ロッキード・マーティンが自衛隊に狙う次の一手

海上自衛隊のイージス艦「こんごう」。艦齢を重ね、退役が迫る中、後継イージス艦の建造とそのシステム導入の議論が始まった(写真・海上自衛隊ホームページ)

日本の防衛力の抜本的強化を目指し、岸田文雄政権が2022年12月に5年間で防衛費を総額43兆円にまで増やす閣議決定を下してから、まもなく2年になる。その日本での「防衛特需」を狙って、世界の防衛企業が日本での新たなビジネスチャンス開拓に熱を上げている。

年商676億ドル(約9.5兆円)を誇る世界最大手の防衛企業、アメリカのロッキード・マーティン(以下、LM)もその1つだ。同社は9月10日、筆者を含む日本人ジャーナリスト4人を、アメリカ東部ニュージャージー州モリスタウンにある同社ロータリー&ミッションシステムズ部門の事業所に招き、「Japan Media Day」と題したプレスツアーを開催した。

LMが日本メディアを呼んだワケ

同部門は軍民双方のシコルスキー・ヘリコプターの製造や、海上・陸上ミサイル防衛システムなどの設計、製造、サポートを行う。日本に関連すれば、特に海上自衛隊のイージス艦に搭載されているイージスシステムの開発、統合、製造、テストを30年以上にわたってサポートしてきた長い歴史を有する。

事業所内では、建物入り口の同社の看板のみの写真撮影が許され、その他一切の写真撮影や録音録画が認められなかった。その一方、同社は、後述するSPY7レーダーの地上試験サイト、Production Test Center 2(PTC2)を今回初めてメディアに公開した。また、日本メディアとして初めて新型のミサイル垂直発射装置Mk.70 PDS(Payload Delivery System)の実物の見学を許可した。

では、LMが今回、私たち4人を招待した狙いは何か。主に以下の3つの狙いがあったとみられる。

① 海自が導入するイージスシステム搭載艦(以下、ASEV)に搭載するSPY7レーダーの開発・製造が順調に進んでいることのアピール
② 退役時期が迫るこんごう型イージス艦の後継艦へのSPY7レーダー採用のアピール
③ 新型VLSのMk.70 PDSや、地上配備型迎撃ミサイル「PAC3MSE」のイージス艦への搭載など新たな装備品の売り込み

それぞれの点を1つずつ見ていきたい。

政府は2020年12月に陸上配備型の弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の代替案として、ASEVの2隻導入を閣議決定した。

イージスシステム搭載艦(ASEV)のイメージ(図・2025年度防衛予算概算要求資料から)

ASEVは海の揺れに強くし、安定できるように船体を大型化する。船体の大きさは、アメリカ海軍最新のアーレイ・バーク・フライトⅢよりも約1.7倍の大きさとなる全長190メートル、全幅25メートル、排水量が1万2000トンとなる。

船体の大型化に伴い、弾道ミサイルへの高い迎撃能力を誇る迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」、巡航ミサイルや極超音速滑空兵器(HGV)を迎撃する対空ミサイル「SM6」を搭載する。

また、世界最多の128のミサイル発射口(セル)を持つ。2032年以降に、アメリカ製巡航ミサイルのトマホークや国産の12式地対艦誘導弾能力向上型(艦発型)、ドローン迎撃の高出力レーザー兵器をそれぞれ追加搭載できる「拡張性」を有する。これだけの対空能力を備え、「スーパーイージス艦」と評する声もある。

イージスシステムの眼・SPY7

そして、その中核となるイージスシステムの「眼」となるのが、LMが「世界最先端の多機能レーダー」と銘打っているSPY7だ。従来のSPY1レーダーに比べ、5倍の追尾能力を持ち、ロフテッド軌道や同時複数の弾道ミサイルに対処できると説明されている。

Mk.70のイメージ(図・ロッキード・マーティン社提供)

LMは2027、2028の各年度に1隻ずつ就役するASEVのスケジュールに合わせて、SPY7の製造が順調に進んでいることを強調した。2024年3月には米国防総省ミサイル防衛局とともに、ASEV向けのSPY7レーダー試験として、初めて宇宙空間の物体を探知・追尾する試験を同社モーレスタウンにある地上試験施設のPTC2で実施し、成功を収めたとアピールした。

