「電動モビリティ」最大手のLime、日本再上陸の勝算

Lime

電動マイクロモビリティのシェアサービスで世界最大手のLime(筆者撮影)

東京の街並みを走るLUUPの水色のキックボードはもはやお馴染みの光景となったが、これからはライムグリーンも目に入るようになるだろう。電動マイクロモビリティのシェアサービスで世界最大手のLimeが日本に再上陸した。

コロナ禍をきっかけとした戦略転換

同社は9月6日、戦略発表会を実施した。8月末に日本市場に再参入して以来初の大きな発表会で、Lime日本法人のカントリーマネージャー兼アジア太平洋地域統括責任者のテリー・サイ氏と、親会社Neutron Holdingsのウッディ・ハートマンCOOが登壇。最初の包括的提携として、三井住友海上火災保険との提携が発表された。

Neutron Holdings(Lime)はマイクロモビリティのシェアサービスで世界最大手の企業だ。2017年の創業以来、急速に事業を拡大し、現在は世界32カ国、280以上の都市でサービスを展開している。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、ドバイ、シドニーなど、世界の主要都市で事業を行っている。

【写真】「電動キックボード」と座って乗れる「電動シートボード」の使い方や仕様を詳しく見る

世界32ヵ国で展開する

世界32カ国で展開する(筆者撮影)

しかし、2020年のコロナ禍で大きな打撃を受け、多くの市場から撤退を余儀なくされた。12の重要市場からの撤退や従業員の14%のレイオフを実施し、CEOの交代も行った。この危機を契機に、Limeは戦略を大きく転換。モビリティの自社開発や地域との連携強化を重視する方針へと舵を切った。

この戦略転換が功を奏し、2022年にはグローバルベースで黒字化を達成。2023年には業界トップの座を確固たるものとし、アクティブユーザー数で最も近い競合他社の2倍以上の規模に成長した。2023年の実績では、年間1億5000万回(1秒あたり5回)の利用があり、総収益は6億ドルを超えた。また、1億ドル以上の調整後ユニット収益を達成し、高い収益性も示している。

Limeは現在、カーボンフリーで手頃な価格の交通手段を提供することをミッションとし、気候変動対策の一環として、より効率的で環境にやさしい都市交通の実現を目指している。

乗車実績

2023年は1秒あたり5回の乗車実績を記録したという(筆者撮影)

Limeの重視するポイント

ウッディ・ハートマン氏、テリー・サイ氏

親会社Neutron Holdings(Lime)のウッディ・ハートマンCOO(左)とLime日本法人のカントリーマネージャー兼アジア太平洋地域統括責任者のテリー・サイ氏(筆者撮影)

ハートマンCOOは、2020年の危機を乗り越えた後のLimeの戦略について、3つの主要ポイントを強調した。

第一に、Limeは独自のハードウェア開発に注力している。競合他社が外部調達に依存する中、自社エンジニアによるインハウス開発を選択。交換可能なバッテリーや、ペダルやシートなど個別部品の交換が可能なモジュール式設計を採用。ユーザー体験の向上と製品寿命の延長を図っている。

次に、Limeは効率的な運営を重視している。ユーザーのフィードバックデータを継続的に収集・分析し、車両設計やサービスの改善に反映。さらに、交換可能なバッテリーシステムの導入により、充電のための車両移動を最小限に抑え、エネルギー効率とコスト効率を向上させている。

最後に、Limeは都市との強固な関係構築を非常に重要視している。単に事業の許可を得るだけでなく、都市のニーズを深く理解し、それに応えることで持続可能な事業展開を目指している。このアプローチは、多くの都市でLimeが選ばれる要因となっており、長期的な事業の安定性につながっている。

ハートマンCOOは、これらの戦略的重点項目が競合他社とは異なるアプローチであり、Limeの持続可能なビジネスモデルの基盤となっていると強調した。この独自の戦略が、Limeが業界リーダーとしての地位を確立する上で重要な役割を果たしているという。

拡大一辺倒の方針をコロナ禍で転換し、2024年にはトップシェアに躍り出た

拡大一辺倒の方針をコロナ禍で転換し、2024年にはトップシェアに躍り出た(筆者撮影)

