴルフ。4年ほど前に始めて夢中になったが、まもなくコロナ禍となり中断。昨年からようやく再開となり、ラウンドにも行く日も増えていた。その日は翌日のラウンドレッスンに備え、部屋でパターの練習をしていた。
「ゴンッ」と鈍い音がした
その晩は翌朝に備え、早めに就寝。ところが夜中にふと目覚めた。そこでパタークラブを出しっぱなしにしていたことに気づいたという。
「忘れたら大変!」と、山下さんは慌てて飛び起きると、パタークラブを手に取り、ゴルフバッグを置いてある玄関に急ぎ、向かった。そのさなかだった。
「ゴンッ」
鈍い音がした。
「痛ったぁ~~」
何かに足をぶつけたことがわかった。照明をつけると、ぶつけた足の先には額縁に入った絵画があった。
絵画は数カ月前に購入した、お気に入りの作家のもので、縦約120センチ×横約100センチと意外と大きい。リビングに飾ろうと思ったのだが、自宅に届くとサイズが大きすぎることがわかり、「次に引っ越すまでは」とあきらめて、廊下に立て掛けておいたのだ。
このとき山下さんの頭の中はゴルフ一色。また、暗闇だったことから、絵があることをすっかり忘れていた。結果、額縁に左足の小指を思い切り、素足の状態でぶつけてしまったのだ。
すごいことに、小指を額縁にぶつけてもなお、彼女の頭の中はゴルフでいっぱいだった。「万全の体調でラウンドしたいから、とにかく早く寝よう!」。そう思うと、痛めたところもよく見ずに、湿布もしないまま寝てしまった。
そして、朝。起きたときには小指に痛みはあったものの、小指に特に異変はなく、「打撲程度だろう」と軽く考えたという。
「痛みよりゴルフの楽しみのほうが勝っていたんですよね。ウキウキした気持ちでラウンドレッスンをスタートさせました」(山下さん)
ところが……。
赤黒く変わりはてた足の小指
ラウンドレッスンが後半にさしかかると、異変が起こった。
徐々に小指が痛み出し、やがて激痛に変わっていったのだ。山下さんは、ゴルフのコーチや一緒にまわっている仲間たちを心配させたくないという一心で、左足をかばいながらゴルフを続けた。
「え!?」
ラウンドを終え、靴下を脱いだ山下さんは言葉を失う。小指は皮膚の色が変わり、赤黒くなっている。足の甲は血管が見えないほどぷっくりと腫れ上がっていた。
「これはただごとではない!」と感じた山下さん。自宅に戻るとすぐに湿布を貼り、翌朝、整形外科クリニックを受診。レントゲン検査の結果、小指の骨にひびが入っていることが判明した。
診てくれた医師にラウンドレッスンの話をすると、「それが悪化の原因かもしれない」と指摘されたという。さらに「ひびくらいでよかった」という山下さんに対し、なかば「怒りモード」でこう告げた。
「ひびくらい? ひびは骨折と同じですよ? 軽く考えてはいけませんっ! 固定しないまま放置してしまうと、足指が変形するリスクがあるんですよ!!!」
さらに困ったことがあった。実は、3日後にはゴルフのラウンドが予定されていたのだ。「ひびが入ったからやめたい」とも思ったが、ラウンドには初めて一緒にまわるメンバーもいて、「欠席」とは言いにくい。
そこで医師から「ドクターストップ」がかかることを期待して、相談してみた。だが、医師はいいともダメとも言わない。
それどころか、「指が動かないようテーピングでしっかり固定すること」「必要に応じて痛み止めを飲むこと」「移動はカートにできるだけ乗るなど、無理をしないこと」を条件に、許可されたのだ。
「だから思い切って行くことにしました」と山下さん。
これぞまさに「ケガの功名」か?