同社によると、SPY7の中核を成す技術は、2021年にアラスカ州にある宇宙軍のレーダーステーションに設置された長距離識別レーダー(LRDR)に活用されているものと同じ。

具体的にはレーダーの基礎となるビルディング・ブロックのサブアレイ・スイート(SAS)のこと。ASEV向けのSPY7は328個のSASからなるアクティブ・アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダー(複数のアンテナ素子を規則的に配するアレイアンテナを用いたレーダー)となっている。

1つのSASは、ちょうど机の引き出しを縦にしたような長方形の箱ほどの大きさ。筆者は実物を持ったが、10キログラム超のずしりとした重さがあった。

LMは、このSASの数を調整することによって、あらゆる任務に合わせて拡張可能だと説明した。裏を返せば、SPY7はこのスケーラビリティー(拡張性)を売り物にしてレーダーの派生型を広げている。

ASEVに搭載されるSPY7レーダーの正式名称はAN/SPY-7(V)1レーダー。VはVariant(派生)の頭文字だ。その派生モデルとして、スペイン海軍の新型F-110型(ボニファス級フリゲート)に搭載するAN/SPY-7(V)2とカナダ海軍の次期水上戦闘艦CSC(リバー級駆逐艦)に搭載するAN/SPY-7(V)3がある。

LMは、日本のASEVも、アメリカのLRDRも、スペインのF-110型も、カナダのリバー級駆逐艦もすべて、SPY7が発する電波の周波数が無線LANなどに使われるSバンド(2ギガ~4ギガヘルツ)であると説明。さらにこれらのすべてのプログラムが共通のSASを使用していると強調した。

LMは「日米加西の4カ国は、SPY7という共通製品へのアプローチによってコスト削減のための恩恵を受ける」とアピールした。

海自イージス艦の後継

LMがここまでしてSPY7レーダーの高性能や拡張性をアピールするのには理由がある。それが2番目の大きなポイントだ。退役時期が迫るこんごう型イージス艦の後継艦に、アメリカ・RTX(旧レイセオン・テクノロジーズ)のSPY6レーダーか、あるいはLMのSPY7レーダーのどちらが採用されるかに注目が集まっているからだ。両社にとってここ1、2年が売り込みの山場となろう。

海自は現在、こんごう型4隻、あたご型2隻、まや型2隻の計8隻のイージス艦を有している。こんごう型1番艦のこんごうは2024年3月ですでに艦齢が31年、2番艦のきりしまが29年、3番艦のみょうこうが28年、4番艦ちょうかいが26年に達している。

海自護衛艦では、ヘリコプター搭載護衛艦(DDH)のひえいが36年4カ月の最長の就役期間を記録したので、こんごう型の寿命は確実に迫っている。

2022年12月に閣議決定された防衛力整備計画の別表3(おおむね10年後)には、イージス艦が10隻整備されることになっており、現有の8隻より2隻増える。

防衛省は8月末、2025年度防衛予算の概算要求で、こんごう型イージス艦の除籍に伴う後継艦などを検討するための技術調査費用として33億円を計上した。

DDG(X)と呼ばれるこの後継艦には、SPY6が採用されるのか、SPY7が採用されるのか。SPY6はアメリカ海軍で2033年までに7艦種(DDGフライトⅢ、DDGフライトⅡA、CVN-74型、CVN-79型、LHA-8型、LPD-29型、FFG-62型)の65隻に搭載される見込みだ。

今後のアメリカ海軍との相互運用性を考慮すれば、たとえすでにイージスシステム搭載艦でSPY7を採用したとしてもSPY6のほうがよいのではないかとの意見も根強い。

これに対し、LMは「SPY7レーダーが他のSPYレーダーシステムと完全に相互運用可能であり、統合防空ミサイル防衛(IAMD)機能を提供する」と訴える。

導入コスト膨張への懸念

さらに、ASEVのコスト膨張の懸念も高まっている。現在、防衛省の試算では、ASEV2隻分の取得経費は7839億円(1隻当たり約3920億円)に及ぶ。

導入を決定した2020年当時に防衛省が想定していた「1隻当たり2400億円~2500億円以上」と比べ、約1.6倍も増えている。防衛省は円安や物価高の影響などを理由に挙げている。このうち、SPY7の取得契約額は約350億円、イージスシステムが約1382億円となっている。

