氷衛星の地下、液体を湛える海に生命はいるのか

地球外生命探査

「地球外生命」探査の最前線に迫ります(写真:Eliff/PIXTA)
地球外生命探査でとりわけ注目されているのが、木星の衛星エウロパと、土星の衛星のタイタン、そしてエンケラドスです。『新版 宇宙に命はあるのか』より一部抜粋・再構成のうえ、氷衛星の生命探査、氷底探査、それを可能にする最新技術・力覚フィードバックを用いたヘビ型ロボット「EELS」についてご紹介します。

氷衛星の生命探査

人類は既に火星の先を見据えている。木星以遠には氷でできた衛星がたくさんあって、そのいくつかは地下に液体の水を湛える海がある。地球外生命探査の観点でとりわけ注目されているのが、木星の衛星エウロパと、土星の衛星のタイタン、そしてエンケラドスである。

2023年、欧州宇宙機関(ESA)はJupiter Icy Moons Explorer、略してJUICE(ジュース)という探査機を打ち上げた。日本もこの計画に参加している。JUICEは2031年に木星に到着したのち、その衛星のガニメデ、カリスト、エウロパをフライバイし、最終的にガニメデの周回軌道に入る。

一方のNASAはエウロパ・クリッパーという探査機を2024年10月に打ち上げる予定である。「クリッパー」とは19世紀に世界の大洋を航海した快速帆船のことだ。JUICEより少し早く2030年に木星を回る軌道に乗り、50回近くにわたってエウロパをフライバイして観測する。氷透過レーダーなどを用い、エウロパの氷殻とその下にある海について調べる予定である。

さらにエキサイティングな計画が土星の衛星タイタンを目指して進んでいる。英語でトンボを意味する「ドラゴンフライ」と名付けられたドローンを、タイタンの空に飛ばす計画だ。

タイタンには地球よりも濃い大気があり、しかも重力は6分の1なので飛ぶのは簡単だ。ドラゴンフライは2年間にわたって数100キロを飛行し、さまざまな場所で地表の化学組成を分析して、生命発生の前段階の化学的進化を調べたり、バイオシグネチャーを探したりする。打ち上げは2028年、タイタン到着は2034年に予定されている。

タイタンの空を飛ぶドラゴンフライの想像図(C)NASA/ Johns Hopkins APL/Steve Gribben

打ち切られてしまった計画もある。2018年2月に出版された旧版(『宇宙に命はあるのか』)でエウロパ・ランダー計画について書いた。エウロパに着陸し、地表の氷を掘ってバイオシグネチャーを探す構想だった。しかし同年11月のアメリカ中間選挙でこの計画を支持していた議員が落選した影響で予算が打ち切られ、プロジェクトは中止されてしまった。国家予算による宇宙探査は政治の影響を避けられない。

しかし科学探査は金銭的利益を求めるものではないため、民間資金で行うことも困難だ。ゴダードやフォン・ブラウンの時と同じように、宇宙の知的探究に立ちはだかる壁の一つはやはり、お金なのだ。

一方で、エンケラドス・オービランダーという新しい構想が持ち上がっている。「オービランダー」とはオービターとランダーを合わせた造語で、まずエンケラドスを周回し軌道上から観測した後、地表に着陸しバイオシグネチャーを探す。構想通り2030年代後半に打ち上げられれば2050年代前半に着陸するが、計画は遅れる見込みで、予算の壁が立ちはだかるかもしれない。

エンケラドス・オービランダーの想像図(C)Johns Hopkins APL

Journey to the Center of Icy Moons 〜氷底探検

軌道上からの観測でエウロパやエンケラドスのさまざまなことがわかるし、その氷の上に着陸してバイオシグネチャーを探すこともできる。

だが、皆さんは思わないだろうか。氷の下にある広大な海を見てみたい、と。そこに何があるか、何がいるかを知りたい、と。それはきっと、かつて海を見ることを切望した少年ジュール・ベルヌと同じ思いだろう。

立ちはだかるのは、厚さ数十キロにもなる分厚い氷の殻だ。一つの方法は、この氷を溶かしたり削ったりして氷の下へ潜っていくことだ。だが、この方法で数十キロの氷を掘り抜くには膨大なエネルギーと時間が必要になる。

もう一つの方法がある。わざわざ人為的に穴を掘らなくても、土星の氷衛星エンケラドスの南極付近には氷の割れ目があり、そこから海水が蒸気となって噴出しているのだ(エウロパにも同様の蒸気噴出口がある可能性が示唆されている)。この穴の存在は、まるでエンケラドスが我々を地底の海へと招いているようにも思えないだろうか?

