ワールドカップに万博「2030年代」に存在感増す国

サウジアラビアの首都・リヤドの夜景(写真:iStock / Getty Images Plus)
イスラエル軍の攻撃でガザではパレスチナ人の死者が4万人を超え、イスラエルとイラン、ヒズボラの間では報復合戦が続いています。
中東はたしかに戦争のイメージが強い一方で、イスラエルは世界をリードするハイテクの国、サウジアラビアは豊富なオイルマネーを基に、人類の未来を拓く壮大な構想を描いています。
日本人が知らない中東の今を3回にわたって紹介します。
(本稿は『中東危機がわかれば世界がわかる』から一部を抜粋・再構成したものです)

若きムハンマド皇太子が治める親日国

皆さん、サウジアラビアにどのようなイメージをお持ちでしょうか。

サウジアラビアは日本の原油輸入先の第1位。日本人の生活の安定にとって最も重要な国と言っても過言ではありません。それほど重要な国ですが、砂漠の王国、石油が出る国だけのイメージで止まっているとしたら大きな間違いです。

近年のサウジアラビアでは、若きムハンマド・ビン・サルマン皇太子(39歳)が国の事実上の権力者となって、大きな変革期にあります。2018年まで女性の自動車運転は禁止でしたが、それも今では自由に行われています。また、2019年には日本を含む世界49カ国に対して、観光ビザの発給を開始しました。同国が当初設定した観光客の目標は2030年までに1億人でした。しかし、7年も前倒しして、2023年に達成しました。現在は、2030年までに1億5000万人という目標を打ち出したのです。

私は、現在、ビジネスコンサルタントとして、毎月、サウジアラビアに出張していますが、その発展には目を見張るものがあります。

外務省勤務時代、私は、天皇陛下、総理大臣のアラビア語通訳として、日本とサウジアラビアの外交の最前線で、橋渡しをしてきました。

思い出に残るのが、2007年に、安倍晋三総理(当時)がサウジアラビアを訪問し、当時のアブドッラー国王(2015年逝去、現在はサルマン国王ですが、息子のムハンマド皇太子が実権を握っています)との首脳会談での通訳を務めたことです。

その前年の2006年4月、故スルターン皇太子(副首相、国防・航空相兼総監察官)が日本を訪問し、小泉純一郎総理(当時)とともに、「日本・サウジアラビア王国間の戦略的・重層的パートナーシップ構築に向けた共同声明」を発表しました。これを受けて安倍総理がサウジアラビアを訪れ、この相互訪問によって両国間の歴史は新しい時代の幕を開け、政治、経済、文化、科学のすべての分野で「戦略的・重層的パートナーシップの発展」を目指すことになりました。

また、2013年4月には、安倍総理が2度目のサウジアラビア訪問を行い、両国は資源・エネルギーのみならず、防衛、インフラ整備、農業、医療などさまざまな分野で協力を進めることとし、「包括的パートナーシップの強化に関する共同声明」を発表しました。

2014年2月には、サルマン皇太子(現国王)が日本を公式訪問され、当時の天皇陛下、徳仁皇太子殿下と会見されご親交を深められました。

2015年、日本とサウジアラビアは国交樹立60周年を迎え、さまざまな記念行事が両国において開催され、サウジアラビアより大規模な代表団が来日し、サウジアラビア政府による「日本・サウジアラビア外交関係樹立60周年記念フォーラム」が盛大に開催されました。サウジアラビアの民族、芸術、歴史等を紹介する展示会や講演会、民族舞踊ショーなどが行われました。

日本とサウジアラビアは、歴史的に友好関係にありましたが、特に安倍総理の時代には、その関係は大きく進展しました。

2020年1月の安倍総理の最後の外遊先は、サウジアラビアを含む中東3カ国。サウジアラビアでは将来のカギを握るムハンマド皇太子の別荘に招かれ、それは今でも日本とサウジアラビアの関係の大きな資産になっています。

大阪万博の次は2030年“リヤド万博”

2023年11月28日、博覧会国際事務局(BIE、本部パリ)の総会は、2030年国際博覧会(万博)をサウジアラビアの首都リヤドで開催すると決定しました。

開催を競った韓国・釡山、イタリア・ローマに投票で圧勝でした。リヤドでは「変化の時代 共に先見性のある明日へ」をテーマに、2030年10月1日から2031年3月31日まで万博を開く予定です。