Limeに乗ってみた

Limeの日本展開に伴い、実際のサービスを体験する機会を得た。まず、Limeが実施した試乗会に参加し、その後、実際のサービスエリアでの利用も試みた。

試乗会では、Limeの電動キックボードとシートボードの両方を体験できた。初めは慣れない操作に戸惑ったものの、数分の練習で基本的な走行やスラローム走行にも対応できるようになった。

電動キックボードと電動シートボード

電動キックボードと、座って乗れる電動シートボードの2種類を展開する(筆者撮影)

実際のサービス利用では、アプリを使って貸出・返却操作を行う。初回利用時には年齢確認書類を提出し、数問の交通安全クイズに答える必要がある。交通安全クイズは二段階右折や歩道走行などの基本的な内容だ。

交通安全クイズ

初回の貸出時に交通安全クイズに答える必要がある(筆者撮影)

今回は代官山のT-SITEから渋谷駅近くのポートまで、約15分かけて移動した。この際、着座式のシートボードを選択した。電動キックボードと比較して、シートボードは明らかに安定感があり、特に速度を出した際の不安感が少ないことが実感できた。

公道での最高速度である時速20kmでの走行は、立ち乗りの電動キックボードでは若干の不安を感じるかもしれないが、シートボードではその安定性から比較的安心して走行できた。ただし、渋谷の狭い一方通行路では、自転車と同様に注意が必要だと感じた。

Limeに乗る男性

スラローム走行のような細やかな動きも数分の練習でできるようになる(筆者撮影)

一方で、改善の余地も見られた。特に気になったのは、6km/h走行モードへの切り替え操作だ。このモードは歩道走行が許可される低速モードだが、切り替えには停止してボタンを長押しする必要がある。また、モード表示が小さなディスプレイ上のカメマークのみで、直射日光下では視認性が低く、現在のモードを確認しづらい場面があった。

切り替えボタン

特定小型原付の規格に対応するため、歩行用の6kmモードへの切り替えボタンが配置されている(筆者撮影)

カメのマーク

中央のディスプレイの左上に低速モードを意味するカメのマークが表示される(筆者撮影)

この視認性の問題は、低速モードで車道に入ってしまうなど、安全面での懸念につながる可能性がある。ユーザーの慣れも必要だが、より直感的で分かりやすいインターフェースの開発が望まれる。

総じて、Limeのサービスは都市部の短距離移動に適しており、特に着座式シートボードは幅広い年齢層に受け入れられる可能性を感じさせた。ただし、安全面での継続的な改善と、利用者への丁寧な説明が今後の普及には不可欠だろう。

Limeの前輪

走行時の安定感を確保するために、前輪は大きめの12インチを採用(筆者撮影)

着座式シートボードが予想外に好調

Limeには3種類のモビリティがある。電動キックボード、着座式の電動シートボード、電動アシスト自転車だ。日本にはキックボードとシートボードが5対5の比率で導入されている。電動アシスト自転車については「日本には導入しない。理由は欧米人の体格に合わせて作られていて大きいから。今後日本人に合わせた電動アシスト自転車を製造して提供を検討している」(サイ氏)という。

「On Lime + Uber」の刻印があるLime

左側には「On Lime + Uber」の刻印がある。LimeはUberの出資を受けており、多くの国でUberアプリからLimeの乗車も可能となっている。日本でのUber対応は協議中としている(筆者撮影)

日本人の体格に合わせた新規設計

Limeは車両を自社設計している。電動アシスト自転車は日本人の体格に合わせて新規設計して投入予定という(筆者撮影)

ハートマンCOOによると「当初は着座式シートボードの日本投入を計画していなかったが、高齢化が進む市場背景を踏まえて導入を決めた」と説明する。

結果的にこの戦略は当たっていたようだ。サイ氏によると、日本では着座式シートボードとキックボードを半々で導入しているにもかかわらず、日本進出後2週間の利用実績では着座式が7割、キックボードが3割という比率になっているという。ただしこれは、着座式が普及しておらず、目新しいからという理由があるかもしれない。

ちなみに、着座式シートボードは利用距離も長い傾向にあるという。サイ氏は「通常は2~3kmの利用距離が多い中で、着座式は最長で19kmの利用も見られた」と話す。

これらのデータを踏まえ、ハートマンCOOは「日本は、この着座式シートボードにとって世界一の市場になる可能性がある」と述べた。

実は日本には2度目の進出

実はLimeは日本への進出は2回目だ。前回は2019年9月、福岡市で小規模に実証実験として展開していた。この実証実験は、Fukuoka Smart Easts推進コンソーシアムが主催するFukuoka Smart Eastプロジェクトの一環として行われ、LimeはKDDIおよび株式会社デジタルガレージと共同で参画した。