2016年に、僕のチームはエンケラドスの噴出口の中へロボットを送り込むアイデアを検討した。そこから出てくるジェットの強さやロボットが受ける風圧などを解析した結果、噴出口の直径が10センチよりも大きければ、ロボットが下降することは物理的に可能であるという結論が出た。

噴出口の直径は未知だが、カッシーニの観測によりエンケラドスからは毎秒300キロもの水が噴出しており、かつ100を超える噴出口があるらしいことがわかっている。その全てが直径10センチより小さいとは考えにくい。ロボットが潜っていくのに適した噴出口がおそらくあるだろう。

では、どのようなロボットが、どのようにすればこの氷の穴を潜っていけるのだろうか? 僕たちは下の写真にあるようなEELSという名のヘビ型ロボットを想像した。複数のモジュールを連ねた構造で、各モジュールの側面には螺旋状の刃がついており、これを回転させることで前後左右に進むことができる。

エンケラドスの海に何かいるのだろうか? 筆者のチームは現在、エンケラドスの氷の割れ目を降下し海へと至る「EELS」というヘビ型ロボットを研究している(C)NASA/JPL-Caltech

下の画像にあるように、EELSは氷の上を這い、適した穴の入り口を見つけ、中に入って降りていく。エンケラドスの重力は地球の60分の1しかないため落ちることはあまり心配しなくてよいのだが、高速で噴出するジェットに吹き飛ばされないようにしなくてはいけない。

そこで、忍者が壁と壁の狭い隙間を両手と両足を突っ張って昇り降りするように、ヘビのボディーを両側の壁に突っ張り、ジェットからの力に逆らいながら降下していく。

この想像を実現する第一歩として、僕たちは実際にEELSのプロトタイプを試作し、エンケラドスに似ている地球上の環境でテストを重ねた。最初の試験は、JPLから車で10分のパサデナの街中にあるスケートリンクだった。夜10時から朝5時までリンクを貸し切り、EELSが平らな氷の上を難なく走行できることを確認した。

ヘビ型ロボットEELS によるエンケラドスの地底の海の探査のアイデア(画像:『新版 宇宙に命はあるのか 生命の起源と未来を求める旅』より)

次に実施したのは雪山での試験だ。車で3時間ほどの場所にあるスキー・リゾートの厚意でゲレンデの一角を貸してもらい、雪で覆われた斜面や起伏のある表面でのテストをした。また、JPLが山の中に所有する天文台の敷地でも雪上の試験を行った。EELSは傾斜35度もの雪で覆われた斜面を登ることに成功した。

雪のない季節はJPL内のマーズ・ヤードで繰り返し試験をした。エンケラドスに砂や岩はなかろうが、幅広い環境で稼働することを確認できれば、何があるかわからない未知の場所にも適応できる可能性が高まる。

力覚の重要性

僕たちが気づいたのは、力覚の重要性だ。たとえば人間は歩く時、足の裏が地面から受ける力を感じ取り、無意識のうちにその情報を使ってバランスを取っている。これを専門用語で力覚フィードバック制御という。

たとえば、あなたは目を閉じても凸凹道を転ばずに歩ける。脳が無意識のうちに力覚フィードバック制御を使って手脚を動かしているからだ。逆にもし力覚がなければ、目が見えていても安定して歩くことは困難だろう。

新版 宇宙に命はあるのか 生命の起源と未来を求める旅 (SB新書 655)

EELSの最初のプロトタイプは力覚を持っていなかった。それが複雑な地形での移動や垂直移動を困難にしていた。そこで僕たちは、EELSの各モジュールに力とトルクを感知するセンサーを挟むことにした。プロジェクトのスケジュールに間に合わせるため、Hebiという会社が市販しているアクチュエーターを使った仮のロボットを作った。

内輪でHebi EELSと呼んだこのロボットは、ヘビの真ん中を省いて電子機器を乗せた箱を設置したので、ヘビというより2本脚のクモのような形になったが、基本的構造はEELSと同じである。

このHebi EELS ロボットを用いて挑んだのが、プロジェクトの本丸、垂直方向の移動だった。最初はJPL内にある6畳ほどの広さの冷凍庫に垂直の氷の壁を作って試験したが、もっと現実に近い環境でテストする必要があった。そこで僕たちが選んだ最終テストの場所が、カナダのジャスパー国立公園にあるアサバスカ氷河だった。

(小野 雅裕 : NASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)技術者)

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