海外でも「貯蓄+公的年金」で豊かな老後は難しい

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貯金好きの日本人は、この10年間、資産を増やす絶好の好機を逃してしまったと言えるかもしれません(写真:TKM/PIXTA)
なぜ、日本に比べて、アメリカやスイスでは豊かな高齢者が多いのか。このたび『世界標準の資産の増やし方』を刊行した、シンガポール在住のファイナンシャルプランナーの花輪陽子氏が、海外における一般的な老後の資産形成について解説する。

シンガポール在住、ファイナンシャルプランナーの花輪陽子です。シンガポールで欧米や中華系の方と日本人の消費や投資行動を比べていると、大きな違いがあると感じます。また、人生に対する明確な目標があるかどうかもお国柄が出ると感じます。

日本人は貯金が大好きな国民です。「お金を減らしたくない」「万一の時に備えておきたい」という気持ちがとても強い人が多いと感じます。働いて稼いだお金を好きなことに使ったり、投資に回したりするよりも、貯める方が正しいという教育を社会から刷り込まれてきたこともあります。

貯金好きの日本人はお金持ちになれない

A子さんは10年前に子どもが生まれて、お祝い金などを受け取る度に銀行の定期預金に入れていました。そのうちの64万円が満期になったので、銀行から案内が来ました。明細を見て、利息の少なさに驚愕しました。税引き後の利息は、たったの2041円だったのです。0.04%の利息では10年間定期預金に預けていてもほとんど増えなかったのです。

世界標準の資産の増やし方: 豊かに生きるための投資の大原則

その間に日経平均株価は1万4000円台(2014年)から2.5倍程度に増えています。もちろん子どもの学資金などを投資に回すのは考えものですが、資産の大部分を日本円の普通預金や定期預金にしている方も多いのではないでしょうか。そういう意味では、日本人の多くが資産を増やす好機を逃したと言えるかもしれません。

日銀の利上げを受け、メガバンクでは0.02%だった普通預金の金利を0.1%に引き上げました。約16年ぶりの高い水準です。日本でも金利がある世界に突入しようとしています。それでも5%程度利息がつく米ドル預金と比べるとまだまだ低い水準です。日本円の貯金だけではお金はほとんど増えないという問題は解消されたとはまだ言いにくい状況でしょう。

「世界一お金持ちの国、アメリカやスイスはなぜ豊かなのか」という答えは、預貯金を保有している割合の低さ、つまり、いかに積極的に資産運用を行っているかにありそうです。

主要国の家計金融資産(1人当たり)の推移を比べると、資産額が最も大 きいのはスイス(約35.4万米ドル)、アメリカ(約33.2万米ドル)、スウェーデン(21.5万米ドル)、日本(17.8万米ドル)、ドイツ(12.8万米ドル)と続きます(OECD Household financial assets 2022年時点)。

家計金融資産(1人当たり)の長期推移を見ると、アメリカでは2000年に約12万1600米ドルが、2022年に33万2135米ドルと約2.7倍に、スイスでは2000年に12万2665米ドルが、2022年には35万4352米ドルと約2.9倍に、スウェーデンは2000年に5万4511米ドルが2022年に21万5397米ドルと3.95倍に、日本では、2000年に約7万8000米ドルが、2022年に17万8945米ドルと、2.29倍に伸びています。

アメリカの金融資産の内訳を見ると、39.2%が株式、11.5%が投資信託で保有しています。同じく資産の伸びが大きいスウェーデンでも株式の割合が36.3%、投資信託が8.8%とリスク資産の割合が高いことが分かります。スイスやドイツに関しては株式の割合は高くないものの、投資信託の割合は高くなっています。

もちろん欧米企業と日系企業とでは長年蓄積されたインフレ率の差から給与水準の違いもあります。ですが、彼らは積極的に転職をする、女性も働いてダブルインカムを作るなどをして、収入を増やす努力もし続けています。結果的にたくさん消費をしても余裕資金が生まれるので資産運用にも回すお金ができるという好循環を作れているように感じます。

世界標準とは異なる日本人の老後に対する考え方

「老後2000万円問題」がメディアで話題となったこともあり、若年層の間でも老後が不安という方は多くいます。これまでの日本は先進国の中でも珍しく、年金だけでも慎ましく生活することが可能な国でした。しかし、少子高齢化から社会保障費の増大が財政を圧迫しており、将来は現在と同レベルの社会保障給付を受けることができるのかは不透明です。

しかし、多くの先進国では年金だけではそもそも生活ができない設計となっています。そのために、公的年金、私的年金、資産運用、老後の所得などをコンボにして老後プランを立てます。

極端な例ですが、公的年金の構造や仕組みが日本を含む多くの先進国とは全く違うシンガポールでは、賦課方式(世代間扶養)ではなく、積立方式(給与天引による自己積立)が取られています。

積立方式では、個人の拠出額全額が、自分の口座に積み立てられ、定年時に積立額全額プラス利子の受給が確保されているという特色があります。年金見込み額は積立額によって大きく異なり、現役時代の収入に大きく左右されます。

例えば、2024年に55歳になる方の65歳からの年金支給額は、積立額が20万シンガポールドルの場合、月額約1630シンガポールドルの受け取りです(2024年1月22日現在 標準プランの場合)。シンガポールの物価水準を考えると、年金だけで生活をするには相当慎ましい生活が求められます。しかし、アジアや欧米の多くの方は老後も収入を維持したり、それまでに資産運用をしたお金を活用させています。

日本では、厚生労働省が発表した「遺族厚生年金」の改正案に対して、SNS上で炎上するということも起こりました。共働き世帯が多数になるにつれ、国民年金の第3号被保険者制度の廃止を求める声も強まっています。

働く意欲が湧く年金制度を

積立方式のシンガポールではそもそも働かないと自分の積立額は増えないので、将来受給できるお金もありません。とてもシンプルで公平なので、女性も高齢者も働こうというインセンティブが働くのです。言うまでもなく、企業から長く雇用されればされるほど、退職後の生活は安定します。

シンガポールでは、定年年齢を2026年7月より64歳、再雇用は69歳までに引き上げられる予定です。企業は、必要に応じて条件を調整した上で、その年齢まで適格な従業員の再雇用を提供するか、その代わりに雇用支援を提供しなければなりません。しかし、国も助成金などでサポートをします。

現役時代はシンガポールで頑張り、老後は近隣のアジアに移り住みたいと計画を立てている方も多いのです。 彼らの資産運用は非常に積極的で、日本人の資産形成に対する考え方とは対極にあるかもしれません。ただ、日本も今後は自助努力で資産形成をしていく重要性がどんどん高まっていくと考えられます。

シンガポールは資源のない国なので、自分たちが努力することをやめることがいかに危険かを理解しています。日本でもこうした自助努力ができる方が溢れていけば、国も少ない予算で効率的に運営していけるようになるかもしれません。

人生100年時代の自分自身のライフプランもより能動的で、明るく前向きに変化するのではないでしょうか。そのための武器として、日本の多くの方にも本書で投資力を身につけていただきたいと思います。

(花輪 陽子 : ファイナンシャルプランナー)

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