深圳男児死亡事件「暴漢から身を守る」唯一の方法

深圳

男児が通っていた深圳の日本人学校では、警備が強化されている(写真:ロイター/アフロ)

9月18日、中国南部の広東州深圳に所在する日本人学校付近で、登校途中だった男子児童が中国人の男に刃物で腹部等を刺される事件が起きた。直ちに病院に搬送されたものの、痛ましいことに、翌日、亡くなったと発表された。

中国では、今年6月にも江蘇省蘇州で、スクールバスで日本人学校に通う生徒らが襲われる事件が起きている。

この事件を受けて、日本政府は中国本土9都市にある11校の日本人学校に通う生徒のための安全強化を図っているところだった。スクールバスの警備強化や、警備員の増員などが計画されていたが、その矢先に今回の事件が起きてしまった。

容疑者は現場で治安当局に逮捕された。深圳の日本人学校では、今週休校措置が取られている。日本企業も多数進出しているが、すでに帯同家族に対して帰国を指示するところも出始めているという。従業員の家族を守るために必要な措置であろう。

中国の「安全神話」は揺らいでいる

中国の治安情勢は、全般的に良いとされていた。

外務省の危険情報では西部の新疆ウイグル自治区とチベット自治区だけがレベル1「十分注意」となっているものの、ほとんどの地域では危険情報は発出されていない。

治安

外務省によると、中国のほとんどの地域が安全を意味する白色だ。しかし、刺傷事件が発生しているので、外出の際には警戒するように注意喚起も記載がある(画像:「外務省 海外安全ホームページ」より)

特に、日本人学校が所在するような大都市は、ことテロや凶悪犯罪について深刻な懸念があるとはみなされてこなかった。

統計上も、2023年の殺人事件発生率は、10万人当たり0.46件とされている。日本が10万人当たり0.7件近傍で推移していることを参照すると、かなり低いとわかるだろう。

ただ、ここ最近、こうした中国の「安全神話」に変化が生じていたのも事実である。たとえば、外国人を標的としていないため、日本ではあまり報道されなかったものの、今回と酷似した事件も何件か発生している。

たとえば、2023年7月には、広東省廉江市で25歳の男が刃物を持って幼稚園に押し入る事件が起きた。襲われた6人が死亡し、1人が負傷している。あるいは、今年5月にも、江西省貴渓市で45歳の女が小学校に侵入し、刃物で生徒らを襲撃するという事件も起きた。こちらは、2人が死亡し、10人が負傷した。

学校だけが標的となっているわけではない。同じく5月には、雲南省昭通市鎮雄で、病院に刃物を持った男が侵入し、受付付近で周囲にいた人々を刃物で襲った。こちらは、2人が死亡し、21人が負傷した。

他にも衝撃的な事件として報道されたものでは、今年3月に、10代前半の少年3人が、同級生の少年を殺害し、廃墟となっていた温室に遺体を埋めて遺棄したというものが挙げられる。

こうした事件を見てゆくと、中国の「安全神話」が全般的に揺らいでいると言うことができそうである。

「ローンオフェンダー型」犯罪の可能性

さて、我々日本人として問題なのは、外国人が被害者となる刺傷事件である。公表されているだけで、前述した事件も含め、日本人が被害者となる刺傷事件が今年3件も発生している。

・2024年4月 江蘇省蘇州 日本人男性が見知らぬ男に切りつけられて負傷
・2024年6月 江蘇省蘇州 日本人学校のバスを待つ親子が襲われ、守ろうとした中国人女性1人が死亡
・2024年9月 広東省深圳市 日本人学校に通う10歳の児童が刃物で襲われ、死亡

これに加え、6月には吉林省吉林市の公園で、アメリカ人の大学講師4人が切りつけられて負傷し、さらに助けに入った中国人1人も負傷するという事件も起きている。

今回の事件に限って言うと、事件当日が「柳条湖事件」の日と重なっており、関連を推測する向きもあるようだ。「柳条湖事件」とは、1931年に、関東軍が満州鉄道の線路を爆破し、満州事変に突入するきっかけとなった事件である。