その結果が何ともふるっている。なんと“今期最高のスコア”が出たのだ。医師の指示通り、足指にはしっかりテーピング。また、処方された鎮痛薬を念のために飲んだところ、足の痛みはゼロだった。
「左足に力を入れることはできなかったので、飛距離は出なかったけど、余計な力が入らなかったせいか、コントロールがよく安定していた」と山下さん。
足の痛みはその後、少しずつ良くなり、2回目の受診で「もう来院はしなくて大丈夫」と言われた。しかし、痛みが完全に消失するまでには3週間ほどかかった。その間は足指が当たるため、痛くてサンダルが履けないことが悩みだったそうだ。
おしゃれ番長の山下さんは、仕方なく普段はあまり履かないスニーカーで外出した。部屋の中では裸足で過ごしたという。
ひびや骨折の治りは人によって異なる。今回、ひびがありながらゴルフをするという強硬手段をとった山下さん。それでも、足の回復が早かったのは、「運動習慣や食事にも気をつけていたおかげではないか」と、ひそかに考えている。
「ゴルフだけでなく、昔から体を動かすのが好きでした。お酒はほどほどに。食事は筋肉維持のためにタンパク質を多めにとっています。早寝早起きも励行しています」(山下さん)
あれから3カ月――。ケガの原因となった絵画はいまも廊下に置かれたままだ。「ほかに置く場所がないんです。でも、また同じようなことになったら嫌なので、フットランプをつけようと思っています」(山下さん)。
総合診療かかりつけ医できくち総合診療クリニック院長の菊池大和医師によれば、山下さんのようにタンスや柱、いすの脚などに足の小指をぶつけ、クリニックにやってくる患者はけっこういるそうだ。
このようなケガでやってくるのは比較的若い人で、女性に多い。男性に比べ、女性のほうが家庭で過ごす時間が長いためなのかもしれない。骨のもろさとは関係ないそうだ。
ただし、ぶつけた翌日など早い段階で受診する人は少ない。
「1週間くらい経ってから、『痛みがよくならない』『足が紫色に腫れてきた』と言って受診されるケースが多いです。本当は翌日くらいに来てほしいんですけどね」と菊池医師。
それはなぜかというと、ひびが入っている状態で動くと、さらにひびが広がってしまう。結果、痛みもひどくなるうえ、完治までに時間がかかってしまうからだ。また、テーピングをせずに放置したままにすると、変形した状態で固まってしまうため、歩きにくくなるなど、後遺症が残ることもある。
山下さんも足をぶつけた翌日にゴルフのラウンドレッスンに行ってしまった。そのことが病状を悪化させた可能性もあるそうだ。
「骨が折れていても、あまり痛みを感じない人もいる。痛みの感じ方は人それぞれ。だからこそ、早めに受診してレントゲンを撮って確認してほしいです」(菊池医師)
ぶつけたときの応急処置は?
理想的な治療は、早期にテーピングなどでひびの入った部位を動かないように固定すること。足をつけると痛みがひどくなるような場合は松葉杖を使って、足を浮かせる。
痛みは2週間くらいでよくなるが、骨が完全につくまでは1カ月半くらいかかるという。
受診先しては、ケガも診療できる総合診療かかりつけ医か、整形外科ということになる。
また、ぶつけたときの応急処置としては「冷やすこと」が一番だ。
「ひびや骨折の痛みの主な原因は、骨からの出血(内出血)です。冷やすことで内出血が抑えられます。ハンカチなどでくるんだ氷を患部に当てるといいでしょう。直後は痛みが激しく、通常の湿布では効きにくい。市販の痛み止めの飲み薬もほとんど効果は期待できません」(菊池医師)
実は菊池医師もぶつけていた…
夜間にぶつけた場合、救急外来にあえて行く必要はなさそうだ。病院でもやることは「冷やすこと」と「テーピングの固定」くらいだからだ。
実は菊池医師も最近、部屋の柱に足をぶつけ、痛い思いをしたという。
「すぐに持っていた飲み物で冷やしました。以前も同じ場所にぶつけたことがあるので、柱の角にやわらかいスポンジを巻きました」(菊池医師)
思い当たる人はこうした予防策はもちろん、家の中で慌てずに行動することを肝に銘じたい。
(菊池 大和 : きくち総合診療クリニック)
(狩生 聖子 : 医療ライター)
09/22 10:00
東洋経済オンライン