しかし、コロナ禍での大幅な戦略変更の流れを受けて、Limeは一度日本市場から撤退した経緯がある。

ハートマンCOOは、2017年の創業から2020年までの間、Limeが世界中で非常に急速に拡大していたことを説明した。しかし、当時のLimeは現在とは大きく異なり、低価格のスクーターを使用し、都市との協力関係もあまり築けていなかったという。彼は当時のアプローチを「荒っぽい」と表現した。

日本市場への再参入のきっかけとなったのは、日本の規制環境の変化だ。2019年時点では日本市場は規制が厳しく、大規模な展開が困難だった。しかし、法改正により電動キックボードの位置付けが変わり、「特定小型原付」として認められたことが追い風となった。

2019年の日本参入の経緯から、KDDIとデジタルガレージはLimeの親会社であるNeutron Holdingsの株主でもある。この関係について、ハートマンCOOは「KDDIさんとデジタルガレージさんは弊社の投資家であり、今後も継続的に対話を進めていきます」と述べ、両社との関係の重要性を強調した。

適度な規制があるほうが競争しやすい

ハートマンCOOは、日本のような適度な規制がある市場のほうがLimeにとって競争優位に立ちやすいと指摘した。この点を説明するために、韓国市場での経験を例に挙げた。Limeは2019年10月に韓国市場に進出したが、わずか3年後の2022年6月にサービスを中断することを余儀なくされた。

「韓国では政府がマイクロモビリティをあまり規制していませんでした。そのため、プレイヤーが多すぎ、スクーターが溢れ、非常に混乱した状況になっていました」とハートマンCOOは述べた。規制が少ない市場では過度な価格競争に陥りやすく、安全性への投資が困難になると説明した。

ウッディ・ハートマン氏

Neutron Holdings(Lime)のウッディ・ハートマンCOO(筆者撮影)

「価格が低すぎて車両数が多すぎると、安全性への投資ができなくなります。これは理想的な事業運営方法ではありません」とハートマンCOOは強調した。Limeは韓国政府に対して1年以上にわたって規制の導入を求めたが、最終的に政府が規制を導入しないことを選択したため、撤退を決断したという。

一方で、日本市場については「日本が積極的に合理的な規制を作成したことに、私たちは非常に興奮しています。これは都市にとっても、消費者にとっても、そして企業にとっても良いことです」と評価し、適切な規制環境下での事業展開に期待を示した。

日本市場に合わせて、Limeは車両の改造も実施している。具体的には特定小型原付のサイズに適合するようにハンドルの一部をカットしており、時速6kmの歩行用モードに対応するためのボタンを追加している。

26年3月末までに2万台を目指す

Limeは日本市場での急速な拡大を計画している。サイ氏は、具体的な数値目標を示した。

現在、東京6区に展開しているLimeだが、2025年3月までには関東の主要都市への拡大を予定している。さらに、来年度には関西エリアへの進出も視野に入れている。

車両台数に関しては、段階的な増加を計画している。参入当初は200台からスタートしているが、2024年12月末までに2000台、2026年3月末までには2万台まで増やす意向だ。さらに野心的な目標として、2030年までには全国展開を目指しており、約6万台規模での運用を計画している。

車両展開の目標

当初は200台からスタートし、2024年12月末までに2000台、2026年3月末までに2万台の車両展開を目指す(筆者撮影)

ポート拡充の課題

Limeの日本展開において、最大の課題の一つがポートの拡充だ。シェアリングモビリティサービスの利便性向上には、十分な数のポートが不可欠だが、都心部での用地確保は容易ではない。現時点で、Limeは東京6区で40ポートを展開しているが、これを大幅に増やす必要がある。

新規参入するLimeにとって、この状況は大きな挑戦となる。サイ氏は、「ポートの獲得はお客様の利便性向上につながる重要な要素です」と述べ、ポート密度を高めていく方針を示した。同時に、「お客様のニーズに合わせて適切な場所に設置することも大切」と付け加え、単に数を増やすだけでなく、戦略的な配置の重要性も強調した。

この課題は、Limeに限らず業界全体の問題となっている。実際、NTTドコモ傘下とソフトバンク傘下のサービスがポートの共通運用を実施するなど、都市部のポート不足に対応するため競合同士が協調する動きも見られる。

