NHK「受信料バブル」から1000億円削減への不安

NHK

「中国籍スタッフの不適切発言」はなぜ起きたのだろうか(写真:yu_photo/PIXTA)

NHKラジオ国際放送での中国語ニュース(8月19日放送)で、原稿を読んでいた中国籍のスタッフが「尖閣諸島は中国の領土だ」などの不適切な発言を行い、問題になっている。このスタッフはNHKが業務委託契約を結んでいる関連団体の職員で、契約を解除されたのち中国へ帰国してしまった。この大失態についてNHKは5分間の謝罪番組を放送したが、世間からの批判は当然収まらない。

以前は事前に収録していたが…予算の問題?

NHKの職務執行を監督する経営委員会も問題視し、8月27日に古賀信行委員長がNHK執行部に再発防止策を求めた。28日には衆議院総務委員会理事懇談会で稲葉延雄会長が経緯を説明して謝罪した。

NHKの国際放送は、政府の予算により海外向けに日本のスタンスを伝えるためのもので、いわば政府からの委託業務。通常の放送とは意味合いが違い、余計に放送内容の管理が問われる。今回の不祥事は会長が謝罪すれば済むものではなく、今後絶対に起こらない対策を講じないわけにはいかない。

9月1日放送のフジテレビ「ワイドナショー」に出演した元NHK記者の岩田明子氏はこの件について「以前は事前に収録していたが、いまは生放送をしているそうだ。予算の問題もあるのかもしれない」と述べていた。

私が情報を得たNHK関係者も「予算の問題はあるだろう」と言っていた。事前収録はお金も人手もかかるから生放送にした、そこに中国人スタッフが好きなことをしゃべるスキができたといえそうだ。そしていま、NHKは1000億円の支出削減という大きな問題を抱えている。国際放送の失態も、そこに遠因がありそうだ。

その前にまず、2010年代にNHK受信料収入が急増し、一種のバブル的な期間にあったことを指摘しておきたい。

NHKの事業収入はほとんどが受信料収入。2012年度には6604億円だった事業収入が2018年度には7372億に膨らんだ。その差は768億円。2010年代に1割以上収入が増えたテレビ局は民放にはないだろう。

(グラフ:NHK事業報告書より筆者作成)

2011年7月に地デジ化が完了し、多くの家庭がBSも見られるようになった。結果、BSが映るならとNHKの「衛星契約」が増えたのだ。ぐんぐん収入が増えてもNHKは職員の給与を上げにくい。下手に上げたら世間からとやかく言われるからだ。だから2010年代には番組制作費を増やした。セットが豪華になったりタレントを贅沢に使うようになったり番組が面白くなったかもしれない。

言ってみればNHKはこの10年間ほど「受信料バブル」に沸いていたのだ。自分たちの努力というより、地デジ化で多くの家庭の受信形態が変わった結果のあだ花的な収入増だった。

2020年以降の「テレビ離れ・NHK離れ」

ところが2020年以降、急激に事業収入が下がっている。まるで「バブルが弾けた」ようにどんどん下がった。「テレビ離れ・NHK離れ」が始まったのだ。なのに、2023年度は受信料を値下げした。約1割というインパクトの大きな下げ幅だ。事業収入のダウントレンドに弾みがついてしまった。

前会長の前田晃伸氏が実施したのがこの大幅値下げだ。ただ、前田氏が行ったというより、自民党が下げさせたというべきだろう。2021年に菅政権が値下げを宣言し、武田総務大臣がNHK予算案に意見をつける形で値下げに言及した。NHKに意見を述べるのは介入ではないと2022年2月2日の会見で武田大臣は述べているが、介入かは別にして総務大臣が言ったらNHKは従わないわけにはいかないだろう。菅-武田ラインで携帯電話料金を下げて国民にウケた流れではと見る人もいた。

前田会長も経費削減に積極的だったこともあって、2023年度に大幅値下げが実施された。そのせいでこの年度は136億円の赤字になっている。

自民党に値下げを強いられNHK会長もそれを受け入れて実施したが、赤字になった2023年度は岸田政権に代わっており、会長も稲葉延雄氏になった。NHKという公共放送が赤字になった責任を誰も取らないのはどうなのか。運営の原資は我々が払っている受信料なのに。

(表:「NHK経営計画 24年度-26年度」より)

そして稲葉会長の下でこの春、2024年度から3カ年の経営計画が発表された。2023年度に続いて毎年赤字という前代未聞の計画だ。受信料収入の下降トレンドは止まらず、それに対応すべく2027年度までに1000億円も支出を減らすという。6000億円規模の事業体がたった数年間で6分の1も費用を減らすのだ。「受信料バブル」を逆転させるような話だ。普通に考えればあちこちの事業を強引に縮小するだろう。それが各所でガタガタと摩擦を引き起こすはずだ。

ラジオ国際放送の大不祥事は、今後各部門で起こる軋轢の発端かもしれない。岩田氏が言うように、費用削減の影響が及んでの失態と見ていいだろう。国際放送は見直しを図って二度と起きないような策を講じたとしても、似たような不祥事があちこちで起きる可能性がある。

現在のNHK執行部は1000億円の支出削減にビジョンを持って対処できていないのではないか。少なくとも、支出削減にあたり組織をこう変えるとの発表はないようだ。

ラジオ国際放送でもチェックの曖昧さが指摘された。NHKの信頼性を担保しているのは、何重ものチェック体制だ。予算削減で各所の人材が減らされたり外注が増えたりすると、これまでの万全のチェック体制は崩れるだろう。事業の6分の1を縮小するためには大きく考え方を変える必要があるが、生真面目で不器用な人々の集合であるNHKが果たしてシステマティックに変えられるか、はなはだ心もとない。視聴者へのサービスの低下は免れないのではないか。

現在の執行部は前田前会長に疎まれていた一派が中枢を握ったともいわれる。彼らは「旧前田派の粛清」を次々に行っていると関係者は言う。例えば2023年10月に社会部記者の経費の不正請求が明るみになった際も、12月になって歴代社会部幹部を処分しており、「社会部潰し」だと言う人もいる。

公共メディアから公共放送に後戻り

「粛清」という言葉が飛び交うあたり、どこかの国の独裁政権かと言いたくなる。そんな組織が「公共メディア」を担っていいのだろうか。いや、NHKの経営計画では「公共放送(メディア)」と表記され、いつの間にか公共メディアから公共放送に後戻りしている。2010年代後半にNHKは「公共メディアを目指す」と公式にアナウンスしていたのだが、それを何の説明もなく平気でひっくり返したのだ。

1000億円の削減は、これから数年間NHKに地滑りのように襲いかかることになる。執行部がしっかりしなければ、あちこちで今回の不祥事に続く失態が起こりかねない。

(境 治 : メディアコンサルタント)

ジャンルで探す