新iPhone、差別化戦略のカギを握るキーワード

iPhone

スティーブ・ジョブズ復帰以降のアップルは製品ポートフォリオ作成が実に巧みだ(筆者撮影)

日本時間の9月10日深夜2時に、新iPhone(iPhone 16 / 16 Proシリーズとなる見込み)が発表される。

前回のコラムで言及したように、アップルは廉価モデルを用いず製品ラインナップを構築するため、これまで基本ソフトであるiOSのアップデートとハードウェアの更新の組み合わせで、製品ポートフォリオを巧みにコントロールしてきた。

今回のコラムでは、今年のアップルがどのようにiPhoneのポートフォリオを作ろうとしているのかを考える。

先に筆者個人の考えを述べておくと、iPhone 11以降続いてきた内蔵カメラのイノベーションはある程度続くものの、カメラによる序列ではなく、AI処理を担う推論エンジン(iPhoneの場合はNeural Engine)によって、最新モデルと、価格を引き下げる旧モデルと差別化するだろう。

推論エンジンで変わるiPhone体験

iPhone SEモデルでもiPhoneの基本的な体験レベルは維持され、低価格となった旧モデルの継続販売品でも、高級感はそのまま得られる。最新モデルならProモデルでなくとも、ハイエンドモデルとして十分な性能を持つ。それでも、ラグジュアリーなProモデルが欲しくなるのはナゼか。

アップルのiPhone製品ポートフォリオの作り実に巧みだ。同社事業の根幹なのだから、この部分の戦略は極めて重要だ。

ここ数年、生命線でもある製品序列のコントロールにおいて、主にカメラ機能や画質が要だった。

意図的に"安物"にするのではなく、それぞれのハードウェアにおいて最大限の開発をしながら、キッチリと差が出せるのは、半導体からOS、最終製品までを密に結合しながら製品を生み出すアップルならではのやり方のためだ。

では、今年も同じやり方が続けられるのかといえば、かなり厳しいのではないかと思う。

カメラ機能の違いは、カメラに搭載するセンサー、レンズ、そして映像を処理するISP、それに推論エンジンの性能によって引き出されてきたが、それぞれのコンポーネントは成熟が進んでしまった。

しかし、iPhoneの推論エンジンには新しい役割が割り当てられるようになってきている。Neural Engineを初めて搭載したのはiPhone Xだ。この際、顔認識を行うために推論エンジンが開発された。その後、技術的に発展し、写真の加工を行うための推論などを使うようになった。

その過程で、さまざまなAI機能を実現すために活用されてきた。iOS 18でAI技術を用いている機能の中には、iPhone 12以降でなければ動かないものもあるが、それは推論エンジンの性能が一定水準を超えていないからだ。

iOS 18の最初のアップデート、iOS 18.1では今年6月に発表されたiPhoneで管理する個人的な情報やコミュニケーション履歴を分析し、人工知能が異なるコミュニケーションの履歴を跨いで手助けするApple Intelligenceが(当初はアメリカから)ベータ版で搭載される。

そして、Apple Intelligenceの動作に必要なのが、iPhone 15 Proに内蔵されたA17 Proに搭載されている推論エンジンだ。同じ推論エンジンは、最新のiPad Proが搭載するM4プロセッサにも内蔵されている。

最新のiPad Proが搭載するM4プロセッサ(提供:アップル)

ProではないiPhone 15は非対応

もう少し全体を俯瞰してみよう。

アップルが今年、iPhone向けの最新基本ソフトとしてリリースするiOS 18は、iPhone XS以降のモデルをサポートしている。実に8世代を跨ぐ息の長いアップデートは、システムの根幹である半導体チップから基本ソフト、端末設計までを一貫して開発、提供しているiPhoneならではのものだ。

Android搭載スマートフォンでは、GoogleのPixelが7年のアップデート保証を打ち出して話題になったが、アップデート保証は半導体チップメーカーの開発体制にも依存するため長期アップデート保証のハードルは極めて高い。

それゆえに、アップルは意図して端末の長寿命化、すなわち長期にわたるアップデートの提供を行っている。これは、彼らのブランド構築の一環であり、マーケティングの中核ともいえるだろう。

この基本的なサポートのベースラインの上に、iOS 18ではiPhone 12以降でしか利用できない推論エンジンを活用して実現する機能が一部に存在するが、ハードウェアによる差別化もなされていることもあり、iPhone 11以前のユーザーが不満に感じることはないだろう。ほとんどの体験はサポート端末内において共通だ。

もうひとつの線引きとなるのが、前述したiPhone 15 Proで採用されたA17 Pro内蔵の推論エンジンだ。この世代の推論エンジンで、アップルは内部構造に大きく手を入れ、取り扱うデータ精度を変えることで2倍速で動かす仕組みを取り入れた。