財務省も2023年10月、ASEVのコスト膨張への懸念を示した。「日本が搭載予定のSPY7レーダーは、地上固定式レーダーとしてはアメリカで導入実績があるものの、艦載用としては例がない(スペイン及びカナダはSPY7艦載を計画中であるが、弾道ミサイル迎撃用ではない)ため比較が困難」と指摘する。

「今後多数調達が見込まれるアメリカの次期イージス艦は、別のSPY6レーダーを採用予定であるため、SPY7レーダーの補用品や本体価格にはスケールメリットが働きにくい」と警鐘を鳴らした。

ASEVをめぐる将来のコスト増大が懸念される中、木原稔防衛相と鈴木俊一財務相は2023年12月、今年度防衛予算の大臣折衝でASEVについて協議した。そして、①実効的なプロジェクト管理体制の構築を図ること、②イージス艦のこんごう型4隻の更新など今後イージス艦を取得・更新する場合にはその搭載レーダー選定について白紙的に検討することで一致した。

財務省は、こんごう型の後継となるイージス艦のレーダーとして、コスト増大が想定されるSPY7を前提にするのではなく、「白紙的に検討する」ことを防衛省に求めることで、SPY6レーダーの採用も改めて視野に入れるよう防衛省に釘を刺したとみられる。

なぜならば、大きな理由としては、日米同盟強化の方針下でアメリカ海軍との相互運用性が求められる中、仮にこんごう型後継艦にSPY7を採用することになればコスト減に向けたスケールメリット(規模効果)が働きにくくなる可能性があるからだ。

また、ASEVの構想から廃棄までの総費用「ライフサイクルコスト」について、防衛省は「アメリカなどと調整し、詳細な金額の積算を進めているところであり、具体的にお答えできる段階ではない」と述べるにとどまっている。

相互運用性やコスト面でどれだけ有利か

レーダーの高性能は保証付きでも、相互運用性やコスト面でどれほどの優位性を説得力を持って示されるのか。LMにとって正念場となる。

このこんごう型後継艦用のレーダーの選定は、日本企業にも大きな影響を与えそうだ。三菱電機は2024年7月、RTXと供給契約を結び、SPY6の基幹製品である電源装置を納めると発表した。海自がSPY6を採用すれば受注増が見込まれる。

その一方、LMは「将来の艦艇向けSPY7レーダーの維持と製造について日本の産業界と活発な協議を行っている」と説明する。三菱重工業などにライセンス生産を認め、勝機を見出す可能性もある。

LMの今回のプレスツアーの3つ目のポイントは、コンテナ型のMk.70 PDSといった垂直発射装置など新たな防衛装備品や、ソルーションといわれる総合防衛サービスの売り込みだ。

とくにLMは今年5月、アメリカのニューメキシコ州にある陸軍のミサイル実験場で Mk.70コンテナ発射プラットフォームからPAC3MSEミサイルを発射し、標的である飛行中の巡航ミサイルを迎撃したと発表した。

このテストは、仮想(バーチャル)化されたイージス兵器システムを使用してPAC3MSEが発射され、実際の標的を迎撃した初めてのテストとなった。日本は、従来のPAC3の改良型で防護範囲が2倍以上に拡大する「PAC3MSE」の配備を進めてきたところである。

統合防空ミサイル防衛への利点

LMによると、垂直発射システムPAC3MSEキャニスターにはミサイル1発が収納され、既存のすべてのMk.41システムに装着できるという。この試験に使用された地上配備型のMk.70システムは、アメリカ陸軍と海軍によって配備された。

LMは「PAC3MSEをイージス兵器システムに統合することで、強化された統合防空ミサイル防衛 (IAMD) 能力がアメリカの海軍兵に提供される」とアピールし、海自イージス艦への導入売り込みを視野に入れているようだ。

ウクライナ戦争でPAC3の迎撃能力に注目が集まる中、新たなMk.70を発射プラットフォームにしたPAC3MSEのイージスシステムへの統合が日本でも必要とされ、導入されるのか。

国際社会はロシアのウクライナ侵略や中国の海洋進出、北朝鮮の核ミサイル開発、イスラエル・ガザ戦争などに直面し、戦後最大の試練の時を迎えており、同時に既存の国際秩序が大きく揺らいでいる。

これを受け、世界各国が防衛費をぐっと増やしており、防衛産業は「成長産業」となっている。好むと好まざるとにかかわらず、日本もその時代の波に乗り遅れないようにしなければならない。

(高橋 浩祐 : 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員)

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