こうした「記念日」は、朝から反日色の強い番組が放送される。ただ、日本政府の関係者や要人ではなく、非常に弱い立場にある小学生が狙われていることから、歴史的経緯を踏まえた攻撃であると言い切ることは現段階では難しい。

在中国日本国大使館

事件を受けて、在中国日本国大使館は微博(ウェイボー)にお悔やみのコメントを投稿した(画像:在中国日本国大使館公式アカウントより)

すると、今回の事件も、本年6月の江蘇省蘇州での事件も、外形的な観察からの判断ではあるものの、「ローンオフェンダー(ローンウルフ)型」犯罪(テロ組織に属さない個人による単独のテロ行為)だと見ることができる。

このタイプの犯罪は、散発的で、探知や予防が難しいことが特徴だ。

「拠点」ではなく、その「経路」の安全が問われる

こうした事件に、どう対応すべきだろうか。

私は、警視庁時代、在南アフリカ日本大使館に警備対策官兼領事として勤務していたが、その際に、ヨハネスブルグ日本人学校で在校生と先生に安全講話を行っていた。

既に知られているかもしれないが、南アフリカは治安がいいとは決して言えない。殺人や強盗、カージャックは日常茶飯事で、銃を使った犯罪も多い。そうした社会状況を反映して、日本人学校も、校舎や敷地内の警備はよく整備されていた。

ソフト面でも、緊急連絡網や危機管理マニュアルの整備、安全講話や避難訓練の実施などがなされている。

過去に別の国の日本人学校で勤務していたという、とある教師に聞いた話によると、他国の日本人学校でも同じような状況らしい。つまり、施設を中心とする警備対策はすでにしっかりなされている。

今回の中国における邦人への襲撃は、学校そのもので起きたわけではなく、通学途上での事件だった。6月の事件もそうだ。つまり、「拠点」ではなく、その「経路」の安全が問われていると考えてよい。スクールバスの警備強化など施設外での物理的な対策強化が、喫緊の課題ということになる。

また南アフリカに話を戻すと、銃器使用犯罪が多い同国において、銃声のような音がした場合の逃げ方・隠れ方や、銃器を突き付けられた状況での対処法なども学ぶべきだと私は考えていた。

低学年の児童への心理的な負担を考慮する必要があったが、教師の意見も聞きながら、銃器対策について解説をした。

このように、現地の情勢に対応した安全教育や訓練も不可欠だろう。

前述の通り、「ローンオフェンダー型」犯罪は、事前対策を取って完全に防ぐことは難しい。中国に限らず、世界中どこでも発生し得る(たとえば昨年12月にパリの凱旋門付近で観光客がハンマーで殴りかかられた事件も発生している)。

もし、街中で凶器を持った人物に遭遇してしまったらどうしたらよいのか。筆者が安全講習でレクチャーしているのは以下のことだ。

凶器を振りかざす人物に遭遇したとき、最も大切なのは初動だ。最優先すべきことは、第一撃を防ぐこと。その際に、攻撃の軌道から自分の体を外すことが重要なのだ。

どうすればいいかというと、モノで犯人の凶器を叩くこと。モノというのは、通学・通勤途中なら、手にしたカバンや傘などが有効だろう。

犯人に遭遇した瞬間に絶対してはいけないこと

逆に、凶器を持った人物に遭遇した瞬間に絶対にしてはいけないことが2つある。

1つ目は、声をあげること。咄嗟に大きな声を上げてしまうかもしれないが、そうすれば犯人を刺激し、こちらに注意を向けてしまうことになる。

2つ目は、背中を向けて逃げること。犯人の攻撃からも目をそらすことになり、背後から襲われてしまえば、初動で最も重要な防御をすることもできなくなる。

凶器が届く範囲にいる場合は、犯人のほうを見ながら後ずさりして常に犯人を視界にとどめておき、相手の攻撃範囲から出て距離を取ることができたら、または犯人が背中を見せたら、そのタイミングで逆方向に全速力で走って逃げることだ。

これらの対処法をしっかり押さえて、自分の命を守る行動をとっていただきたい。今後はハード面での対策だけでなく、生徒や保護者も参加する訓練や講話といったソフト面での安全教育にも、力を注ぐべきだろう。

(松丸 俊彦 : セキュリティコンサルタント)

ジャンルで探す