Apple Intelligenceはユーザーが行う質問の大多数を端末内で処理しながら、長い文脈の中から結論づけるべき質問に関しては、セキュアクラウドと呼ぶ独自設計サーバとの連携で処理する。ユーザーはその境目を意識することはないが、端末内処理が可能になる最低ラインが、A17 Pro(およびApple M4)内蔵の推論エンジンになる。

言い換えればiPhone 15が搭載するA16 Bionicでは動作しないということだ。ここで前回のコラムに立ち返ってみよう。

そう、Apple Intelligenceに対応できるハードウェアになっているだろうiPhone 16、16 Proが登場後、低価格版としてラインナップに残されると考えられるiPhone 15ではApple Intelligenceが利用できないため、将来が期待されるこの機能を利用するには"最新モデルが必要"ということだ。

AI機能強化は他ジャンル製品との連携も強化する

近年のiPhoneにおいて、最新モデルを魅力的に引き立てるもっとも大きな要素として、内蔵カメラが重要だったことに異論はないだろう。iPhone 16/16 Proにおいても何か新しい仕掛けを施すことは間違いないと思う。

しかし、着実な進化はあったとしても、そこに革新的なアイデアが盛り込めているかといえばドラスティックな変化を求められないほどには成熟している。

では、推論エンジン活用でどこまでの違いが出せるだろうか?

前回のコラムでも指摘したように、実はiPhoneのライバルはiPhone自身という側面が大きい。価格帯の違いなどもあり、Android搭載スマートフォンの地力は着実に高まり、AI機能もクラウドを通して遜色ない体験を届けることが可能だ。

アップルがApple Intelligenceを軸にした、新しい価値の創出を急いでいるのは、こうした開発競争軸とは異なる付加価値を、この路線にみつけているからだろう。

Apple Intelligenceに関しては、筆者が6月にレポートした記事で詳細に触れているが、その大きな特徴はプライベートな情報の塊であるiPhone内部で管理する情報、情報の履歴、異なるアプリ間での文脈探索を、第三者に漏らすことなく完全な匿名化を保証したうえで、人工知能によるアドバイスを得られることだ。

さらにApple Intelligenceは最終的に、他のアップル製デバイスの事業も強化する。

iPhoneに集中するプライベートな情報、コミュニケーションを把握する強力な個人向けAIサービスは、AirPodsシリーズを通して音声で利用可能になり、その活用範囲はHomePodシリーズにも拡大するだろう。

Apple Watchのように、ユーザーインターフェイスに制約のある小型デバイスでは、なおさらに利用者個人にカスタマイズされるAIサービスの利用価値は高くなる。

さらに、まだコンセプトを完璧に練り上げるまでの途上にあるApple Vision Proでの(将来的な)Apple Intelligenceの活用は、さらに大きく広がるはずだ。このデバイスでは、他ユーザーからはのぞき見ることができない情報を空間の中に展開できるため、プライベートな情報を活用した、よりプロアクティブなアシスタントガイドが行えるようになる。

課題は"Nモデル比率"低下への対策

ではApple Intelligenceがアップルにとってのあらゆる課題を解決するのか。

前述したようにApple Intelligenceは、年内に追加アップデートとして提供されるiOS 18.1から"アメリカ内を皮切りに順次"、グローバルに拡大していくベータ版機能であり、正式版ではない。また中国とEU圏内での提供は現時点で予定されていない。日本市場においては提供予定だが、その時期はイベント前の現時点ではまだ聞こえてこない。

同社が過去に提供してきた、こうした"ベータ版機能"はアップル社内で消化したうえで、翌年の製品で十分に成熟した機能として正式に取り込まれることが多いため、Apple Intelligenceが他社との違いを明確に出し始めるのは、来年の秋以降かもしれない。

AI言語モデルに関しては、端末内の推論エンジンで完結できるコンパクトなモデルをMicrosoftやGoogleも開発、製品に組み込んできており、Apple Intelligenceが本領を発揮し始めるまでに、アップルのプライベートクラウドに匹敵する解決策をライバルが提案することも十分に考えられる。

また、こうした中で消費者の目線からは(特に実際の提供が先になる日本市場では)Apple Intelligenceの利点も見えにくい。"将来的にApple Intelligenceが利用できる端末"とそうではない端末の価値に対する感覚が変化するまでには、少し時間がかかるはずだ。

iPhoneのライバルが、より低価格な旧モデルのiPhoneであるなら、アップルにとっての直近の課題は、ではその年の最新モデル、いわゆる"Nモデル"の販売比率をどのようにして低下させないかに集約される。

注目のイベントは太平洋標準時間9月9日10時(日本時間9月10日2時)より世界へ向けて配信される(提供:アップル)

9月10日のスペシャルイベントでは、そこに対して何かアップルができることがどれだけ残っているのか(あるいは残っていないのか)について明らかになるだろう。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)

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