パリ近郊で開かれた総会では3カ国による誘致に向けた最終プレゼンテーションの後、BIE加盟国による投票が実施されました。サウジアラビアが規定の3分の2超となる119票を集めて開催が決定し、韓国支持は29票、イタリアは17票でした。

中東での万博開催は2021年10月から翌年3月にアラブ首長国連邦(UAE)で開催されたドバイ万博以来で、2025年の大阪・関西万博の次はまた中東に開催地が移ることになります。

世界における中東の地位が高まっている象徴とも言えるでしょう。サウジアラビアはドバイ万博の2倍近い4000万人以上の来場者を想定した大規模な開催計画を策定し、ムハンマド皇太子を中心に誘致運動を展開してきました。

また、2023年10月31日、国際サッカー連盟(FIFA)は、2034年ワールドカップ(W杯)のホスト国としてサウジアラビアが唯一の候補になったと明らかにしました。FIFAは10月4日、10月31日の締め切り日までにアジアとオセアニアからの立候補を要望し、サウジアラビアはその直後に立候補を表明していました。一方、立候補を検討していたオーストラリアは10月31日に断念。日本もサウジアラビアの開催を支持しました。

ドラゴンボールパークがサウジアラビアにできる

2024年3月22日、サウジアラビア政府は日本の人気漫画『ドラゴンボール』のアニメを主題としたテーマパークを建設すると発表しました。

『ドラゴンボール』を主題としたテーマパークは、世界で初となります。

この計画は、サウジアラビア政府が100%出資している投資会社「キディヤ・インヴェストメント・カンパニー(QIC)」と、日本で『ドラゴンボール』のアニメシリーズを制作している東映アニメーションの「長期的な戦略的パートナーシップ」の一環です。

キディヤは、サウジアラビアの首都リヤド近郊に築かれている、巨大な娯楽・観光プロジェクト。テーマパークの広さは50万平方メートル。テーマパークの中央には全高70メートルの「神龍」が据えられ、アトラクションの数は少なくとも30になる予定です。

「神龍」の中を通り抜ける大型ジェットコースターも設置されます。サウジアラビアは、化石燃料に依存した経済から脱却するため、こうしたプロジェクトに大変力を入れているのです。

『ドラゴンボール』は、2024年3月1日に急性硬膜下血腫で亡くなった漫画家の鳥山明さんの代表作。1984年に連載が始まりました。1986年から1997年まで放送されたテレビアニメシリーズは、平均視聴率20%を維持し多くの言語に吹き替えられて、80カ国以上で放映されました。続編や映画も数多く制作されています。

政府役人一人一人に与えられた「ビジョン2030」

これからのサウジアラビアを知る上で欠かせないのが、国家ビジョンたる「ビジョン2030」です。日本もこのような国家ビジョンを持ちたいものです。

実際、私がビジネスコンサルタントとして、サウジアラビアの各役所、関係機関と接触すると、局長クラスは、「ビジョン2030」に基づく明確な目標を与えられており、未達の場合は自らの昇進に影響が及ぶとして、かなりの厳しさのもとで仕事をしています。

一昔前のアラブ諸国の役人の面影は、現在のサウジアラビアには見当たりません。

その背景を説明しましょう。2016年4月25日、サウジアラビア政府は、サルマン国王主宰による閣議を開き、経済開発評議会(ムハンマド副皇太子〈当時〉が議長)が作成した2030年までの経済改革計画「ビジョン2030」を承認しました。

同日、ムハンマド副皇太子が同計画について記者会見で発表したほか、『アル・アラビーヤ』放送においてインタビューに答え、石油依存経済から脱却し、投資収益に基づく国家を建設していくことを強調しました。

発表された同計画における目標は表のとおりです。また、これらの目標を達成するための手段として、国営石油会社サウジアラムコの5%未満の新規株式公開(IPO)、民営化による透明性の向上と汚職抑制、軍事産業の育成による国内調達の軍装備品支出の割合を50%まで拡大、外国人による長期的な労働・滞在を可能にするグリーンカード制度の5年以内の導入などがあわせて発表されました。

これを受けて、日本がこのビジョンにどのように貢献するべきかを示したのが、「日・サウジ・ビジョン2030」です。2国間協力プロジェクトの進展と今後の具体的なアクションを取りまとめた文書として、初版(2017年3月)が安倍元総理とサルマン国王により発表されて以来、随時改訂されています。

(中川 浩一 : 元外交官、アラビア語の天皇通訳・総理通訳)

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