Limeはこの課題に対し、いくつかの対策を講じている。まず、三井住友海上火災保険との包括的パートナーシップを締結し、同社の代理店や顧客の店舗などでのポート開設を推進する。具体的な提携対象は明らかにされていないが、スーパーやコインパーキング、ホテルなどが候補として挙げられている。

さらに、Limeは柔軟なポート設置方法を採用している。返却場所をテープで囲うだけでポートを設置できるため、比較的容易に新しいポートを展開できる利点がある。この方式は、日本で電動キックボードシェアリングサービスを先行して展開しているLUUPも同様に採用しているものだ。

テープで囲うだけの簡易なポート

テープで囲うだけの簡易なポート設置方法を採用。先行するLUUPと同様の方式だ(筆者撮影)

安全性の課題

電動キックボードを巡っては、交通マナーや安全性について懸念を持つ人が多いことが、統計などで明らかになっている。警察庁の発表によると、2023年7月の改正道路交通法施行後、電動キックボード利用者の交通違反摘発件数が急増している。施行から2023年12月末までの半年間で、全国で7130件の違反が摘発された。特に懸念されるのは、違反件数が月を追うごとに増加していることだ。7月には405件だった摘発件数が、12月には1879件と約4.6倍に上昇している。

このような状況下、Limeは安全性確保のため、一般的な電動キックボードの乗車時の取り決めを徹底している。具体的には、利用開始時に年齢確認を行い、安全に関するクイズに全問正解することを義務付けている。これにより、利用者の安全意識を高め、基本的な利用ルールの理解を促進している。

加えて、Limeは独自の安全対策も導入している。ヘルメット装着率を高めるため、「ヘルメットセルフィ」というインセンティブ制度を設けている。これは、ヘルメットを着用した状態で自撮り写真をアップロードすると、10%の割引が適用されるというものだ。

また、交通違反者に対しては厳しい姿勢を取っており、違反が確認された場合にはアカウント停止の可能性があることを明確にしている。

「ヘルメットセルフィー」

ヘルメットを持参し、装着した自撮り写真をアップロードすると10%引きする「ヘルメットセルフィ」というインセンティブを用意(筆者撮影)

最初の包括的提携を発表した企業が三井住友海上であることも、安全性の課題と向き合うために必要なことなのだろう。

三井住友海上は安全性の課題を巡って、適切な保険商品を通じて、万が一の事故やトラブルに備え、利用者が安心して電動キックボードを利用できるようサポートしていく方針だ。また、安全運転の啓発活動や利用者教育の推進にも積極的に取り組むという。

三井住友海上との提携

三井住友海上は保険を引き受けるだけでなく、啓発活動やポート拡充でも協力する(筆者撮影)

日本特有の問題として、6km/hモード以外での歩道走行が記者から指摘された。これは歩行者の安全を脅かす重大な問題だが、サイ氏の回答は「GPSデータを活用して不適切な利用を検知し、警告を出すシステムの導入も検討している」というもので、具体性を欠いている。

歩道走行の検出についてはGPSデータだけの活用では技術的に難しい。サイ氏の回答はLimeが現時点で歩道での高速走行を技術的に検知し、完全に防止する仕組みを持っていない可能性を示唆している。6km/hモード以外の歩道走行を防ぐ技術的解決策の早期導入は、今後のLimeの日本展開における重要な課題となるだろう。

新たなモビリティ、普及のカギは

Limeの日本展開において、当面の最大の課題はポートの確保だろう。サイ氏は「電動キックボードが浸透すればポート用地は増える、今の課題が5年後も課題とは限らない」と楽観的な見方を示したが、当面は用地不足が深刻な都市部でポートをどう確保するかが喫緊の課題となる。

国内展開の浸透では、地方都市との連携のあり方が注目される。都市部とは異なる形の協力関係が求められる中で、Limeが掲げる「地域との強固な関係構築」というポリシーがどのように実践されるか、その真価が問われることになるだろう。

安全性の向上は継続的な課題となりそうだ。Limeは交通安全教習など啓発活動を積極的に行う方針を示したが、歩道の高速走行への対策など、技術的手段で解決すべき課題も残されている。

これらの課題にLimeがどう対応し、克服していくかが、同社の日本市場での成功を左右する重要な要素となるだろう。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)

ジャンルで探す